働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第16話 瞬光魔術師とピクニックランチ

 荷台から降りたところで、リリーが照れくさそうにはにかんだ。

 

「すみません、あたしばっかり喋っちゃった」

「いや、おかげで退屈しなかった」

 

 話を聞きながら、自分の学生時代はどうだったっけと振り返っていたところだ。

 

 そつなく誰とでも話すようにはしていたし、友人と呼べる相手もいたにはいたが、今でも話すのはサリくらいだ。

 両親から一番敬遠するように言われていた相手とだけ未だに交流があるというのは、意趣返しができたみたいで面白い。

 

「ほら、こっちで食べな」

 

 グラートさんが防水のシートを敷いてくれて、ちょっとしたピクニックのようだ。

 

「【加熱(カリファチェレ)】」

 

 紙製のスープ容器を持って温めていたら、リリーはもちろん、グレンとグラートさんまで目を丸くしている。

 

「グラートさんのそれも温めましょうか」

「あ、ああ。助かる……」

 

 グラートさんが持っていた口の広い水筒のような容器の中には、ミルクスープが入っていた。きのこやニンジン、ほうれん草も入っていて具だくさんだ。

 外側を布で巻いてあってある程度保温性はありそうだが、早朝に入れたならぬるくなっているだろう。こういうスープは温かい方が絶対に美味しい。

 

「二人は?」

「いえ、あたしたちは、飲み物だけだから大丈夫です」

「じゃあ、そっちは冷やそうか」

「え!?」

 

 盆地は寒暖差が激しいとは聞いていたが、今日は特に気温の上がり幅が大きい。お茶は冷たい方がいいだろう。

 

「ありがとうございます……。タキさん、魔術科のご出身なんですか?」

 

 水筒の中のお茶で氷を作って返すと、リリーが訊ねた。グレンは浮いた氷をまじまじと見ている。

 

「リリーもそうだろ? グレンは商業科かな」

 

 何気なく訊ねただけだったが、二人は顔を見合わせ、各々頷いた。

 

「そうです……。わかるものなんですね」

「魔術の素養があるかどうかくらいは」

 

 捕縛する対象が魔術師だった場合には相応の対処が必要になるので、相手が魔術を使うかどうかは初対面で必ず確認する癖がついている。よほど巧妙に隠していない限りは見分けられる自信があった。

 

「すごい、あたしも卒業する頃にはそれくらいできるようになるかな」

「魔力感知の応用だから、そう難しくないよ」

 

 加熱と冷却を習っていないということはまだ一年生か、と考えていたら、フードの中にいたムーがもぞもぞと動きはじめた。

 

「ムー、起きたのか」

「ムー」

 

 ムーはどうやら日光が好きらしい。初夏の陽気が心地よかったようで、荷台に乗り込んで早々にフードから顔を出して眠っていた。

 

「わあ、ペットですか?」

 

 肩から腕を伝ってするすると降りてくる様子を見て、リリーが目を輝かせる。

 

「え? まあ、そうなるのかな」

 

 正確には調査対象だが、キャベツを与えている様子は確かに飼っているようにしか見えない。これからは何か聞かれたらペットだということにしよう。

 

「お名前は?」

「ムー」

「ムー!」

 

 俺が答えるのとほぼ同時に、自分でも名乗った。やはりこちらの言葉を理解している気がする。

 

「ムーちゃんっていうんですね! あの、触ってもいいですか?」

「ムー!」

「いいってさ」

 

 リリーは動物が好きらしい。

 

「フワフワだー!」

 

 手のひらに乗せてそろりと撫で、遠慮がちにグレンも興味深そうに見ている。二人とも、酪農が盛んな村の出身だからか。

 

「俺たちもそろそろ食べよう」

「そうですね」

 

 言いながら、さっそくパニーノにかじりつく。

 塩気の強い生ハムと硬めのチーズが少しパサつくかと思ったら、オリーブオイルのおかげでしっとりとしていて、意外と食べやすい。味付けらしいものは胡椒程度だが、おかげで素材の味がきちんと感じられた。

 

「ふふ」

 

 自分の分を食べつつ俺が食べるのを見ていたリリーが、不意に笑った。

 

「何?」

「いえ、美味しそうに食べるなって思って」

「……そう?」

 

 最近は早食いにならないように気をつけているが、食べ方で美味しそうに見えるとか、そんな感覚があるんのろうか。

 

「口の周りを汚さないようにしながらその量を一気に食べられるのって、才能だと思いますよ。羨ましいです」

 

 冗談かと思ったら、リリーは真剣な顔だった。

 

「綺麗に食べろとは、しつこく言われてたけど……」

 

 テーブルマナーとして、品良く食べる方法は知っている。そういう食べ方をするのは少し窮屈だ。

 しかし食事の席で重要な話をすることも多いので、必要性は理解している。

 

 それと同時に、そういった席でも出された分を全て食べきれるよう、口の中に一度に入る量が目測でわかるという特技を身につけた。

 口からはみ出さず、きちんと咀嚼して飲み込める程度の最大量を頬張るのだ。――もしや、そのせいで早食いになっているのか。

 

「ムー」

 

 これも幼い頃にかけられた呪いのようなものだと気付いて、思わず遠くの山を見ていたら、ムーがそっと膝に寄ってきた。

 

「ん? 追加か?」

 

 別に慰めてくれようとしているわけではなく、さっきの一枚を芯まで食べきっただけだ。こいつも意外とよく食べる。

 

「あの、あたしもあげてみたいです!」

 

 リリーがそわそわしつつも行儀良く挙手した。まだ十歳にもならない頃、首都の郊外にある動物園で餌やり体験をした時のことを思い出した。

 

「どうぞ」

 

 キャベツを丸のまま差し出す。何が楽しいのか、リリーは満面の笑顔で一枚剥がし、ムーに差し出した。

 

「ムーちゃん、はい」

「ムー!」

 

 今のは礼を言ったように聞こえた。

 宙に浮いているキャベツの端に、ぱくっと食らいつく。

 

「かわいいー!」

 

 古代魔術まで使って屋敷から出られなくされていたにもかかわらず、人見知りはしていないようで安心した。

 閉じ込められていた間の食べ物はどうしていたのだろうか。

 

「ところで、ムーちゃんって何の動物ですか? ネズミ?」

「わからない。グラニスに詳しい人がいるって聞いて、調べに行くところ」

「へえー。こんなに大人しくて可愛いんだから、魔物じゃないですよね」

「そう思いたいけどね」

 

 器用に端を少しずつ囓ってキャベツを回し、柔らかい方から食べはじめるのを眺めつつ、スープに手をつける。根菜が柔らかく煮込まれていて、野菜の甘みがわかる優しい味わいだった。

 

 次はベーコンチーズと、豚肉に香草を詰めたもの――ポルケッタというらしい――のどちらにしようかと一瞬迷って、食べたことがないポルケッタを選んだ。

 

 頬張りながら空を見上げると、雲が少しずつ形を変え、じわじわと流れていく。

 思えば長いこと、のんびり景色を眺めることもしていなかった。

 

「……たまにはこういうのもいいな」

「え?」

「いや、何でも」

 

 こうやってゆっくりできるのも、ムーのおかげだ。もし魔物だったとしても、手元に置いておける方法を探してみようか。

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