働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第11話 瞬光魔術師と幽霊屋敷

「おはようございます、タキさん……」

 

 翌朝九時に迎えにきたセルジオは、少々顔色が悪かった。

 

「……二日酔いか?」

「いやあ、久々に楽しいお酒だったもので飲み過ぎましたね……」

 

 水筒持参で力なく笑う。

 

「その状態でここまで運転してきたのか」

「ええ、家も近いですし」

「……二日酔いも酒気帯び運転になるから、気をつけた方がいい」

「えっ、そうなんですか?」

 

 管轄外なので見逃すが、安全と本人の体調の両面から見て、このまま運転させるわけにはいかない。ため息をついて顔の前に手を翳した。

 

「【解毒(デトキシ)】」

 

 セルジオには、一瞬目の前が光ったように見えたはずだ。手を下ろすと、少し顔色が良くなっていた。

 

「わっ、今の魔術ですか? 二日酔いに効く魔術なんてあるんですね」

「本来は毒物に使う魔術なんだけどな……」

 

 俺はそもそも酒を控えているので使わないが、ニコロをはじめとして、急襲部隊にいる酒好きの間では最も頻繁に使用されている魔術と言っても過言ではない。

 ちなみに酒を抜くのに使えると彼らに伝授したのは案の定サリだ。

 

「完全に抜けきるにはしばらく時間がかかる。現場までは俺が運転するから、道案内してくれ」

「わかりました、お手数かけます……」

 

 接待で飲み過ぎて二日酔いになるなんて、一人前の営業にはまだまだだ。

 

 

 

 魔導車の窓を開けて空気を取り入れながら、朝の山を登る。

 白い木漏れ日が差し込むなだらかな道は、舗装されていないもののそれなりに往来があるようで、草の生えていない地面が車輪の幅に凹んでいた。

 

「この辺りには古い別荘が点在しているんです。今はオフシーズンなので、滞在している方はいませんけどね」

 

 これから行く場所のことを考えると億劫だが、ドライブには悪くない。

 

 と思っていたら徐々に両側から木が生い茂ってきて、屋敷の屋根が見える頃にはかなり薄暗い山奥に入り込んでいた。

 門の前まで魔導車が入れる道があったのが奇跡だ。

 

「肝試しして怪我したっていう奴らも、よくよく物好きだな……」

 

 以前は旧貴族の末裔、つまりリントヴルムのような家の持ち物だったという屋敷は、辺鄙な場所にある割にはかなり大きかった。

 しかし確かにぼろぼろで、いかにも何か出てきそうな雰囲気がある。

 

「学生の頃って、そういう変なパワーありますよね」

「……確かに」

 

 そういえば、サリをはじめとして、学生時代には何人かそういう向こう見ずがいた。何度叱られても罰を喰らっても懲りず、よくやるものだと感心したものだ。

 

「タキさんのおかげで、二日酔いもすっかり良くなりました。行きましょう」

 

 元気を取り戻したセルジオは鞄から輪に通された鍵束を取り出し、一番大きな鍵を門の鍵穴に差し込む。

 ゆっくり押すと、地面に埋め込まれた半円のレールに沿ってギギギと悲鳴を上げた。

 

「本当に古いな……」

 

 屋敷の中はあちこちに蜘蛛の巣が張っていて、埃とカビの臭いが充満していた。

 

「……あそこだな、怪我人が出たの」

 

 エントランスホールから二階に上がる階段が弧を描いており、その途中の手すりが折れて、真新しい木の断面が見えた。

 

「白い何かを見て、驚いて全員が逃げ出したところで、あの手すりが壊れたんだそうです」

「こんなぼろぼろの家の、あんな細い手すりを複数人が乱暴に掴んだら、そりゃ折れるだろうな」

 

 自業自得なので同情もしない。成人する前に一つ教訓が得られて良かったじゃないか。

 

「てことは、目撃情報は二階か。行ってみよう」

「……全然怖がったりしないんですね」

「大抵の魔物は生身の人間よりマシだよ」

 

 特にゴースト現象なんて、魔物未満だ。怖がる要素がどこにもない。

 

「なるほど」

 

 言い切って階段を上る俺を見上げて、セルジオは苦笑した。

 

「まあ、気になることはあるけど」

「気になることですか?」

 

 既に崩れかけの階段なので、念のため俺が上りきってからセルジオがおそるおそる上り始める。

 

「いくら町外れでも、元は貴族の別荘だったんだろ? 魔物避けは機能してるみたいだったのに、なんで幽霊騒ぎなんか起きたんだろう」

 

 人間の集落には、ほとんどの場合魔物避けが施してある。

 専用の魔導具が市販されており、屋外には街灯や柱の形での設置、建物なら壁に一定間隔で埋め込むことが義務づけられているのだ。

 

 ロック鳥のような強力な魔物になると効かないこともあるが、魔物未満なら発生することすらないはずだった。

 

「じゃあ、幽霊じゃないってことですか?」

「さあ」

 

 二階の廊下を端まで移動し、念のため鍵が掛かっていない部屋はすべて扉を開けて覗き込む。

 

「特に何もなさそうだな……」

「ですね……」

 

 上った時と同じように一人ずつ階段を降り、今度は一階を調べることにした。

 

「最終的には綺麗にして売るんだろ? 大変そうだな」

 

 家自体が古い上に、家具調度品も置きっぱなし。市街地から遠いことも加味すると、現代人が好みそうな内装にするだけでも手間がかかりそうだ。

 

「まあ、場合によっては崩すことになるかもしれません」

 

 その場合は土地を売り、好きな形の家を建ててもらうのだとか。そっちの方が良さそうだ。

 

 

 

 不動産業の裏話などを適当に聞きながら探索を続け、ベッドがある部屋を見た時に、少し違和感を覚えた。

 

「……?」

 

 更に、キッチンでも。

 

「セルジオ、この家に住人がいたのはいつ頃まで?」

「ええと……。確か、二十年くらい前だったかと」

「肝試しグループは、泊まったりしてないんだよな?」

 

 貯蔵庫を覗き込んだり、積もった埃を指で擦ったりしながら、質問を続ける。

 

「もちろんです。怪我人が出て、慌てて麓に下りていますから」

「それ以外に、肝試しをした人間がいたりは?」

「いないと思います。幽霊の噂が出たのは最近のことですし」

 

 俺の行動に、セルジオは怪訝な顔をした。

 

「少なくともここ一、二ヶ月の間に住み着いてた人間がいたはずだ」

「え!?」

 

 改めてキッチンを見渡し、俺は確信を持って頷く。

 

「このキッチンと、さっきの寝室みたいな部屋は他の場所よりも埃が少ない。それに、このシリアルの箱。この柄に変わったのは二ヶ月前だ」

 

 床から拾い上げた箱は、日焼けもしていなかった。

 

「……よく知ってますね」

「朝は必ずこれだったから」

 

 手早く食べられて洗い物が皿一つで済み、栄養がバランス良く摂れる。多忙の味方だ。もうしばらくは世話になりたくないが。

 

「じゃあ、幽霊の正体はその住み着いてた人間ってことですか?」

「……いや。いくら気が動転してたって、人間を見たら『白い何か』以上の判別がつくんじゃないか」

「確かに……」

「となると、問題はその人間がここで何をしてたかだ」

 

 キッチンを出て、更に廊下を進む。

 

「こっちは地下室か」

「ええー! 地下も見るんですか? 死体とか、ありませんよね?」

 

 人間が住み着いていたと言った途端に、セルジオは逆に怖がりはじめた。

 

「ここまで下りてきても腐臭はしないから、大丈夫だろ」

「基準ー!」

 

 古い屋敷では、使用人部屋が地下に作られていることが多い。この屋敷もそうなっているようだった。

 ところどころ明かり取りの窓が頭上にあるものの、おそらく庭に茂った雑草のせいで、日中でもほとんど光が入ってこない。

 

「【(ルクス)】」

 

 指先に光を灯し、更に奥に進む。と、一つだけ薄く扉が開いている部屋があった。

 ドアノブに手をかけ、そろりと中を覗き込む。

 

「ただの物置か……?」

 

 人の気配はない。ドアを大きく開き、一歩踏み込んで灯りを大きくした時だった。

 

「タキさん、あそこ、何かいます!」

「え?」

 

 警戒しながらおそるおそる入ってきたセルジオが、部屋の隅を指さした。

 

 そこには、薄汚れたモップのような毛玉が転がっていた。

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