働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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ハーメルン初投稿です。
お手柔らかにお願いします。


1部
第1話 瞬光魔術師の決断


 ハンバーガーというものは、どうして写真を見るだけで無性に食べたくなるのだろうか。

 光沢のあるチラシを手にして、俺は思わず唾を飲み込んだ。

 

「着替えるのが面倒くさい……。でも美味そうだな……」

 

 昨晩は、午前一時をまわったところでようやく帰宅できた。

 十日ぶりに何の予定も入っていない終日の非番を得たというのに、つい平日のクセで、午前六時に目が覚めてしまった。

 

 悔しくてベッドの中で一時間粘ったものの寝直せず、渋々起きたのが二時間ほど前だ。

 溜まった洗濯物を片付け、ほとんど寝に帰るだけの生活で大して散らかってもいない部屋を軽く掃除した。

 

 それからゴミを捨てに出て、帰りにポストを覗いたところで見つけたのがこのチラシだ。

 

 タイミング良く腹が鳴り、昨日の夕方に昼食を食べて以来、水しか口にしていないことを思い出した。

 

「行くか……」

 

 完全にハンバーガーの口になってしまった。

 一日引きこもる予定を変更し、だらだらと無駄に時間をかけて着替え、割引券のついたチラシを持ってバーガーショップに向かった。

 

 

 

 持ち帰りで新商品の濃厚チーズバーガーを買い、ビル群に埋もれるようにして存在している小さな公園で手頃なベンチに腰かける。

 

 香ばしい匂いを辺り一面に漂わせる紙袋を漁り、なんとなく人目を気にして周囲を見回した。

 四角く切り取られた空から差し込む日光が対面のビルの窓に反射して、寝不足の目に染みた。

 

 気を取り直し、包み紙の中でバーガーを食べやすい形に持ち直す。

 熱で溶けて流れ出すチーズ、新鮮なレタスと分厚いベーコン、粗挽きのビーフパティが挟まれたバンズに、大きな口を開けて齧りついた。

 

 ――予測していた肉とチーズの味を感じるよりも早く、何かが破裂したような音がビルの壁面に反響した。

 

「マジか……」

 

 絶望して空を仰いでいる間に、続けてもう一回。

 通行人たちは思わず立ち止まり、音の出先を探してきょろきょろと周囲に顔を向けたが、俺にとってはある種聞き慣れた音だ。

 

 もはや味がよくわからなくなった一口目をもそもそと飲み込み、ため息をついて携帯通信機を取り出す。見計らったかのように呼び出し音が鳴り始めた。

 

「はい、リントヴルム」

『あ、指揮官! お休みのところ申し訳ございません!』

 

 じゃあかけてくるな。

 

「何だ今の音。どこだ?」

 

 そう訊ねている時には、携帯通信機を肩と耳で挟みながら歯形の付いたバーガーを紙に包み直していた。紙袋に仕舞い、ベンチから立ち上がる。

 通信を切ると同時にコーヒーを一気にあおる。カップは通りすがりのゴミ箱に、美しい弧を描いて収納された。

 

 

 

 通信機で伝えられた場所は、公園からそう遠くない雑居ビルだった。

 雨垂れが外壁にしみを作り、外階段が少々錆びている。周囲の近代的なビルが建つよりも前からそこにあることがわかる、古い建物だ。

 

「お疲れ様です、リントヴルム指揮官」

 

 ジャケットと細身のボトムスというあまり見せないラフな格好を見て、隊員たちが申し訳なさを滲ませながら寄ってきた。

 

 俺は首都警察に所属する警察官だ。それもテロや立て籠もりといった対応が難しい事件ばかりを担当する、警備部の急襲部隊に所属している。

 

「状況は」

 

 警察車両の黒いガラスに、自分の顔が映っていた。黒い直毛の後頭部に少しだけ寝癖が付いているのを見つけて、さりげなく直した。

 仕事中には整髪料でセットしているため、下ろした前髪のせいで普段よりも幼く見える気がする。ナメられないといいんだが。

 

「移送中に不意を突かれたとのことで、被疑者は警官の銃を奪って脱走し、このビルに逃げ込んだようです」

「てことは、奪われた銃は魔銃か……」

 

 通常の立て籠もり事件なら刑事部が出てくるのだが、威力が高い魔銃を奪われたとなると、彼らだけでは対処できない場合がある。

 そういう時に呼ばれるのが、俺の所属する部隊だった。

 

「さっき二発撃ってたな。被害は?」

 

 タイヤのパンク音よりも聞き慣れた音だ。間違えることはない。

 

「威嚇で発砲したようです。周辺への被害はありません」

「そうか」

 

 聞きながら、渡された資料に目を通す。頬が痩けた目つきの悪い男の写真が添付されていた。

 

「被疑者は一名、罪状は強盗。前回も今回も無計画。ビル内には飲食店はなく、食料はせいぜい茶菓子くらい。……長引かせる必要はないな」

 

 犯人についての情報を頭に入れ、その場にいる面々を見る。

 

「四班は正面入り口、三班は裏口へ。二班は屋上への逃走を警戒。一班は私と外階段から内部へ」

「了解!」

 

 ビルの見取り図を見ながら指示を出すと、隊員たちはザッと音を立てて敬礼した。

 

 

 

 装備の確認や諸々の準備をしている最中に、若い隊員が呟く声がした。

 

「指揮官、近くにいたのかな」

 

 到着の早さと、被疑者の発砲を回数まで把握していたことに首を傾げていた。

 

「その辺で飯でも食ってたんじゃないか?」

 

 同僚がひそひそと答える。

 

「【瞬光】って、休みの日何食ってんだろ」

「高級ホテルランチとか?」

 

【瞬光】または【瞬光魔術師】というのは、俺のあだ名らしい。

 出世の早さと関わった事件を瞬く間に解決することを揶揄して、誰かが言い出したそうだ。

 確かに警察官としても魔術師としても、史上最年少だと言われた記録はいくつかある。とはいえ光の速さに例えるのは大げさにも程がある。

 

「携帯食料とか栄養剤で済ませてそう……」

 

 実際には作戦室になっている大型魔導車の後部座席、無造作に置いてきたリュックサックの中で、濃厚チーズバーガーが食べかけのままひしゃげている。

 それを伝えたら彼らはどんな顔をするだろうか。

 

「おい、無駄口やめろ」

 

 別の隊員が、若い隊員を窘めた。

 

「っす」

 

 特に何の感情もなく見ていただけだったが、話していた二人は俺の視線に気付くとびくっと肩を震わせ、以降は黙って任務に集中していた。

 

 

 

 被疑者が立て籠もっている部屋の前で、鉄の扉越しに中の様子を窺う。

 事前の情報と相違ないことを確認すると、短く命じた。

 

「突入」

 

 俺の声とともに扉を蹴破った一班が、一瞬で被疑者を取り囲んだ。

 

「く、来るな! 止まれ!」

 

 魔銃を向けてくる男に、俺はつかつかと歩み寄る。

 軽く食事にでも行くような軽装の俺は、物々しい装備の隊員たちの中で浮いている。

 立て籠もり犯にとっては、それが逆に恐怖の対象になっているようだった。

 

「近づくな!」

「【(スクトゥム)】」

 

 魔素で作られた銃弾を立て続けに発砲するが、全て透明な盾が阻んだ。

 俺に魔銃が通用しないとわかり、被疑者は人質へ銃口を向ける。しかしその頃には、隅で震えている女性の周りにも盾を張っていた。

 

「六発撃ったな」

 

 魔銃の弾は、装填方法を習得した者でないと再装填できない。

 弾切れでカチカチと虚しい音を鳴らす銃を正面からぞんざいに掴み、男の手からもぎ取った。

 

「確保」

 

 丸腰になった男は速やかにねじ伏せられ、人質の女性も保護される。

 

「悪いな。今日じゃなければ身の上話くらい聞いたんだが」

 

 口元こそ笑ってみせたものの、たぶん目は笑っていなかったと思う。

 

***

 

 半日にも満たなかった休日と別れを告げ、俺は部下とともに職場に向かった。

 

「どうしてお前はそう、仕事が雑なんだ。被疑者に発砲させるな」

 

 背筋を伸ばして、上司の小言を聞き流す。

 

「魔銃は盾を貫通することもある。万が一が発生したら、どう責任を取るつもりだ」

「……首都警察で採用されている魔銃の弾は、ほぼ全て受けたことがあります。移送時の小銃なら、確実に受けきれると判断しました」

 

 目を合わせずにしれっと口答えすると、警備部部長の眉間の皺が深まった。

 

「銃を向けられた人質のトラウマになることだって考えられる。もう少し様子を見て、被疑者を消耗させても良かったはずだ」

「被疑者が消耗するということは、それ以上に人質も消耗します。交渉が進まず苛立った被疑者が、突入前に人質を撃つことだって考えられます。早期解決の手段があるなら、それに越したことはないかと」

「……」

 

 反論がなくなったところで、俺は深々と頭を下げた。

 

「詳細は報告書と始末書に記載します。失礼します」

 

 部屋を出るなり、数人の隊員が寄ってきた。

 

「指揮官、また部長に怒られたんですかあ」

「【瞬光魔術師】に任せたらこうなるって、いい加減予測つくでしょ」

「そもそも移送中に逃げられた上、魔銃まで盗られたのが悪いんじゃん。非番なのに急に呼ばれて尻拭いさせられた指揮官が怒られる筋合いなくない?」

「聞こえるぞ」

「聞こえるように言ってるんで」

 

 慕ってくれるのはありがたいが、反抗的な態度を俺が育てているみたいに思われるからやめてほしい。

 

***

 

 そして夜。書類が山積みになった薄暗い室内に、紙をめくる音と文字を書き込む音が、カサカサと響く。

 誰もいない事務所で自分の机だけに灯りをつけ、俺は今日の事件についての報告書と始末書を作成していた。

 半分ほどの薄さになってしまった冷たく硬いチーズバーガーをぼそぼそとかじる。

 

 あと少しで始末書を書き終えるという頃、

 

「あっ」

 

 特に力を入れていたわけでもないのに、握っていたペンが突然手の中でパキッと折れた。

 ――その瞬間、俺の中でも何かが折れた。

 

「……辞めるか」

 

 急速に脱力感に襲われ、椅子の背もたれに身体を預けて、天井をぼんやりと見つめた。

 決断が早いのは、俺の長所だと思う。

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