働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第30話 瞬光魔術師の兄妹仲

 話が一区切りついたところで、ホテルに併設されているレストランで朝食を取ることになった。

 

 しかしその前に、まずは着替えだ。

 

「私、出てようか?」

「別にいいよ。すぐ終わる」

 

 ネネは身支度にものすごく時間がかかるが、俺は急に呼び出されることが多かったせいで、手早く済ませることを覚えた。

 

 顔すら洗っていなかったことを思い出して、洗面所に向かう。

 

 思えば、ネネと言い合いをしたことなんかほとんどなかった。何しろ俺が成人した時にはまだ幼年学校に通っていたのだ。

 話が合わないことはもちろん、もし泣かせでもしたら、ネネが悪くても俺が叱られることは目に見えていた。

 

 ちょこちょこと後ろをついてきて何でも真似しようとする姿は微笑ましかったし、単に妹という存在は無条件に守るものだと思っていた。

 何にせよ、『喧嘩をしない仲良し兄妹』というのが、自他ともに認める評価だったのは間違いない。

 

「ホントに早い」

「少しは見習え。相変わらずテレスさんに迷惑かけてるんだろ」

「き、着替えは自分でできるようになったもん」

 

 着替えはということは、起こすのはテレスさんの仕事なんだろう。ネネから離れているこの間だけでも、少しは気を抜いていてほしい。

 

 身支度を済ませて、ベッド脇に引き返す。

 

「ムー、起きろ」

 

 寝るのが遅かったからか、今日はサイドテーブルの上で一晩明かしたらしいムーは、今までの騒ぎをよそにすやすやと眠っていた。

 ベッドに来なかったということは、やはり酒臭かったのだろうか。

 

「ムー……」

 

 目をしょぼしょぼさせている毛玉を見て、ネネが叫ぶ。

 

「え! それ生きてるの!? かわいー!」

 

 リリーよりも元気な甲高い声を寝起きに浴び、びくっと震えた。

 

「だから大きい声出すな」

「ごめん……」

 

 興奮するとすぐこれだ。高等部に入ったら少しは落ち着くだろうか。

 ムーは少し警戒しながら俺の腕をするすると登り、フードの中に隠れた。

 

「それ何?」

「わからない。突き止めてもらおうと思ってグラニスまで来たら、その学者まで行方不明になってて、まだ会えてないんだ」

「ああ、それで調べてるんだね。てっきり旅先でも仕事してるのかと思った」

「……するわけないだろ」

「何、今の間」

 

 仕事の感覚になっていたことは否めない。気をつけないと、せっかく首都から離れている意味がなくなってしまう。

 

 

 

 ネネと向かい合って食事をするのは久しぶりだった。

 

 ボディーガードたちは、会話が聞こえない程度に離れたテーブルで同じく朝食をとっている。

 本来なら首都でだらだら過ごす妹の世話をしていればいいのに、物騒な事件が発生している見知らぬ土地まで付いてこなくてはならないなんて、彼らも大変だ。

 

 辞めたらきっと、俺のところにももっと高位の家からそういう仕事の打診が来るだろうから、丁重にお断りしよう。

 やりたいことより、やりたくないことの方が増えていく。

 

「それでサリちゃんが、お兄ちゃんはエルダリスからグラニスに行くから、街道側から行けば先回りできるって教えてくれたんだ」

 

 トーストと目玉焼きがメインの定番メニューを前に、ネネがここまでの経緯を改めて教えてくれた。喋りながら、サラダを彩るくし切りのトマトをよけている。

 俺の方は例によって、会話に興味がないムーが一心不乱にレタスを咀嚼していた。

 

「じゃあ、まだウチの両親にはバレてないんだな」

「うん、むしろ隠そうとしてるみたいだったよ」

 

 それもそうか、自分たちの管理不行き届きを報告するようなものなんだから。

 

「にしたって、大の大人たちが集まって最後に頼るのが未成年なんて。情けない」

 

 対面の皿に腕を伸ばし、よけられているトマトをフォークで突き刺した。

 

「ネネを使って説得すれば戻ってくると思われてるところも腹が立つな」

 

 このまま俺に付いてくると言っている。連絡がないまま、しばらく右往左往していればいい。

 トマトを口に放り込むと、ネネが急に小さく笑った。

 

「どうした」

「ううん。前もこうやって、私の嫌いなもの食べてくれてたよね」

 

 完璧たれという教育のおかげで、嫌いな食べ物はほとんどないと言っていい。

 しかしネネは遅く生まれた女の子だったことから、少々甘やかされて育ったので、そこそこ好き嫌いをする。特にトマトやナスのような、食感が柔らかい野菜が苦手だ。

 

「なんか安心した。今までのお兄ちゃんなら、連絡が面倒なんて絶対言わなかったから」

「そうだっけ」

 

 結構頻繁に面倒くさいと思っている。

 ただ、面倒くさがったところでやらなくてはならないことは変わらないので、先延ばしするだけ無駄だと思っているだけだ。

 

「考えてみれば、完璧な人なんていないもん。きっと、今のお兄ちゃんの方が素なんだよね」

 

 と言って、オレンジジュースを一気にあおった。しばらく合わないうちに、妹が大人になった気がする。トマトは食べられないが。

 

***

 

 早起きさせられたせいで、ホテルの外に出た時にはまだ開いている店もまばらだった。

 

「で、その学者さんどうやって探すの?」

「手がかりはいくつかある」

 

 昨晩聞いた話を掻い摘まんで説明し、ヘビを連れた男の行き先を特定することが一番の目的だと言うと、ネネは真剣に聞いていた。

 

「ヘビを連れた人かあ。目立つだろうけど、何の当たりもつけずに片っ端から聞いて回るのは手間だよね」

「うん、だからある程度範囲を絞る」

「どうやって?」

 

 ネネに見えるように少し背中を丸めて、観光ガイドを広げた。

 

「ここ一ヶ月の行方不明者の居住地と最後に目撃された場所を当たると、城周辺のエリアが多いんだ」

 

 もちろん例外もあるが、大きく分けて五つのエリアに分けられるグラニスの中で、三分の一の行方不明者が城周辺エリアだった。

 

「事件に関係ない行方不明者もいるはずだけど、拠点がバレないように分散させて攫ってる可能性が高い」

 

 それでも拠点から近い方が、連れ去っている様子を見られる危険が減って都合がいい。

 どういう基準で選んでいるのかはわからないものの、条件に合った人間を近くで見つけたら、目を付けておいて隙があれば攫うだろう。

 

「……お兄ちゃんが犯罪者サイドの人じゃなくて良かったよね」

「どういう意味だよ。とにかく、まず城に行ってみる。もしそのヘビを連れた男がただの旅行客なら、観光に来てるかもしれないし」

 

 男がいてもいなくても、調査する意味はあると思う。不確定すぎて警察の協力は仰げないので、自分で確かめるしかなかった。

 

「じゃあ、ついでに私たちも観光しよ!」

「ネネ……」

「冗談だって。仕事の顔してたから和ませようとしただけじゃん」

 

 そう言われると弱い。ため息をついて、城方面へ行くバスの乗り場を探した。

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