翌朝、窓からの心地よい日差しを浴びながら寝返りを打った途端、柔らかい毛にもすっと顔が埋まった。
「ムー……」
薄く目を開けると視界は真っ白だった。毛の持ち主が若干迷惑そうに唸りながら、緩慢に振り向いた。本当に寝起きといった感じのしょぼしょぼとした目をしている。
「ごめん、起こしたな……」
昨晩はサイドテーブルの上に畳んだタオルの上で寝ていたはずだが、いつの間に移動したのだろう。
時計を見ると八時を過ぎたところだった。一瞬二度寝を視野に入れたが、チェックアウト時間を考えると危険だと判断して起きることにした。
朝食は目玉焼きとソーセージ、チーズを挟んだトーストと、コーンサラダ、牛乳というシンプルなものだった。ムーはレタスとスイートコーンを貰ってご満悦だ。
「……なんか、ちょっとでかくなってない?」
「ムー?」
平らな皿の上に半分ほど乗り、ちまちまと一粒ずつコーンを食べているムーは、なんだか一回り大きくなったような気がした。
一晩で成長するとは思えないが、俺と一緒に三食食べるようになったので、単に栄養状態が良くなっただけかもしれない。
のんびり朝食を味わった後は、女将さんに礼を言ってチェックアウトする。
「グラニスに行くなら、南側から定期便が出ていますよ」
と言って、ペンションからの行き方を簡単に教えてくれた。
「わかりました、いろいろとありがとうございます」
途中で昨晩味を占めたチーズクラッカーを買ってから、停留所を探して南側へ歩くことしばし。
「ムー」
フードから半分だけ顔を出し、景色を見ていたムーが何かに気付いた。立ち止まって辺りを見回したところ、大きな民家の庭先に人だかりができていた。
「あれ? リリーとグレンだ」
猟銃を背負った人影や制服の警官など、物々しい装備で深刻な顔をしている大人に混ざって、真剣な表情で何か話している。――嫌な予感がした。
が、見つけてしまったからには村を出る前に挨拶しないわけにもいかない。
「おはようございます」
「タキさん! おはようございます」
「……おはようございます」
怪訝な顔をしている村人たちに、リリーが率先して俺を紹介する。
首都警察所属の警察官だと聞いた途端、彼らの表情が少し明るくなった。これはもしや。
「ちょっと困ったことが起きてるんです。意見を聞かせてくれませんか?」
ほら来た。
「……どうしたの?」
困っている後輩を見捨てるわけにもいかない。もしかしたら本当に意見を言うだけで、何もしなくていいかもしれないし。
「今朝早く、巡回中のハンターさんが山の中で人影を見たって言うんです」
「人影?」
ハンターは魔物が人里に降りてくる前に対処できるよう、担当エリアを随時巡回している。
つまりハンターが見回る場所は、魔物が出没する危険地帯だ。
山菜採りや林業従事者、炭焼きなど山を仕事場にしている村人もいるが、彼らは必ず魔物避けを携帯し、いつどの辺りで作業をするかを身内や仕事仲間に知らせてから入山するそうだ。
「今日はまだ、誰も山に行ってないんです。おかしいですよね?」
ハンター自身、誰かが山に入るという報告を聞いていない。不審に思って山林を利用する関係者を集めて確認していたところに、俺が通りかかってしまったというわけだった。
「見間違い……ではない根拠がありそうですね」
猟銃を背負った体格の良い男性が頷く。
「ここしばらく、家畜の盗難やら、畑荒らしやらが出ててな」
「魔物ではなく、人間の仕業だと?」
「ええ、器用に鍵だけを壊していたり、靴跡が残っていたり……」
答えたのは警官だった。他にも、明らかに魔物の仕業ではない痕跡がいくつも見つかっているそうだ。
「確かに話を聞く限りだと、山で目撃された人影が犯人の可能性はじゅうぶんありますね」
住人全員が顔見知りと言ってもいい小さな村だ。夜間や早朝に妙な動きをしている者がいれば、すぐにわかるだろう。
「山の中に、人間が寝泊まりできそうな場所はありますか?」
「休憩に使う山小屋ならいくつか。そうしょっちゅう使うもんでもないから、最低限の設備しかないがね」
魔物避けは各自持参している上、泊まることはないので、本当に日光と雨風が凌げればいいというだけの小屋だそうだ。
「今の季節なら、食料さえあれば潜めないことはないか……」
わざわざ人目を避けているからには、やましいことに関わっている可能性が高い。
そして食料を現地調達しているということは、計画的な滞在ではない。
――もしかしたらという心当たりはあった。
「その小屋、調査するんですか?」
「そうだな。最近使ってないやつを当たってみるつもりだ」
グラニスに早く向かいたいところではあるが、念のため、心当たりを確かめておいた方がいい気がする。
「俺も同行していいでしょうか。もし家畜を盗んだ目的が食用なら、相手は火の魔術を使うかもしれません」
魔術師ではなくても、なんらかの火起こしの手段を持っているはずだ。切羽詰まって山火事を起こされたら、魔術師のいない村では対処ができない可能性がある。
「そりゃあ、助かるけどよ……」
そんな軽装で行くつもりかと言いたげだった。
体力はあるつもりだし、山岳での訓練は受けている。専門職のようにはいかなくても、いざという時の保険くらいにはなれるはずだ。
そして、
「あたしも行きます! 土と水の魔術なら、少しは使えるので!」
「……俺も行く」
リリーは威勢良く挙手し、グレンは今までどおり静かに頷いた。