働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第33話 瞬光魔術師と隠し通路

 聞き込みをしていたのは、単に情報を手に入れるためだけではない。

 警察とは別の動きをしている人間が、エリアまで見当をつけて調べているとわかれば、向こうも何らかの動きを見せるのではという打算があった。

 

 そして、いくら俺が呪われている――まだ可能性があるだけだ――としても、探している相手が撮った写真に写り込むなんて偶然がそうあるとは思えない。

 

 つまり、この路地の奥に来いというメッセージだ。

 

 

 

 写真を撮った場所を再び訪れた時にはすっかり日が暮れていて、街灯がぽつりぽつりと心許なく点在しているだけになっていた。

 観光客向けの店は閉まるのが早い。もちろんアイスを買った店も既に閉まっている。

 

「ここか」

 

 写真と見比べながら男が入っていった路地を探し、覗き込む。月明かりも届かない細い道は、真っ暗だった。

 

「……あからさまだな」

 

 その路地は、行き止まりだった。(ルクス)を使って調べてみても、道の両側は通りに面した店の裏口や民家の玄関があるだけだ。

 つまり、旅行客が立ち寄るような場所ではない。これは今までの経験から来る勘だが、怪しい雰囲気もなかった。

 

「建物の中に入ったんじゃないとしたら……。下か」

 

 突き当たりまで調べた足元に、マンホールがあった。

 

***

 

「妙なことしてる奴らって、なんで地下が好きなんだろうな」

 

 見た目には下水道の点検用にしか見えない蓋の下には、思いの外整備された通路があった。

 天井は俺が真っ直ぐに立って腕を上げると届くくらいの高さで、足元まで石で舗装されている。

 

「ムー……」

 

 暗い地下に来たことで監禁されていた時のことを思い出したのか、フードから出てきたムーがまた毛を逆立てている。撫でると少し落ち着いた。

 

「作りも年代も、城と同じくらいか」

 

 ひんやりとした石の形と素材も、モルタルの劣化具合も、昼間に見た城とよく似ていた。ということは、繋がっているとみて良さそうだ。本当に隠し通路があるとは。

 

 

 

 入り組んではいるものの、地下通路は基本的に一本道だった。

 まあ、これが城主が使っていた緊急脱出ルートだとしたら、下手に追っ手を阻むような罠を仕掛けるより、できる限り早く遠くに行ける方がいい。

 

「ここで終わりか……」

 

 二十分近く歩いただろうか。突然現れた行き止まりには、小さな扉があった。石壁に比べると新しい。後になって新調されたようだ。

 

 扉には鍵がかかっていなかった。ゆっくり開けて中を確認すると、螺旋階段が上に向かっていた。

 少し上ったところで急に天井が現れ、少し力を入れて押すと、光が漏れてきた。光に目を慣らしつつゆっくり押し上げる。

 

「あはっ、本当に来た」

「だから言ったでしょう? 優秀だって」

 

 何やら楽しそうな声がした。不意打ちで攻撃してくるようなことはなさそうだ。

 地上に出ると、そこは毛足の長い絨毯が敷かれた空間だった。一般公開されていない部屋のうちの一つ――おそらく、城主のプライベートルームだ。

 

「昼間見た時には優しそうなお兄さんだと思ったのに。人は見かけによらないんですね」

 

 城内で話しかけてきた、愛想の良い案内スタッフだった。布張りの豪華なソファーに座っている。

 

「新聞くらい読みなさいよ。この人、そこそこ有名人なんだから」

 

 ずっと探していた黒服の男は、一人掛けの椅子に座っていた。向こうも俺のことを知っているらしい。

 話し方や足を組んでため息をつく仕草から、外見と内面が合っていないちぐはぐな印象を受ける。

 

「……魔物か?」

 

 人ならざるものが人型を取っているだけのような、不気味な気配があった。

 

「魔物じゃないわ。【魔法使い】よ」

 

 そう言われた瞬間、カルディナでの出来事が脳裏をよぎった。確かあの宗教団体の女も、魔術師ではなく魔法使いと言っていた。

 目の前の男はリラックスしているように見えて隙がない。あの自爆した男よりも高位に違いない。

 

「……お前が『グロリア様』か?」

 

 口にした瞬間、案内スタッフの女から表情が消え、逆に男の方はぱあっと顔を明るくした。

 

「私のことを知ってるの? 想像以上に優秀ね。もっと気に入っちゃった」

「お前たちが誘拐事件を起こしてるのか? 殺人もお前たちの仕業か?」

「質問が多いのね。ええ、そうよ。全部私たちがやったの」

「……目的は何だ」

 

 すると、グロリアは口元を持ち上げる。『笑顔とはこういう顔だろう』と言いたげな、ただ筋肉をそのとおりに動かしただけの歪な表情だった。

 

「人材発掘、かしら。私たちに相応しい人間を探しているの」

「探すだけなら、攫ったり殺したりする必要はないだろう」

「いいえ、組織を運営するのって、お金がたくさんいるの。相応しくない子は、そのための資金稼ぎに使ったわ」

 

 『使う』という言い方に思わず眉をひそめた。しかし感情的になっている場合ではない。目的は。相応しい、相応しくないという基準は何になるのか。考えた。

 

 そしてここまでに得た情報を思い返し、予想が当たっていてほしくないと思いながら訊ねる。

 

「……魔術師の素質がある人間を探して、そうでなければ売り飛ばしてたってことか」

 

 場合によっては臓器だけ。被害者の写真から察するに、そういうことだろう。

 

「すごいわ、そこまでわかっちゃうのね」

 

 無邪気に手を叩く。

 

「正確には魔術師じゃなくて【魔法使い】だけど」

 

 そこに何かこだわりがあるらしい。何でもいい。とにかく今は、人命が最優先だ。

 

「……攫った人間はどこにいる。まだ全員は売り飛ばしていないだろう。それにお前の話が本当なら、魔術の素養がある人間は生かしてるってことだ」

「ええ、別の部屋にいるわ。あなたが探してる学者もね」

 

 こちらの動きを把握している。

 

「彼も候補(・・)だったんだけど……。あなたを見たら、ぜんぜんダメね。オーリオールまで手懐けるなんて、本当に想定以上」

「オーリオール?」

「あなたの可愛い相棒のことよ。正体も知らずに世話をしてたの? 優しいのね」

 

 ムーのことを言っているらしい。

 オーリオール。何かの文献でその単語を見たような気がするが、思い出せない。

 それよりも、この二人を捕縛して監禁場所を吐かせなくては。

 

「今日はまだダメよ。あなたの顔を見にきただけなの」

 

 グロリアは俺の考えていることを見透かしたように首を振り、椅子から立ち上がった。

 

「ここは潮時ね。後は任せるから」

「はい、グロリア様」

 

 女も立ち上がる。同時に床が光り、例のフード姿の人影がぞろぞろと現れた。

 

「転移魔術……!」

 

 また古代魔術だ。この規模と精度、おそらく幽霊屋敷にムーを閉じ込める封印魔術を施したのもグロリアに違いない。

 

「待て!」

 

 全員吹き飛ばして後を追おうとしたが、フードの団体の中に目が虚ろな者が複数見受けられた。操られているのなら迂闊に傷つけられない。

 

「またいずれ会いましょう、【瞬光魔術師】さん」

 

 迫ってくる人垣の向こうでグロリアはひらりと優雅に手を振って、堂々と部屋を出ていった。

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