働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第28話 瞬光魔術師の居酒屋飯

 本部があるのは町の中心部なので、少し歩くだけでも様々な形態の飲食店があった。

 

「気を遣わなくて、量が多くて、味付けが濃いのがいい」

「ムー」

「うん、サラダも欲しいよな」

 

 というわけで大通りから路地に入り、換気扇からもくもくと流れ出す香ばしい煙に誘われるままに、小さな大衆酒場に目を付けた。

 

 スライド式の扉で大きく間口が解放できるつくりになっていて、通りに面してカウンター席があるだけというシンプルな店だった。

 客の上半身を隠す暖簾をくぐると、温度と湿度が上がったのが肌でわかった。タレが焦げる香ばしい匂いが一層強くなる。

 

「いらっしゃい。何にする?」

 

 空いていた端の席に座ると、赤ら顔の大将が愛想の良い笑顔で声をかけてきた。

 

「ええと……。焼き串盛りとポテトフライと玉子焼きと、グリズホッグの角煮と、張り紙にある山芋の鉄板焼きっていうのも。あとサラダと……」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 壁にかかったメニューから目に付くままに注文すると、慌ててメモを取る。

 

「すみません。お腹が空いていてつい」

「細いのに食べるんだねえ」

 

 大将も他の客も、面白そうに笑ってくれた。

 よく考えれば、こういう場所は酒がメインで、料理ばかり大量に頼む奴はそういない。飲まないつもりだったが、酒も一杯くらい頼んだ方がいいか。

 

「ビールもください……」

「はいよ」

 

 すぐに汗を掻いたジョッキがドンと置かれ、少ししてサラダも来た。ムーを壁側にそっと下ろす。

 

「最近は、ペット連れで旅行するのが流行ってんの?」

 

 気付かれない可能性に賭けたが、さすがにすぐ隣で食べていた客にはすぐに気付かれた。

 

「あ、すみません。良くないですよね」

 

 ムーは慌てて腕を駆け上がり、フードに戻ろうとした。

 しかし常連と思しき客の中年男性は、何でもなさそうに首を振る。

 

「いや、こういう作りの店だし、時々いるよ。犬連れとか。なあ、大将」

「そうだな、他の客の迷惑にならなきゃ別に。はい、角煮」

 

 と言って、カウンターの一段高くなったところに器が置かれた。大雑把な店で助かった。

 

「ムー、大丈夫だってさ」

「ムー……」

 

 呼びかけると恐る恐る出てきて、テーブルの隅でこちらを見上げる。

 レタスを大人しく食べはじめたのを見守ってから、俺も角煮に手をつけた。

 

「あ、美味い」

 

 思わず声が出た。

 グリズホッグといえば、冬でも積雪がない地域の山にいる猪型の魔獣だ。

 好奇心に負けて注文してしまったが、甘辛く煮込まれた肉は大して噛まなくても飲み込めそうなくらい柔らかい。

 同じ煮汁をしっかり吸った玉子と大根も相性が抜群だ。

 

「……すみません、ビールおかわりください」

「はいよ」

 

 気がついたらジョッキが空になっていた。恐ろしい料理だ。

 

「悪いね、一人でやってるからさ。順番がバラバラで」

 

 味わっているうちに焼き串盛りが置かれた。

 

「いえ、俺が頼みすぎただけなので」

 

 何の串が出てくるかと思ったら、やっぱり魔力を纏っている奴がいた。

 

「ああ、それ、スクラヴォットだよ」

 

 肉の種類を判別すべく観察していたら、また隣の親切な男性が教えてくれた。

 

「スクラヴォットって、食べられるんですか」

 

 山地に生息する俊敏な兎型の魔獣で、毒草を好んで食べるため体内に毒を蓄積しており、食用には向かないとされる――という、学生時代に覚えた概要が脳裏をよぎった。

 

「まあ食べてみなよ、美味いから」

 

 さあさあと店主からも客からも急かされたら、食べないわけにはいかない。

 

「いただきます」

 

 思い切って串を先端からくわえた。引き抜いて咀嚼してみる。

 鶏肉に似た味わいだが、脂身を程よく残してあるおかげか、クリーミーで食べ応えがあった。

 

「美味しいです。思ったより食べやすいんですね」

「だろ?」

「偉い学者さんが常連さんにいてねえ。毒抜きの方法を教えてくれたんだよ」

 

 他では食べられない珍味として、スクラヴォットを店の新しい名物にしようと画策しているところらしい。

 この地域で魔獣の毒抜きに詳しい学者というと、ほぼ間違いなくトルテのことだ。

 

「ホラ、ポテトと玉子焼き」

 

 考え事をしようとしたら、皮付きでくし切りのポテトフライと、一口サイズに切られた玉子焼きが続けて提供された。

 

「ありがとうございます。その学者さんって、今日は来てないんですか?」

 

 さっそく玉子焼きを口に放り込んだ。塩気もありつつ甘さもあり、内側は固まる寸前の滑らかな舌触り。大雑把に作っているように見えるのに、繊細な味わいだ。

 

「ここ三日くらいは見かけてないな」

 

 やはり三日前に何かあったようだ。

 

「そういや、あの人を最後に見た日も、ペット連れの旅人が来てたよな」

「確かに。こんなモコモコじゃなくて、ヘビだったけど」

「ヘビですか」

 

 明らかに人畜無害そうに見えるムーは、しゃくしゃくとキュウリを囓っている様子を温かく見守られている。

 しかし大将も隣の客もヘビは苦手なようだ。微妙な感情を滲ませていた。

 

「でもあの学者先生、動物とか魔物とか好きだからさ。話しかけて意気投合して、二軒目行くって言って出ていったんだよな」

「そうそう。ずいぶん出来上がってたけど大丈夫だったかねえ」

 

 思わぬところで新しい情報が手に入った。そのヘビ連れの旅人が、トルテの失踪に関与している可能性は高い。

 

「私も見てみたいですね、そのヘビ。どんな人でしたか?」

「色白で背が高くて、先生とそう変わらなさそうな歳に見える男だったなあ。暑いのに黒い長袖でさ」

「訛りもなかったし、ありゃお兄さんと一緒で都会から来た人だろ」

「わかるんですか」

「わかるわかる。垢抜けてるっていうの?」

 

 都会、おそらく首都から来た二十代後半くらいの黒い服を着た男。ヘビを連れている旅行客という特徴まであれば、ある程度追えるかもしれない。

 

「山芋の鉄板焼きだよ。熱いから気をつけな。これで全部かね」

「合ってます」

 

 スキレットのような丸くて薄い鉄の器の上で、すりおろされた山芋がジュウジュウと音を立てていた。これはしっかり腹に溜まりそうだ。

 

「あっつ」

 

 ふわふわの生地を掬って不用意に口に運んだら、舌を火傷した。

 

「だから熱いって言っただろ、せっかちだなあ」

 

 そうだ、慌てて食べたところで、今日はもう遅い時間だ。これから聞き込みができるわけでもない。

 落ち着けと心の中で言い聞かせてから、今度はゆっくり吹いて少し冷まし、そっと口に入れた。

 色が薄いので薄味かと思ったら、意外としっかり味が付いている。メインディッシュのふりをして、やっぱり酒のお供だ。ジョッキがまた空になった。

 

「いい飲みっぷりだねえ。大将、俺の奢りでもう一杯」

「はいよ」

「あ、いや、あの……」

 

 三杯目が出てくるのが早い。これ以上は飲まないつもりだったのに。

 

 

 

 さすがに四杯目と二軒目の誘いは断り、ホテルに戻った時には日付が変わりそうだった。

 

 簡単にシャワーで済ませ、また枕元に来るかもしれないと思いながらも一応タオルでムーの寝床を作ってやり、すぐにベッドに倒れ込む。

 

「ムー……」

 

 寝落ち際、サイドテーブルの上でムーが少し毛を逆立てていた。酒臭いぞと言われている気がした。

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