働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第15話 瞬光魔術師とスイーツ談義

 魔法生物学者がいるというグラニスを目指し、まずはその手前のカルディナに向かうことを決めたのはいいのだが。

 

「カルディナに行くんですか? 公共交通機関は、小型バスが日に数本出ているだけですよ」

 

 翌朝も御用聞きに現れたセルジオに訊ねたら、そんな回答だった。

 

「もう、大きいバスすら出てないのか……」

 

 さすが村というべきか、辛うじて定期便は出ているものの、午前中と昼過ぎ、そして夕方の三本しかないそうだ。

 エルダリスは元々独立国家だったこともあって少々排他的なところがあり、町を跨いだ事業というものが余計に少ないらしい。

 

「仕事で頻繁に行き来が必要な方は、自家用車で移動しますから……」

 

 セルジオは苦笑している。田舎はそういうものなのか。首都の便利さを改めて感じた。

 

「歩きでも行ける距離?」

 

 もう午前の便は出てしまっているので、次は午後一時頃の便だ。今は十時だから、少し時間が空いてしまう。

 昼までエルダリスを観光してもいいのだが――できれば、噂の乳製品を昼食か間食にいただきたい。

 

「徒歩では厳しいと思います……」

 

 中心部までは、車でも数時間はかかる距離だそうだ。ということは、午後の便に乗ると着くのは夕方になってしまう。

 

「本来なら僕が送るべきところなんですが、今日は社長ともども、幽霊騒ぎの件で昼から警察に呼ばれてるんです。うーん」

 

 と、しばし悩んでいたセルジオが、ふと何か思いついた顔になった。

 

「そうだ。今の時間なら、カルディナから商品を届けにきてる配送車があるかもしれません」

「配送車?」

「あまり座り心地が良くないのでおすすめはしないんですが、お急ぎなら」

 

 張り込みの時には、狭い車内で数時間じっとしていることもあった。

 それに比べれば、今日はよく晴れているし、屋根のない荷台は解放感があって良さそうだ。そういう移動方法も旅の醍醐味だと思う。

 

 

 

 小さな食料品店の裏手で、日に焼けた大柄な中年男性が、荷台から荷物の積み下ろしをしていた。

 

「グラートさん」

 

 セルジオが声をかけると、おう、と軽く片手を上げる。道中で聞いたところによると、このグラートさんはセルジオの親戚らしい。

 

「というわけで、このタキさんを乗せていっていただきたいんです」

「構わんが……。今日に限って、他にも乗る奴らがいるんだよ。少し狭くなるが、それでもいいかい?」

 

 奴ら、ということは複数人だろうか。

 

「ええ、俺は構いません」

「ならいい。あいつら、今昼飯買いにいってるんだ。タキさんって言ったか。着くのは昼過ぎになるから、アンタも何か買っておきな」

「この辺りで持ち帰りなら、向かいのパニーノですね」

 

 飲食店の表、道を挟んで反対側にベーカリーがあることは、匂いで気付いていた。

 パニーノという、半分に切ったパンにいろんな具を挟んだものが一番人気らしい。

 

「生ハムのと、そっちのベーコンとチーズの。あと、それは?」

「豚肉に香草を詰めて焼いたものですね」

「じゃあそれも」

 

 最後なので遠慮なく奢られることにして、気になるものを片っ端から包んでもらう。

 

 と、不意に近くから視線を感じた。

 振り向くと、まだ学生と思しき少年少女の二人組がびくっと肩を震わせて目をそらした。

 

「タキさんの食欲に引いてるんじゃないですか」

「普通だろ? ああ、スープも持ち帰れるのか。トマトのが欲しい」

「はい……」

 

 首都を発って数日だが、自分でも図太くなったと思う。

 

 仕事をしている頃は、いつも父に見張られている気がしていた。

 おかげで間違ったことをしてはいけない、悪い噂を立てられるような言動をしてはいけないと無意識に制限をかけて、我慢していることが多かった。改めて考えると馬鹿馬鹿しいことだ。

 

 

 

 それから食料品店に戻り、飲み物のついでにムーのための野菜を買う。

 

「ムー、どれがいい?」

「ムー!」

 

 手に乗せて半ば冗談で聞いてみたら、視線がキャベツを積んだ箱に向いた。

 

「キャベツ?」

「ムー!」

 

 ムーの朝食はまたサラダのレタスだったが、昼はキャベツがいいらしい。

 

「言葉がわかるんですか?」

「さあ、ちょうど好きな物があっただけじゃないか?」

 

 わかっているような気もするし、なんとなく俺の声に合わせて鳴いているだけのような気もする。まだこいつの生態はよくわからない。

 とりあえずキャベツを一玉買って裏の配送車に戻ると、人影が増えていた。

 

「あれ、さっきベーカリーにいた……」

 

 先ほど、店内でこちらを見ていた二人組だった。

 

「え? おじさん、もう一人乗る人ってこの人?」

「ああ。旅行中なんだと」

「タキです。よろしく」

「あ、えと、リリーです! よろしくお願いします!」

 

 オレンジに近い茶髪を襟足で二つに結った少女がまず名乗った。見るからに元気そうだが、知らない人間と相乗りになることに緊張しているのか、表情が硬い。

 

「グレンです。よろしくお願いします……」

 

 続けて、濃い茶髪を短く刈った朴訥な少年も名乗る。こちらも少し警戒しているようだ。

 

「全員揃ったことだし、行くか」

 

 グラートさんが荷台に乗るように顎をしゃくった。貨物が減った荷台にまずグレンがひょいと飛び乗り、リリーを引っ張り上げた。最後に俺が乗る。

 

「結構揺れるから、適当にその辺に掴まって落ちないようにしてくれよ。責任は取れないからな」

「わかりました、気をつけます」

 

 それぞれが適当な位置に収まったところで、セルジオが近寄ってくる。

 

「タキさん、お世話になりました。また近くに来られた際には声かけてくださいね!」

「こちらこそ、案内ありがとう。そうだな、また機会があれば」

 

 幽霊騒ぎに始まった妙な事件のせいでなんとなくすっきりしないが、街としては景観も綺麗で、好みの味の料理が多く、印象は悪くない。

 歴史のある場所だというから、本当は観光できる場所も多いのだろう。次に来た時は、街の中をもう少し見て回りたい。

 

 そして手を振るセルジオに見送られ、ゆっくりと配送車は出発した。

 

 

 

 本来人が乗る場所ではないので仕方ないとはいえ、荷台は営業車両に比べるとやはり乗り心地が良くない。

 セルジオの助言であらかじめクッションの用意があってこれだから、何もなければ十分も経たずに尻が痛くなっていただろう。

 

「悪いね、変な客が増えて。リラックスできないだろ」

 

 並んで腰かけ、またこちらをちらちらと見ていた二人に、一応声をかけておく。

 

「気にしないでください! ウチの村が辺鄙なとこにあるのがいけないんですよ」

 

 リリーはあははと自嘲気味に笑った。

 

「二人は学生?」

「はい、普段は首都の学校に通ってて、夏休みで帰省してるところなんです」

 

 そういえば、首都の一般的な学校は六月頃から学年の切り替えに伴う長期休暇が始まる。もうそんな時期か。

 

「へえ、俺も首都からなんだ。どこの学校か聞いても?」

「首都中央学院です」

 

 まさかの後輩だった。一応名門として知られているので、小さな村から同時期に二人も通っているというのは割とすごいことだ。

 

「タキさんは、首都からカルディナまで何しに行くんですか? 正直、何もないところですよ」

「目的地はグラニスなんだけど、せっかくだから寄り道しようと思って。エルダリスで食べたチーズが美味しかったから」

 

 すると、リリーはぱあっと顔を明るくした。

 

「そうなんですよ! ウチの村、乳製品だけは自慢できるんです!」

「リリー、転ぶよ」

「あ、ごめん……」

 

 思わず身を乗り出した相方を、グレンが引き戻した。良いコンビだ。

 

「良かったら、美味しい店とか、地元民ならではの食べ方とか、今のうちに教えてもらえると助かる」

「喜んで!」

 

 それからリリーは、時折田舎の自虐を混ぜながらも、楽しそうに村のことを話してくれた。

 

「チーズにもいろいろ種類があるので、食べ比べをさせてもらえる店に行くのがいいですよ。あとは、やっぱりソフトクリームです!」

「いいなあ、今日は少し暑そうだし」

 

 グレンはというと――村よりもリリーのことが気になるようで、ちらちらと見ている。微笑ましい。

 

「まあ、村の食べ物がどれだけ美味しくても、首都には勝てないんですけどね」

「首都で食べた中では、何が一番だった?」

「学校の近くにあるパティスリーの、タルト・フリュイです!」

 

 今日一番の笑顔だった。

 

「ああ、確かにあれは美味しい。今もあるんだ」

 

 その笑顔になるだけの理由は知っている。稼いだアルバイト代で買い食いしたものの筆頭だ。

 サクサクのタルト生地の上にたっぷりのクリームと果物がこれでもかと載っていて、鮮やかに光る姿は宝石箱のようだ。もちろん見た目が楽しいだけでなく、口に入れても期待を裏切らない。

 

「あの頃は一番小さいタルトレットしか買えなかったけど、そういえばいつかホールでいってみたいと思ってたんだよな……」

 

 うんうんと一人頷いていたら、

 

「え? あのお店を知ってるって、もしかしてタキさん、学院の卒業生ですか?」

 

 しまった、タルトの話に釣られて口が滑った。

 

「……まあ、もうかなり前のことだから、面白い話はできないよ」

「そうですか……」

 

 しかし、学校の話題が通じるとわかったリリーはその後も授業のことや寮での生活まで次々に喋り続け、話題が尽きない。

 グレンは話を振られた時に相づちを打つくらいだが、なんとなく面白くなさそうにしている。リリーが俺と楽しそうに喋っているのが気に食わないからだろう。

 

 俺としては、同じくらいお喋りな妹のことを思い出して少し懐かしくなっていただけだった。

 二人が夏休みということは、妹のネネも休みに入るということだ。

 ――そろそろ首都から逃げ出したことに気付かれそうだな、と思った途端、少し悪寒がした。

 

 

 

 リリーの話に相づちを打っていると、不意に車がガタンと揺れてリリーがよろけ、またグレンに掴まれた。

 車が車道を外れたらしい。脇に逸れて木陰に止まった。気がつけば、エルダリスの街はほとんど見えなくなっている。

 

「この辺で一旦休憩。昼飯にしよう」

 

 グラートさんが運転席から降りてきて、大きく伸びをした。いつの間にか、太陽が頭上の一番高い位置に来ていた。

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