ペンションまで案内してもらう途中、少し気になってグレンに訊ねた。
「もしもリリーが首都に残りたいって言ったら、グレンはどうする?」
「え」
びくっと肩を震わせて、俺を見上げた。すぐに視線を地面に落として、後頭部を掻く。
「……できる限り、リリーの希望を叶えてやりたいです」
「そうか……」
自分も首都に残るかどうかではなく、まずリリーのことを考えるあたり、献身的な男だ。
ペンションは坂の上にあるという。その少しだけ手前にグレンの家があった。荷物を置くためにグレンが一旦家の中に入り、すぐに出てくる。
「家族にも久しぶりに会うんだろ? 場所だけ教えてくれれば、一人で行くよ」
「いえ、今の時間は誰もいないので」
両親は乳製品を作る工場に勤めていて、帰りは夕方になるそうだ。
グレンの家から数分も歩かないうちに、板壁を白く塗った二階建ての木造建築が現れた。
本当にこぢんまりとしていて、多く見積もっても片手で足りる数の部屋しかなさそうだった。
「……小さいですけど、料理は美味しいと思います」
「それは何より」
それさえわかればじゅうぶんだ。
中に入ると、ふくよかで人が良さそうな女性が明るい笑顔で出迎えてくれた。
「おばさん、首都から来たタキさん。泊まりたいんだって」
「まあ、若いお客様なんて珍しい。ようこそカルディナへ」
「お世話になります」
さっそく料金表やオプションサービスの説明を受けていると、そっとグレンが離れていく。
「タキさん、俺はこれで。何か用事があったら、ウチに来てください」
「わかった、案内してくれてありがとう」
「いえ。……それじゃ」
グレンは会釈して、エントランスを出ていった。
後ろ姿を見送ってから、女将さんはため息をつく。
「ごめんなさいね。悪い子じゃないんですけど、ちょっと愛想がなくて」
「わかってます。エルダリスからここまで、一緒に来ましたから」
「昔は明るかったのよ。山で魔物に襲われてから、内気になっちゃったの」
さすが小さな村というべきか、近所の子どもでも自分の子のように話す。
「魔物に?」
「ええ。グレンが帰ってきたってことは、リリーにも会ったでしょう? 二人で遊びに行った帰りにね」
「そうだったんですか……」
怖い思いをしたせいで、内向的で慎重な性格になってしまったらしい。
と、女将さんはハッと気付いて、口に手を当てた。
「すみません、人のことをいろいろ喋るのは良くありませんね。どうぞ、一番いいお部屋に案内します」
「ありがとうございます」
そして階段を上がった先、突き当たりの部屋を貸してもらえることになった。
「こちらのお部屋をお使いください」
「本当だ、いい部屋ですね」
外と同様に白と木目を基調とした素朴なインテリアの明るい部屋だった。東側に大きな窓があり、バルコニーに出られるようになっている。
高い場所に建っているだけあって、村の全貌と周辺に広がる牧場や畑がいっぺんに見渡せた。遠くに点々とゴマのように見えているのは、どうやら牛のようだ。
「お夕食はいつ頃になさいますか?」
「ええと……。基本はいつ頃なんでしょう」
まさかこちらの希望を聞いてくれるとは。しかし平均的な時間がわからない。
あまり早いと寝る前に空腹になりそうだし、遅すぎると迷惑になるだろう。
「大体、午後六時から八時くらいにされるお客様が多いですね」
「じゃあ、それくらいで」
「承知しました。それでは間を取って、七時頃にお呼びしますね」
部屋には洗面台とシャワー設備があり、浴槽に浸かりたい場合は一階に時間単位で貸切にできる風呂があるとのことだった。
せっかくだから、そちらも使わせてもらうことにする。
「……あ、ペットがいるんです。ちょっと特殊な奴で、毛が落ちたり壁を傷つけたりはしないと思うんですが」
一応知らせておくべきかと、影蔓退治の後またフードに潜って眠っているムーを見せた。
「あら、可愛らしい。大人しそうですし、今日は他にお客様もいませんから、構いませんよ。ご飯はどうしましょう?」
「草食なので、生の野菜をいただけると助かります」
「そうなの。そうだ、お疲れでなければ畑をご覧になりませんか? お食事に出すお野菜は、全部そこで育ててるんです」
「いいんですか? ぜひ」
親切な女将さんは、畑に向かう間に自分たちのことをいろいろと話してくれた。
実は農家が本業で、ペンションは女将さんの趣味のようなものらしい。
裏手に広がる広大な畑には、この時期旬を迎える野菜が青々と育っていた。
「大して面白みはありませんが」
「いえ、首都からあまり出ないので、こういう景色は新鮮です。……こんな風に生ってるんですね」
まっすぐに並んだ支柱に巻き付いているのはキュウリだった。他にもピーマン、トマト、スイートコーンなど、色鮮やかな野菜が瑞々しく育っている中をしばらく説明してもらった。
「もこもこちゃんは、何が好きかしら?」
この村の人たちはやはり動物好きが多そうだ。フードを覗き込む目尻が下がっている。
「ムー、起きろ。どれがいい」
「ムー?」
せっかくなので、また選ばせることにした。
「ムー……。ムー!」
寝起きで目をしょぼしょぼさせていたが、スイートコーンを見た途端、ぱちっと開いた黒い目が輝いた。
「まあ、グルメなのね」
というわけで、とれたてのスイートコーンをムーのためにいただけることになった。
「もちろん、タキさんの分もご用意しますよ」
そんなに物欲しそうにしていただろうか。
「齧り付きますか? 粒を外しますか?」
「ええと……。俺は囓ります。ムーの分は外していただけると」
「承知しました」
女将さんは、俺の顔を見てうふふと笑った。だって、囓った方が絶対に美味しいに決まっている。
畑からペンションに戻って時計を確認すると、四時になるところだった。夕食まで少し時間がある。
「よし、チーズと酒を買いにいこう」
ワインを買いそびれたことを悔やんでいたら、幸いなことに村でもエルダリスワインを売っているらしい。
もちろん夕食にも出るとのことだが、それはそれ、これはこれだ。
――そろそろサリかニコロ辺りから事情を聞いて癇癪を起こしていそうな妹にも、何か宥める材料が必要だろう。
女将さんが教えてくれた試食ができる店には、少し迷ってから辿り着いた。田舎は目印が少ない。
「ワインに合うおつまみが欲しいんですが」
「でしたら、こちらをどうぞ」
小さくカットしたチーズが差し出され、さっそく口に放り込む。少し硬めだが香ばしく、口の中で溶けた。もちろん買う。
「それと、高校生くらいの女の子が好きそうで、日持ちするお土産はありませんか?」
「うーん……。そうだ、お兄さん、リリーたちと一緒にいらしたんでしょう? あの子が好きなのはこれですよ」
四角くて少し分厚いクッキーだった。まだ数時間も経っていないのに、もうリリーとグレンの帰還が村中に広まっているのかと少し慄いた。
態度には出さず、クッキーをいただく。
「これにもチーズが入ってるんですね。美味しいです」
しっとりとした素朴な甘さの中に、軽い塩気とチーズの風味があった。基本は紅茶かコーヒーだな、と思いながら、やはりワインにも合う可能性を感じた。
「それと、ミルククッキーのセットなんかいかがです?」
「いいですね、じゃあそれを二セットください」
一セットは俺の分だ。小腹が空いた時の非常食にしよう。