働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第32話 瞬光魔術師と写真

 午後も周辺の店に聞き込みをして回ったが特に成果はなく、もはやネネの観光に付き合う方がメインになってしまった。

 

「お兄ちゃん、笑って笑って!」

 

 気温が上がってきたので休憩がてら通りすがりの店でアイスを買い、振り返った瞬間、こっちの返事も待たずに一枚撮られた。

 

 城を見ている時からそうだったが、ネネは今日ずっと、手のひらには少し余るくらいの小さな箱を手にしてあちこちに向けている。

 

「これね、現像しなくていいんだよー」

 

 と言っている間に、箱の前面から白い紙が舌のように出てきた。少し待つと撮ったものが紙に浮き出てくるという、新型の写真機だ。

 

「写真は勘弁してくれ……」

 

 広報だの取材だので今まで散々撮られてきたせいで、写真機のレンズを見ると少々恐怖を覚えるようになってしまった。

 

「俺なんか撮っても面白くないだろ。友達に見せたいなら楽しんでるとこ撮ってやるから、ほら」

 

 貸せと手を差し出すが、ネネは頑なに渡そうとしない。

 

「じゃあ一緒に写ろうよ。ウチってそういうの、家族写真くらいしかないでしょ」

 

 家族写真と言われて更に気分が滅入った。

 

 その日しか着ないような礼服を着せられて写真館に連れていかれ、貼り付けた笑顔の両親に『もっと近寄って』『表情が硬い』などと指示されながら、満足のいく一枚が撮れるまで延々拘束されるという地獄のイベントだ。

 

 成人してようやく解放されたが、まだネネがいるのに長男が成人したら打ち止めにする辺り、どうしようもない家だと思う。

 

「嫌な思い出は楽しい思い出で上書きするのがいいんだよ? いいから、アイス構えて」

 

 アイスを構えるって何だ。

 

 疑問符を浮かべている間に『こう!』と勝手に手の位置を口の近くに動かされた。

 ネネはレンズをこちらに向けると、俺の腕に自分の腕を巻き付けて引き寄せ、器用に片手で撮る。

 

 そんなことをしている間にアイスが溶けはじめた。手に流れてくる前に慌てて齧りついたら、

 

「まだ動いちゃダメ! もう一枚!」

 

 出てきた写真を素早く抜き取り、ほとんど同じ構図でもう一枚撮った。

 

「はい、こっちがお兄ちゃんの。なくさないように!」

 

 先に撮った方を押しつけられ、渋々受け取ってよく確認せずに上着のポケットに仕舞った。

 

***

 

 日が傾きはじめても、相変わらず有力な手がかりは得られなかった。

 

「まあ、警察が組織ぐるみで調べてるものを、一人で調べたところでそう簡単に解決できるわけないか……」

「そうだよ。ちゃんとこっちの事情を話して、協力してもらお」

「だな……」

 

 何にせよ、ネネを暗い時間に連れ回すわけにはいかない。

 単純に未成年だからというだけはない。事件に関わっていると思われる失踪者の条件にも当てはまっているので、大人しくしていてもらわないと困る。

 

 調査の続きは明日ということで、一旦ホテルに戻ることになった。

 

「じゃ、諸々済ませたらまたレストランに集合ね!」

「はいはい」

 

 夕食も一緒に食べるのだと言い張るネネとラウンジで別れ、部屋に戻る。

 食事の時とネネにこねくり回される時以外ほとんどフードの中にいたムーを、ひとまずサイドテーブルに下ろしてひと撫でした。

 

「お前もおつかれ」

「ムー」

 

 相変わらず手触りがいい。エルダリスで洗ってから一度も洗っていないが、発光しているような白さは今日も健在だ。

 

 シャワーを浴びて、服をホテルの洗濯サービスに出そうとしたところで、ポケットに写真を入れっぱなしだったことに気付いた。

 

「危ない、言われたそばからなくすところだった」

 

 よりによって洗濯したなんて言ったら、何を言われるかわかったものではない。取り出して、忘れないようにムーの横に置いた。

 

「ムー?」

 

 白い毛の下に写真の端が滑り込み、なんだこれはと言いたげに目を向ける。

 鏡像や映像と実物の判別がつかない動物は多いと聞いた。どうやら知能が高いらしいこの毛玉には、写真というものの概念がわかるのだろうか。

 

 受け取った時にはぼんやりとしか見えなかった写真は、じゅうぶんに時間が経った今は鮮明になっている。

 

 ――なかなか間抜けな顔をしていた。

 なるほど、各地で怪訝な顔をされるのが不思議だったが、ポスターの写真しか見たことがない人間がこの顔を見たら、同一人物には思えないだろう。

 

 隣で妙に嬉しそうに笑っているネネを見て、思わず笑みがこぼれた。

 しかし。

 

「ん?」

 

 その背景に目を向けた途端、それまでの和やかな気分が吹き飛んだ。

 

「こいつ……!」

 

 小さくではあるが、黒い服の男が路地に入っていく姿が写っていた。

 首に細いロープのようなものが巻き付いており、その先端が不自然に重力に逆らっている。

 

「くそ、油断した」

 

 もっと写真を早く確認しておけばと今更後悔しても遅い。

 

「ムー!」

 

 急いで上着を着込んだ俺の腕にムーが飛び乗り、肩に駆け上がった。

 

 

 

 ネネの部屋に向かうと、案の定まだ支度していなかった。

 

「悪い、夕食は一緒に食べられない」

「え、待って、どうしたの!?」

 

 説明している時間が惜しい。しかし、万が一に備えておくことは必要だ。

 

「もし明日の朝になっても俺が戻ってこなかったら、昼に写真を撮ったアイス屋の周り、特に路地の奥を徹底的に調べるよう警察に連絡してくれ」

「ちょっ、私も――」

「いけません、ネネ様」

 

 付いてこようとするネネを、護衛の二人が阻んでくれた。無事に戻ってこられたら、給料を上げるよう実家に進言しよう。

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