ポルケッタは、香草とスパイスのおかげでまったく臭みがなく、冷めていても柔らかかった。
「何だろう、この緑のソース」
緑色のどろっとしたソースがかかっていて、これがよく合う。こちらも香草の匂いが強かった。
「サルサ・ヴェルデですよ。そういえば、首都ではあまり見かけないかも」
香りの元になっているパセリの他、花の蕾をピクルスにしたものや魚の塩漬けなどを混ぜ合わせて攪拌したものらしい。
「うん……。まあ、料理に詳しくないから知らないだけかもしれないけど」
首都は全国から人が集まっているので、エルダリス料理を出す店もあるはずだ。
というか、家でもそこそこ凝った料理が出ていたはずなのに知らないということは、またリントヴルムの保守的な面が悪さをしているだけな気がしてきた。
特に母は、息子には何でも食べるように言っていた割に好き嫌いが多い。この香りの強さも苦手だと思う。料理人は大変だったんじゃないだろうか。
それはさておき。
「これもワインに合いそうだな……」
せっかく魔導庫があるのだから、一本買って忍ばせておけばよかった。
俺たちがのんびり昼食をとっている三十分ほどの間に、グラートさんはさっさと食べ終わり、近くで昼寝をしていた。
朝が早いと、こういう短時間の昼寝が重要なのだ。
午後一時を回った頃にきちんと起きて、欠伸をしながらシートを片付けはじめたので、三人で手伝った。
「紙のゴミは、燃やして埋めるといいよ」
「そっか、持って帰ってもどうせ燃やしますもんね」
一年生で習う魔術でも、それくらいはできる。リリーはさっそく土の魔術で穴を掘って、グレンと俺の分まで回収したパニーノの包み紙をそこに入れ、火の魔術で燃やした。
「燃え尽きたと思ってもまだ火種が残ってある場合があるから、埋める前に上から水もかけること」
「はいっ」
素直でよろしい。
荷台に乗り込んだ二人は、今度は俺の近くに座った。
「ムーちゃんホントにかわいい。仲間はいないの? あたしも飼いたいなあ」
「ムー?」
リリーはすっかりムーのことが気に入って、手に乗せて指で撫でたりつついたりしている。ムーもまんざらではなさそうだ。
そのでれでれとした顔を見ているグレンからも、硬さが薄れてきた気がした。
「二人は、学校を卒業したら村に戻るの?」
「……はい、その予定です」
少し返事が遅れたところから察するに、首都に未練があるようだ。
「村には常駐している魔術師がいませんから、あたしがしっかり勉強して役に立たないと」
魔力は誰にでも一定量備わっているものの、魔術として行使できる人間は全人口の一割から二割ほどと言われている。
まだわかっていないことは多いが遺伝的な要因は薄く、突然変異のように生まれることがほとんどだそうだ。
そのため子どもの頃にそれが発覚すると、必然的に魔術師を目指すことになる。
近くに魔術師が一人いれば何かと便利だということが一番の理由だ。しかし、力の制御方法を学んで暴走しないようにするという側面もあった。
俺は警察官になったことで幅広く役立てる道があったが、リリーには、村の魔術師になる以外にやりたいことがあるのでは。
「グレンも?」
「はい。家を継がないといけないので」
グレンは薄く頷いて、またちらりとリリーを見た。
魔術は、できるだけレベルが高く設備が充実した環境で学ぶべきという風潮がある。
しかし一般的な酪農業をしている家を継ぐだけなら、わざわざ首都の学校に通う必要はない。
「努力してるんだなあ、二人とも」
グレンはそうやって、ずっとリリーのそばにいるつもりなんだろう。
「タキさんは――」
リリーが何か言おうとした瞬間、車両がガタンと一際大きく揺れた。思わず二人の頭を守るように抱える。
「グラートさん、どうしました?」
少し傾いた荷台から運転席に声をかけると、グラートさんがドアを開けて前輪を確認し、首を振った。
「ダメだ、ぬかるみにハマった」
「ええ?」
二人から離れて荷台の端に掴まり、そっと下を覗く。大きな水たまりに、前輪が完全に落ちていた。
しかし。
「なんでこんなところに水たまりが。今朝、雨なんか降りましたか?」
エルダリスからずいぶん離れたとはいえ、こんなに深い水たまりができるほどの雨なら、風向き的に多少の影響があったはずだ。
しかし俺の知る限り、ここ数日のエルダリスは快晴だった。
「いや、今朝通った時にはこんなところに水たまりなんてなかった」
先ほど昼食をとった場所も、地面は乾いていた。
ということは。
「グラートさん、すぐにドアを閉めてください」
「え?」
「魔物の仕業です。早く、来ますよ!」
「わ、わかった!」
そしてグラートさんがドアを閉めたのとほとんど同時に、水たまりの中から黒い蔓のようなものが飛び出した。
「【
車体に巻き付こうとする蔦を斬り捨てつつ、二人を見る。
「
「リリー!」
「二人とも、こっちに!」
突然魔物を見て足がすくんでいるリリーを、グレンが庇いながら俺のそばに寄ってくる。ひとまず盾を展開して防ぐものの、根本的な解決にはならない。
「蔓の数が多い……!」
サイズから見ても、気配を消していたことや魔物避けをものともしていないところから見ても、相当成長している。
ここまで大きいと、本体を叩かない限り討伐できない。
「こんな強力な個体が出るエリアなんですか!?」
「そんなわけない! 俺でも倒せるような奴しか見たことねえよ」
車両の装備から見ても、普段は平和な道なのは間違いなさそうだ。
じゃあ何故今、と考えている暇はない。いくつか方法はあるものの、問題は本体が車両の下にいることだ。下手に魔術を発動したら巻き込んでしまう。
「リリー、自分で盾は張れるか?」
「は、はい」
防御魔術は基礎魔術の次に習う。覚えたてで強度に不安はあるものの、しばらくは耐えられるはずだ。
「くそ、こっちは丸腰なのに」
思わず舌打ちした。襲ってくる蔓に対応するだけでも思考を持っていかれる。
このランクの魔物を、一般市民を守りながら車両にも傷をつけずに討伐しろなんて、任務でもなかなか言われない無茶振りだ。
仕事のことをできる限り思い出さないように、武器の類いは持ってこなかったが、こんなことなら小さい魔銃でも携帯しておくんだった。
「まずは水たまりから抜け出したいけど、こいつが許すわけないな……」
しかも車体に潜り込むことでこちらの攻撃手段を限定させるという、知能のある動きだった。
「燃やすと車も燃えるし……。水たまりを凍らせて動きを鈍らせるか」
と、地面に狙いをつけた時だった。
「あ、盾が!」
集中的に攻撃されていたリリーの盾が、とうとう崩れた。
「【
「ムー!」
「ちょっ、ムーちゃん!?」
俺が盾を張り直すと同時に、ムーがリリーの手の中から飛び出した。
そして、
「ムー!!」
一際大きく鳴いたと思ったらその身体が光り、轟音とともに大地が震えた。
「か、雷……?」
突然の眩しさで思わず瞑ってしまった目を開け、上空を見上げる。今まさに襲いかかろうとしていた黒い蔦がブスブスと黒煙を上げ、次々に崩れ落ちるところだった。
呆気に取られていると、ムーが靴の上にぴょんと乗り、俺を見上げた。
大丈夫か、と言われている気がした。
「今の、お前がやったのか……?」
「ムー」
今の一撃で、
「……すごいな、ムー。助けてくれてありがとう」
俺の【
「ムー!」
拾い上げたら腕を伝って肩まで登り、得意げに頬に擦り寄ってきた。
「はあ、俺もまだまだだな……」
危機が去ったとわかった途端に力が抜けて、荷台の上にへたり込んでしまった。危険な目には何度も遭ってきたのに、もう平和ボケしてしまったのか。
「いや、安心してる場合じゃない。早く水たまりから抜け出さなきゃ」
もたもたしていたら、別の魔物が集まってくるかもしれない。これはさすがにムーにはできないだろう。俺は俺にできることをしよう。