働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第34話 瞬光魔術師の家族

 操られていると思しき者は、ほとんどが行方不明者のリストで見た顔だった。

 

 おそらく女が残ったのは、彼らを操作するためだ。

 他の魔術の音で内容までは聞こえないが、絶えず詠唱し続ける必要がある魔術らしい。現代魔術にはほとんどない形式だ。

 

 女をどうにかできれば術は解けるはず。

 しかし、被害者と信者が入り交じって攻撃を仕掛けてくるせいで弾き返すわけにもいかず、防戦一方になってしまう。

 

 俺が一般人に危害を加えられないと見越して盾にしているわけだ。本当に人命を何とも思っていないらしい。

 

 それに、無力化したとしても例の自爆魔術の懸念もある。信者全員に仕込まれていて、キーワードや任意のスイッチで発動するのなら、一撃で気絶させるしかなかった。

 

 ここは多少怪我をさせてでも、と加減を考えながら魔術を練りかけたところで、

 

「ムー!」

 

 肩にいたムーが頭に飛び乗った。

 

「だめだ、雷は……!」

 

 この密集具合であの規模の雷なんか放ったら、全員黒焦げになってしまう。慌てて下ろそうとしたが、遅かった。

 

「ムー!!」

 

 いつかのように鋭く鳴き、目を開けていられないほどの強い光が部屋を包んだ。

 

「きゃあっ!?」

「うわっ!?」

 

 思わず顔を覆ったが、バチバチッという音の後に聞こえたのは女の他数人の悲鳴だけだった。

 

 そっと目を開ける。と、召喚された魔術師のうち半分ほどが倒れていた。黒焦げどころか、誰も怪我すらしていないようだ。

 倒れているのはいずれも操られていたと思しき人物ばかりだった。女の詠唱が途切れたことで、術の効果が切れたらしい。

 

 そして意識があるもう半分は、胸の辺りを押さえて苦悶の表情を浮かべていた。

 

「雷じゃなかったのか……?」

「ムー」

 

 頭上の毛玉は、一仕事終えたといった様子でまた肩に戻ってきた。

 

「くそっ、オーリオール……!」

 

 なんだかわからないが、女は特に辛そうにしている。今の一撃がかなり効いたようだ。この隙を逃すわけにはいかない。

 

「【雷弾(トニト・バレット)】!」

「うぐっ」

 

 指先から放った雷撃は女が口を開くよりも早く命中した。大きく痙攣した後、白目を剥いて倒れる。

 (バレット)系列の魔術は、射線さえ通れば狙い撃ちができる。そして発動スピードで(トニト)に勝てる魔術はそうない。

 ――手加減したので死んではいないはずだ、たぶん。

 

「ひっ……!」

 

 リーダー格がやられたからか、信者たちは途端に青ざめておろおろとし始めた。

 先ほどまで容赦なく魔術を撃ち込んできていたくせに、誰も攻撃してこない。

 

 それどころか一目散に踵を返し、先ほどグロリアが出ていった扉から逃げだそうとする者までいる。

 

「【雷弾(トニト・バレット)】」

 

 もちろん、背中を見せた瞬間に気絶させた。

 

「ぐ、グロリア様、万歳!」

「やめろ!」

 

 全員戦意を失ったかのように見えたのに、自棄になった一人が自爆スイッチとなる呪文を叫び、別の信者が慌てた。

 俺は男の周りに盾を展開し、被害を最小限に抑えることに徹する。

 

 しかし。

 

「……?」

 

 何も起きなかった。叫んだ男も仲間たちもぽかんと口を開けている。

 

「グロリア様、万歳!」

 

 男がもう一度叫ぶ。しかしやはり何も起きない。

 

「グロリア様万歳!」

「グロリア様万歳!」

 

 異変を察して他の面々も口々に叫ぶが、誰も、何も起こせなかった。

 

「っどうして……!」

 

 信者たちは殉教も叶わず、いよいよ頭を抱える。

 

「まさか――」

 

 彼らに何かしたとすれば、肩の上でまた毛を逆立てている相棒くらいだ。俺を含めた全員の視線が、ムーに集まった。

 

 思わず手を触れようとした瞬間、俺の背後から人の気配がした。

 

「いたぞ! リントヴルム警視だ!」

 

 俺も通ってきた地下通路が勢いよく開き、私服の刑事を筆頭に警察官がわらわらと出てきた。

 

「警視、ご無事でしたか!」

「話は後です! 全員確保してください!」

「了解!」

 

 そして、意識がある者もない者も、まとめて警察に拘束された。

 

 何故か信者たちは、ムーの光を受けた後から魔術が使えなくなってしまったようだ。

 女だけは目覚めたら古代魔術を使うかもしれないということを伝えているうちに、建物の外からサイレンが聞こえてきた。

 

 行方不明者たちが監禁されている場所も人海戦術によって夜のうちに見つかり、事件は一旦の収束を見せた。

 

***

 

 警察車両でグラニス警察本部に戻った頃には、空が白み始めていた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 建物に入った途端、泣きはらした目のネネが駆け寄ってくる。

 

「無事で良かった……! どこも怪我してない? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。……朝まで待たなかったのか」

「待つわけないでしょ! お兄ちゃんが出ていった後、すぐ警察に駆け込んだんだから!!」

 

 止められなかったのかと護衛の二人を見ると、ネクタイがゆがみ、いつもきちっと留まっているシャツのボタンが取れていた。男性の方は左頬に張り手の跡まである。

 ――相当暴れたらしい。悪いことをした。

 

「ごめん、関係ないのに巻き込んで……」

 

 ネネだって、俺を追ってきたついでにちょっと観光するだけの楽しい旅行のはずだったのに。

 するとネネの目からまたぶわっと涙が溢れてきた。

 

「関係なくない! 家族でしょ!? 心配したんだから!!」

 

 呆気に取られているうちに、俺にしがみついて胸に顔を埋め、わんわん泣き始めた。こうなったネネは気が済むまで泣かないと止まらない。

 

「すみません。空いてる部屋を貸してもらえませんか……」

 

 俺ができることは、近くで一部始終を見ていた警官にそう訊ねることだけだった。

 

 

 

 部屋を貸してもらい、どうにかネネの機嫌を取る方法はないものかと考える。

 

「そうだ、あれがあった」

 

 護衛の男性に俺の部屋の鍵を預け、トランクを取ってくるよう頼んだ。

 

 彼が戻ってきた頃には、ネネも時折しゃくり上げる程度に落ち着いていた。

 

「お持ちしました」

「ありがとう」

 

 トランクを受け取り、さっそく中を漁る。

 

「何、そのトランク……」

「曾祖父さんの遺品だよ。そうか、ネネはまだ生まれてなかったな」

 

 そして、カルディナで買ったお土産のチーズクッキーを引っ張り出した。

 

「旅行から帰ったら渡そうと思ってたんだけど、食べない? お腹空いただろ」

「空いた……」

 

 クッキーの袋を差し出したら、大きく鼻をすすってから受け取り、大人しく囓りはじめた。

 俺も自分の分を取り出して、一枚囓った。疲れた身体と心に染みる味だった。

 

「……おいし」

「だろ?」

 

 もう大丈夫だ。やはり美味しい食べ物は全てを丸く収めてくれる。

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