働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第10話 瞬光魔術師とワインのおとも

 エルダリスは、山を一つ越えた先にある盆地に広がる町だ。

 数百年前には独立した小さな国家があった場所で、今でも首都とは雰囲気が異なる町並みと伝統が残っている。

 

 山を挟んでいるので交通の便が悪くなるのは当然と言えば当然だが、ここまで来ると首都方面と繋がるバスの本数ががくっと減るようだ。

 

 ――つまり、俺のことを知っている人間がかなり減るのでは。淡い期待を抱いた。

 

 到着した頃には日が傾いていて、まっすぐに整列した背の低い樹木が穏やかなオレンジ色に照らされていた。どうやらブドウの果樹園のようだ。

 

 ひとまずホテルまで送ってもらい、部屋に荷物を置く。笑顔でちょこちょことついてくるセルジオを振り返り、さっそく訊ねた。

 

「それで、噂の幽霊屋敷はどちらに?」

「え! 今から行くつもりですか」

「早い方がいいんでしょう?」

 

 するとセルジオはぶんぶんと首を振った。

 

「昼間でもちょっと不気味なのに、夜に調査なんてしたくありません! ……業務時間外ですし」

 

 スッと目をそらしたところを見ると、後半の方が本心のようだった。

 

「それもそうか……」

 

 今までずっと、呼ばれれば早朝だろうが真夜中だろうがいつでも出動し、定時なんて霞よりも軽い存在だったものだから、到着したらすぐにでも行くのだと思い込んでいた。

 一般的な感覚が麻痺していたのだと気付いて、思わず窓の外の夕日を仰いだ。

 

「午前中にあんな事件に巻き込まれてるんですから、今日はひとまずゆっくりなさってください」

「そうさせてもらいます」

「というわけで、これからエルダリスワインで一杯どうですか?」

 

 エルダリスワインは、名前のとおりこの地域の特産品だ。

 水はけの良い土と寒暖差の大きい気候がブドウの生育に適しており、ワイン用、食用両方の品種が栽培されている、とガイドブックには書いてあった。

 

「いいですね。行きましょう」

 

 いつ呼び出されるかわからない都合上、パーティーなど必要な時を除いて酒を控えていた。

 でも今は休暇中なんだから、この際翌日酒が残ったって構わない。

 通信機を持ち歩かなくていい連休、最高だ。

 

 

 

 セルジオの行きつけだという店は、小さいながらも立派な店構えの老舗という雰囲気だった。

 

「少し狭いですが、味は保証しますよ」

 

 シンプルな品の良いインテリアでまとめられた店内は、狭いといっても適度に隣席との距離感が保たれていて、居心地が良い。

 雰囲気を出すためか照明が少し薄暗いので、近くに寄らないと顔がはっきりわからないのも気に入った。

 なるほど、人目を気にせず外食したい時にはこういう場所に来ればいいわけだ。

 

 防犯面ではよろしくないが、とつい職業的な目線で見てしまうのはそのうち直るだろうか。

 

「何にしますか?」

 

 おそらく、上客になってくれそうな相手を連れてくる場所なんだろう。

 俺の素性を知っているということは実家が太いことも知っているだろうから、あわよくばという下心は確実にある。

 別にそういう強かな人間は嫌いじゃないし、こちらも利用するのでお互い様だ。

 

「セルジオさんのおすすめを」

 

 比較的カジュアルな店ではあるようだが、メニューを見ても独特の名前が多くてよくわからない。こういう時は詳しい人間に任せるのが一番だ。

 

「わかりました」

 

 セルジオは慣れた様子でいくつか注文した。ワインは、特別こだわりがなければ料理に合うものを店側が選んでくれる仕組みらしい。

 

 すぐに食前酒と前菜が運ばれてきた。

 木製の平らな皿にサラミやチーズ、オリーブなどが彩りよく盛られていた。どれも塩気が強くて、酒が進む味だ。

 特に細長いスティック状のパンに生ハムが巻いてあるものが気に入った。手でつまんでいいというので、香ばしいサクサクとした食感を楽しむ。

 

「そうだ、僕の方が年下ですし、セルジオで構いません。取引相手でもないんですから、気軽に話してください」

「じゃあ、遠慮なく。ちなみにいくつ?」

「二十五です」

 

 一つ下か。最年少で警視になったという箔がついているものだから、年齢まで広く知られてしまっている。窮屈だ。

 まあ、今回はそのおかげで気軽に話せるからいいかと思い直す。

 

「俺のことも、タキと呼んでください。家の名前は仰々しいので」

「タキさんですね、承知しました!」

 

 人懐こい笑顔を浮かべたセルジオは、不意ににやりと口の端を持ち上げた。

 

「実は、バーベキューの最中からタイミングを伺ってたんです」

「見られてたのか……」

 

 思い切り油断した顔で焼き串に齧り付いていた気がする。少し恥ずかしくなった。

 

「首都で噂を聞いていた時にはクールで気難しい方なのかと思っていましたが、案外気さくな方で安心しました」

「それは良かった」

 

 市民に接する時にはできる限り柔らかい印象になるよう心がけていたが、肩書きのせいか日頃の行いのせいか、どうしても厳つく見られがちだ。

 

「ええ、お昼も良い食べっぷりだったので、しっかりめの料理を注文しましたよ。追加も遠慮なく言ってくださいね」

「……助かる」

 

 やがて運ばれてきたのは、トマトソースのパスタだった。

 フォークで巻いて口に運ぶと、何故かセルジオはにこにこと微笑ましげに目尻を下げている。

 

「いやあ、やっぱり育ちがいい方は食べ方がスマートだなあ。食べる量は容赦ないのに」

「一言多い」

 

 ちゃんと一度に口に入る量を計算して食べているから放っておいてくれ。

 

「お口に合いますか?」

「うん、ニンニクとスパイスが効いてて好みの味だな」

「良かった! この味が好きってことは、結構お酒もいける口なんじゃないですか?」

「さあ。仕事柄、酔うほど飲んだことがなくて」

「あはは、強い人の言い分ですね」

 

 そう言うセルジオは、あまり酒が強くないようだ。既に顔が赤くなって、何をしても朗らかに笑っている。

 

 皿が空になるのを見計らうように、肉料理とサラダも運ばれてきた。

 骨付きの豚肉をローストしたものが、豪快に盛り付けられている。

 

「知らない名前の料理ばかりだったけど、これは知ってる。スペアリブだっけ」

「そうです!」

 

 これは現地で食べたいと思ってチェックしておいたのだ。食べ方を習い、ナイフで骨から肉を外して更に切り分ける。

 さっきからかわれたので、できる限りゆっくり食べることを心がけた。よく噛んで食べると、更に味がよくわかった。これからはもう少し気をつけて食べよう。

 

 セルジオの宣言どおりのボリュームと濃い目のしっかりとした味付けのおかげか、デザートが運ばれてくる頃にはかなり満足感があった。

 ガラスの器に入った白いプリンのようなものにフルーツソースがかかっていて、クリームの味が強い。

 

 素直に甘味を楽しんでいたら、またしてもセルジオが目を細めている。歳の離れた甥っ子を見るような顔で見てくるので、真面目な話をすることにした。

 

「例の幽霊屋敷は、ここからどれくらい?」

 

 俺が少し眉をひそめていたせいで自分がどんな顔をしていたのか気付いたらしい。ハッと顔を引き締めて、姿勢を正した。

 

「魔導車で三、四十分ってところですかね。山中の別荘のような感じなので、市街地から離れてるんですよ」

「じゃあ、明日はいつ頃出発するんだ」

「午前中に済ませたいところです。タキさんのご都合もあるでしょうし」

 

 滞在費を持つと言ってしまった都合上、セルジオとしても長期戦になるのは避けたいのだろう。

 

「わかった、早めに支度をしておく」

「ありがとうございます!」

 

 まあ、今日のコース料理代くらいは働こう。

 

 あまり大事にならないことを祈りながら、ホテルの前でセルジオと別れた。少し足取りがふらついていたけど、まっすぐ帰れただろうか。

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