働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第14話 瞬光魔術師のネーミングセンス

 専門の職人がいるというだけあって、ピザはどれも絶品だった。

 

「おお、チーズがよく伸びる」

 

 中でも赤いトマトソースに白いチーズ、緑のバジルという、三色で構成されたシンプルなピザが一番美味しい。

 生地がもちもちとしていて、見た目の割にしっかりと食べ応えがあるのも良かった。

 

「近くのカルディナっていう村で作られたチーズなんですよ。酪農が盛んなんです」

「へえ……」

 

 ということは、乳製品がたくさんあるということだ。気になる。

 

「相変わらず、見ていて気持ちがいい食べっぷりです」

 

 この後も車の運転をするセルジオは、アイスティーをちびちびと飲んでいた。

 

「逆になんで皆、一枚で満足できるんだ」

 

 絶対物足りないだろうと思いながら、俺は追加注文した三枚目に手を出す。

 

「……いつも食べてるからじゃないですか?」

「なるほど?」

 

 同じトマトソース系だが、こっちはニンニクが載っている。

 匂いの強いものも避けていたので、ニンニクにもあまり縁がなかった。食べ過ぎると胃に良くないらしいと聞くものの、食欲をそそる香りだと思う。

 

「ところで、上着はどういったものをご希望ですか? 同じ感じのジャケットを探しましょうか」

「いや、汚れても簡単に洗えるようなのが欲しいかな」

 

 魔導庫トランクのおかげで着替えを多めに持ち出せたので、ジャケットはもう一着ある。

 今回みたいなことがまたあるかもしれないので――あってほしくないが――買ったばかりの服をダメにする可能性を考えたら、それよりも動きやすくて気軽に扱える上着を仕入れるべきだ。

 

「じゃあ、カジュアルな衣料品店にご案内します。ジャケット代は別途、謝礼と一緒にお支払いしますよ」

「助かる」

 

 そうして今後の予定を話し合い、毛玉が三枚目のレタスを食べ終わったところで店を出た。

 

 

 

 さすが不動産を扱っているだけあって、セルジオの店選びは的確だ。

 庶民的なラインの中では質がいい方、という絶妙なランクの店で、吊るしてある上着の中から適当に見繕う。

 

「ああ、ちょうどこういうのが欲しかった」

 

 通気性が良く簡単に洗えて、しわになりにくい素材の上着を見つけた。さっそくその場で試着してみる。

 

「タキさんが着ると、市販品もちょっといいものに見えますね……」

「錯覚だろ」

 

 お世辞じゃないのにー、とセルジオは肩を落とした。

 それはさておき、安い割に着心地も悪くない。

 

「これならフード付きだから、多少の雨は防げるし――」

 

 と言っていたら、

 

「ムー!」

「わっ!?」

 

 毛玉がセルジオの腕から飛び出し、フードの中にすっぽり収まった。レタスを食べる前よりジャンプ力が上がった気がする。

 

「……気に入ったみたいですね」

「お前、このまま俺についてくるつもり?」

「ムー」

 

 一旦脱いでも出てこず、ポケット状の布の中で満足げに目を細めている。

 

「まあいいか。これにしよう」

 

 肩に乗っているよりは、フードの中にいる方が目立たない。着ていくことにした。

 

「本当に即断即決なんだ……」

「何か言ったか」

「【瞬光】の噂を反芻していたところです」

 

 あまり良い噂じゃなさそうだ。深く聞かないでおいた。

 

 

 

 セルジオの上司、つまり不動産業を営んでいる会社の社長は、俺が現れると速やかに平伏した。

 

「この度はリントヴルム警視の手を煩わせてしまい、大変申し訳ございません!」

 

 せっかく知り合えたのだから少し協力してもらい、ついでに今後の縁にも繋がればいいという魂胆は明らかだった。

 しかし謎の毛玉の登場とジャケットの汚損で、思ったよりも大事になってしまったという報告を先ほどセルジオから受けて、今更慌てているようだ。

 

「気にしていません。おかげでエルダリス料理が堪能できました」

 

 セルジオには迷惑もかけられたが、彼がいなければレストランで戸惑い続けていたと思う。滞在費も丸々浮いたわけだし、相殺ということにしておこう。旅先に禍根は残さない。

 

「寛大なお心誠に感謝いたします!」

 

 それよりも、顔を上げてもらわないと話が進まない。

 

「大まかな事情は、セルジオから聞いているかと思いますが」

「はい。……その毛玉が、幽霊の正体だったと」

 

 毛玉は机の上で大人しくしている。

 それをしげしげと珍しそうに眺めているところを見ると、社長にも心当たりはなさそうだった。

 

「古代魔術が使える何者かが、空き家になっているあの屋敷に目を付けて、拠点にしていたものと思われます」

「古代魔術、ですか?」

「地元の魔術師が立ち会った時に異常が発見できなかったのは、現代魔術と仕組みが違ったからでしょう。私も目の前で発動しなければ見逃すところでした」

 

 きな臭い匂いがする。誰が何のために、あんな辺鄙な場所に古代魔術なんか仕掛けたのか。そもそも古代魔術を扱える人間なんて、もうほとんどいないはずなのに。

 

「差し支えなければ、この生物について調べてみようと思っています。エルダリス警察には引き渡さずに連れ出したいのですが、構いませんか?」

 

 こういう自分から厄介ごとを被りにいく性格が、クソ真面目だとサリに笑われるところなのはわかっている。

 しかし気になることがあると素直に休暇を楽しめない。

 乗りかかった船だ、こいつの正体を突き止めるまで一旦予定を変更しよう。

 

「ええ、わたくしどもは魔術にも魔物にも詳しくありませんから、高名な魔術師様に管理していただけるのは願ってもないことですが……」

「では、表向きにはこの毛玉のことは伏せて、全て侵入者のせいにしてください」

 

 全くの嘘というわけでもない。それに、人間という何の面白みもない正体を突きつけた方が、噂の鎮火も早いだろう。

 

「侵入者が戻ってくる可能性がありますから、しばらくは警察と連携して、あの屋敷を見張っておくべきでしょうね」

 

 二ヶ月近く戻ってきていないのなら諦めているかもしれないが、念のためだ。

 

「わかりました。何か進展があり次第、ご連絡差し上げます」

「連絡……。すみません、しばらく一ヶ所に留まる予定がないので、もし何かあった場合には、首都警察情報通信部のサリというスタッフに伝えていただけますか」

「はい、必ず!」

 

***

 

「ってことだから、そっちに連絡が行くかもしれない」

「はるばるエルダリスまで行っておいて、まだ仕事してんの? 好きだねえ」

 

 ホテルの通信機でサリにここまでの経緯を伝えると、受話器の向こうで大笑いしていた。

 

「……それで、サリの伝手に、魔法生物に詳しい専門家はいないか?」

「魔法生物? 魔物じゃなくて?」

「うん、広い範囲をカバーできる人間がいい」

 

 するとサリはしばし唸った後、ああ、と何かを思い出した。

 

「いるいる、一人。ほら、前に首都で魔物密輸事件があったじゃん。あの時に協力してもらった学者! タキも知ってるでしょう」

「……そういえばいたな」

 

 思い出すのは、若くして首都大学で教鞭を執っていた男だ。確か名前はトルテ。

 サリに負けず劣らずの変わり者だが、言われてみれば俺も、彼以上に魔法生物に詳しい人間を知らない。

 

「じゃあ、首都に戻らないとなあ……」

「いや、確か少し前に教授を辞めて、田舎に引っ越したはずだよ。ちょっと待ってて」

 

 受話器を置く音がした後、がさごそと何かを漁る音がした。『いてっ』という声もした。サリの根城はいつも汚い。

 

「えーっとね、今の所在地はグラニスだって」

「グラニス? すぐそこじゃないか」

 

 エルダリスの南東、酪農の村だというカルディナを超えた先にある町のはずだ。詳しい住所を聞いてメモする。

 少し寄り道にはなるが、首都に戻らなくていいのは幸いだ。

 

「まあ、古代魔術使いについてはこっちでも調べとく。デカい山になるかもしんないし」

 

 サリもやはり、同じきな臭さを感じ取ったようだった。

 

「助かる。それじゃまた」

「あーい」

 

 そんな緩い返事とともに、通話は終わった。

 最後はたぶん、スルメか何かを食べていた気がする。ということは安酒も一緒だ。一瞬、メモした住所の信憑性を疑った。

 

「聞いてたか? 次の行き先はグラニスだ」

「ムー?」

 

 気を取り直し、ベッドに転がってよくわかっていなさそうな毛玉をわしわしと撫でる。

 

「……毛玉じゃあんまりか。しばらくの付き合いになりそうだし、呼び名があった方がいいよな」

 

 天井を見上げてしばらく考えた。が、特に良い名前が思いつかない。結局、わかりやすいのが一番かと思い直した。

 

「よし、ムーって鳴くからお前はこれからムーだ」

「ムー!」

 

 今度は理解したのだろうか。ムーは頬に擦り寄ってきた。情が移るのは良くないが、どうにもこのふわふわには抗い難い。

 

「そういう魅了魔術を使う魔物じゃないだろうな」

「ムー?」

 

 そんなわけないか。馬鹿な考えはやめて、早めに寝よう。

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