働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第29話 瞬光魔術師の妹

 ホテルに備え付けられている目覚まし時計が鳴るよりも早く、ドアがノックされる音に起こされた。

 

「……誰だ、こんな早い時間に」

 

 ロック鳥みたいな緊急事態でもない限り、ホテルのスタッフが客の迷惑になる時間に訪ねてくるわけがない。

 もしや事件に何か進展があって、警察関係者が伝えに来たのだろうか。

 

 半開きの目を擦りながらベッドを降り、ドアに向かった。その間にも再びノックの音がする。

 

「はい、どちらさまですか?」

 

 念のため、開ける前に声をかけた。しかし返事はない。

 ドアスコープからそっと廊下の様子を覗き、そこにいた人物を見てため息をついた。

 

 チェーンが掛かっていることを確認してからゆっくりとノブを回し、薄く開いた途端――隙間から細い指が差し込まれた。

 

「お兄ちゃ……ちょっと! なんでチェーン付けたままなの! 私だってわかってたくせに!」

 

 勢いよく開かれようとしたドアは、手を差し込める程度の幅でガチンと音を立てて侵入者を阻んだ。これが仕事をする瞬間を見る機会は意外と少ない。

 

「開けてよ!!」

 

 俺と同じ黒髪に青い目をした少女が、顔が半分も見えない状態でキャンキャンと喚いていた。背後には男女の護衛が一人ずつ。

 

「……何しにきたんだ」

「それが突然行方を眩ませた兄を心配して探しにきた妹に対する態度!?」

 

 彼女こそ十歳離れた我が妹、ネネ・リントヴルムだ。

 

「何時だと思ってる。他の客の迷惑になるから騒ぐな」

 

 直情型ではあるが、窘められるとハッと口を押さえて周囲を確認する真面目なところは、やはり兄妹だなと思う。

 

「……迷惑になるって思うなら、入れてよ」

 

 声を落としてぼそぼそと言うが、それでもホテルの廊下は声が響きやすい。

 

「嫌だ。連れ戻しにきたんだろう」

「ち、ちが。お父様に聞かれた時に答えなきゃいけないから、様子見にきただけ」

 

 目を逸らして口を尖らせるのは、ネネが嘘をつく時のクセだった。

 大方、父が出張から帰ってくる前に辞職を撤回するよう、なんとか説得してほしいと周りに頼まれたに違いない。

 

「言ったな。少しでも説得しようとしたら追い出す」

「わかった……」

 

 俺が閉めないようにねじ込んでいた手と爪先を外させ、一度閉めてチェーンロックを外して、再び開ける。

 

「入るのはネネだけだ。二人はラウンジにでも行っててくれ」

 

 当然のように一緒に入ってこようとした男女を手で制止した。

 

「は、しかし」

 

 彼らは日頃からネネに付いている、もとい両親が付けているボディーガードだ。対象から離れるとまずいと言いたいのはわかる。

 

「俺じゃ不足か」

 

 兄で雇い主の息子で魔術師で、一応まだ現役警察官だ。何から護衛する必要がある。腕を組んで睨みつけ、わざと不機嫌を露わにした。

 権威や肩書きで威圧するのは好きではないが、時には必要なことだ。

 

「……いえ、承知しました。ではネネ様、後ほど。失礼いたします」

「うん、ありがと」

 

 二人が去るのを確認してから鍵をかけ直し、やや乱暴にベッドに座った。

 ネネはライティングデスクの椅子に座る。

 

「なんでこんな朝っぱらから……」

「お兄ちゃんのことだから、きっと昼間は捕まらないと思って。寝起きなら間違いないでしょ?」

「……」

 

 さすが妹、兄の生態をよく理解している。

 

「で、誰に言われたんだ。部長か? もっと上か?」

 

 率直に訊ねると、また目を逸らした。艶のある真っ直ぐな髪を指でつまみ、毛先を弄る。

 早朝だというのに身支度は完璧で、いつものハーフツインにもまったく乱れがなかった。護衛のうち、女性の方は世話係も兼ねていて、手先が器用だ。

 

「嘘をつくなら俺も何も答えない」

「うぐ」

 

 嘘をつくときどんな仕草をしているのか、本人には伝えていない。大学を卒業するまでに自分で気付かなかったら、教えてやろうと思っている。

 

「……頼まれたのは確かだけど」

「居場所を教えたのはサリだな?」

「サリちゃんは悪くないよ! 私が頼み込んだの!」

 

 サリもネネに甘いので、困っているのを見たら答えるだろう。

 そして行き先さえわかっていれば、泊まる場所くらいあの女なら簡単に突き止める。だてに情報通信部の副室長をやっているわけではない。

 

「……どうしたの、急に辞めるなんて。みんな困ってたよ」

 

 遠慮がちに、上目遣いで訊ねてきた。説得を頼んだ奴らは、詳しい事情を話していないようだ。

 

「俺の予定なんかお構いなしの急な出動要請ならしょっちゅうだった。俺が困るのはいいのかって、それを言わせた奴らに聞いてみてくれ」

「そ、それは……」

 

 つい反論するが、別にネネを困らせたいわけではない。彼女は巻き込まれただけだ。

 

「ネネを寄越したことで、余計に戻る気が失せたな。やっぱり休職は甘かった。かといって連絡するのも面倒だし……。諦めるまで放っておこう」

 

 寝癖を手櫛で直しながら、大きくため息をつく。それを見たネネが、改めてじろじろと俺の顔を覗き込んだ。

 

「……お兄ちゃん、本当にお兄ちゃん?」

「そうだけど。他に何に見える」

「……いや、お兄ちゃんだけど」

 

 さっきから『お兄ちゃん』を連呼して、何が言いたいのだろうか、この妹は。

 

「話は終わりだ。ラウンジまで送るから、気をつけて帰れ」

「え? 帰らないよ、私もここに部屋取ったもん」

「はあ?」

「せっかく遠出したんだから、観光しないと損じゃん。それに、お兄ちゃん海まで行くんでしょ。私もついてく」

 

 水着も持ってきたんだから、と胸を張っている。サリめ、どこまで話しやがった。暢気なところはお嬢様育ちの母親似だ。

 

「あのなあ……」

 

 昨日警察に向かう前に買った新聞を見せ、グラニスで起きている行方不明事件のことを説明する。

 

「殺人事件まで起きてるの!? やだあ」

「だから犯人が見つかるまで、ここは安全じゃないんだよ。わかるだろ」

「そうなんだ……。かっこいいお城があるって聞いたのに、観光どころじゃないじゃん」

 

 ようやく事態を理解し、帰ってくれるかと思いきや、甘かった。

 

「じゃあなおのこと、お兄ちゃんと一緒にいた方がいいよね。【瞬光魔術師】の側にいるのが一番安全だもん」

 

 なんでそういう結論になる。

 しかしここで帰したら帰したで、無事に首都に戻れただろうかと心配になるのは本当だった。

 

「……わかった。俺は俺の用があるんだから、邪魔するなよ」

「うん!」

 

 なんだかんだ言っても、歳の離れた妹は可愛い。

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