古城を中心としたエリアは、一昔前までは町の中心部だったらしい。
君主制ではなくなった後もしばらくはその末裔が暮らしており、当時の生活空間と調度品がそのまま残されているとのことだった。
「ヘビを連れたお客様ですか? うーん、見かけなかったと思いますが……」
小高い丘の上、城壁の手前に作られたチケット売り場のスタッフは、奇妙な質問に怪訝な顔をしながらも、答えてくれた。
城内の案内スタッフにも訊ねてみたが、答えは変わらなかった。やはりそううまくはいかない。
まあ、それだけ特徴的なら目立つことは本人にもわかるだろうから、隠しているということも考えられる。俺がムーをフードの中に隠しているみたいに。
「入場料払ったんだし、中も見てみようよ」
「そうだな」
高い尖塔を持つ石造りの城を見上げると、遠近感がわからなくなる。
これだけ大きければ、出会わないスタッフだっていくらでもいそうだ。
「すご、お城の中ってこんな感じなんだあ」
ネネは完全に観光していた。護衛の二人は適度に距離を保ちつつ、見失わない程度についてきている。
思えば、こうして一緒にどこかに来たことなんかほとんどなかった。
「ウチのご先祖様も、領主だったんだよね。こういうとこに住んでたのかな」
一応、リントヴルム家が辺境伯だった頃の建物も残ってはいるそうだ。といっても辺境というだけあって国の端にあるので、場所は知っているものの行ったことはない。
「いや、もっと質素で堅牢って感じだった気がする」
父の部屋に、全体を写した航空写真が飾ってあるのを見たことがあるだけだ。
辺境伯といえば国境を守護する役人だから、住まいには人をもてなす華やかさよりも、要塞としての機能性が必要だったのだと思う。
――祖父も父も衣食住に興味が薄かったのは、まさか血筋か。もしそうなら俺の代で断ち切りたい。
「どちらにせよ、あまり住みやすそうじゃないな」
「わかる! なんでこんな部屋多いんだろ」
城壁や壁は石をモルタルで固めて作られており、廊下も石が敷かれていた。
しかしホールや応接間の床は大理石になっていたり、メインの生活空間は板張りになっていたりと、後の時代に改修されたと思しき場所もある。
チケットと一緒にもらった城内見取り図を見ても、なんだか変な間取りだ。
「隠し部屋とかあったりして」
「確かに。シェルターを兼ねた地下室くらいはありそうだ」
古い建物なので、安全性を考慮して一般公開されていない部分も多い。
こういう場所には要人が使う緊急脱出ルートのようなものが存在していることも多いが、住人がいない今となっては、記録に残っていないのではないだろうか。
もし人を攫って隠しておくとしたら、そういう誰にも知られていない場所は最適だ。
「昔は、王に仕える貴族も一緒にこのお城で暮らしていたんですよ。それで、部屋がたくさん必要だったんです」
また仕事の感覚になりかけていたら、案内係の名札を付けた女性が笑顔で近寄ってきて、そう教えてくれた。
「貴族って、自分の家を持ってたんじゃないんですか?」
「別の場所にお家を持っていたとしても、毎日通うのは大変でしょう?」
俺だって、一人暮らしを始めた理由の半分は家が職場から遠かったからだ。昔は魔導車もないわけだから、行き来はもっと大変だっただろう。
「社員寮みたいなものですか」
「そういうことです」
「貴族って大変だったんだね。この時代に生まれてよかった」
妹の率直な感想に、案内係の女性はくすくすと笑った。
結局、ヘビを連れた男に関する情報は得られず、城内を普通に観光して終わってしまった。ネネが満足そうなのでまあいいか。
「お腹空いたなー。足も疲れた」
軽く見て回っただけなのに、敷地が広すぎてもう昼だ。
「その辺でレストランでも探そう」
「うん!」
城の周りには、観光客向けの飲食店が多い。ネネはまずどの店に入るか悩み、席についてからもメニューを見て散々迷っていた。
「お肉とパスタ、どっちにしよう」
「どっちも頼めば」
「食べきれないじゃん」
「残したら俺が食べるよ」
俺も一人分しか頼まないようにして、ネネが残したのを食べればちょうど良さそうだ。
「そう? じゃあ、そうしようかな」
それでもなお迷った末に、ミートソースのパスタと、ディアボラという鶏肉料理を頼んでいた。俺はムーのためのサラダと、郷土料理だという仔牛肉のクリーム煮を頼む。
ディアボラにもクリーム煮にもパンがついていて、ネネはやってしまったという顔をしていた。
どうせ食べきれないだろうと、俺が先にディアボラを切り分け、添えてあるパンを優先して食べているのを見て、目を丸くしている。
「お兄ちゃん、そんなにお腹空いてたの?」
「? 普通だけど」
パリパリの香ばしい皮と、香辛料が効いた独特なソースの相性がいい。調査中じゃなければまたワインを頼むところだった。白がいい。
「普通……?」
などと考えていたら、ジトッとした視線が注がれた。
「ムーちゃん、お兄ちゃんっていつもこんなに食べるの?」
ムーに聞くな。
そういえば、ネネは俺が一般的な量を食べているところしか見たことがないんじゃないだろうか。
「ムー」
肯定している気がした。ムーが人間の言葉を理解しているのは、もはや疑いようがない。
「育ち盛りなんだよ」
「二十六歳が?」
「うん」
適当に言って、クリーム煮にも手をつけた。ニンジンやタマネギ、キノコなど、シチューに似た具材がごろごろ入っていて具だくさんだ。
仔牛肉と普通の牛肉で何か違いがあるのだろうか。
口に入れてみたら想像していたよりも柔らかく、クセがない素直な味だった。クリームには素材の味がしっかり染み出していて、奥深い。
「……私、お兄ちゃんのこと全然知らなかったんだなって思うよ」
これはパンを残しておいて、皿に残ったクリームを付けるのが正解なのでは、とペース配分に気を取られていたら、ネネがぽつりと言った。
「家族なんてそんなもんだろ。俺は両親と理解も和解もできる気がしないよ」
「そっかあ……」
口を尖らせ、ディアボラをちまちまと切り分けている。その表情が何を言いたいのかはわからなかった。