事件の被害者たちは、監禁が長期にわたったことで衰弱している者も多かった。
更に異常がなさそうでも何らかの術をかけられている可能性があるため、その検査に丸一日かかるとのことだ。
俺も一度はホテルに戻って休んだものの、その後は地下通路を見つけた経緯とグロリアという自称魔法使いのことを説明したり、現場検証に付き合ったりと忙しなかった。
ちなみにその間の滞在費は、捜査に協力するかわりにグラニス警察が負担してくれた。もうそういうものだと思うしかない。
二日後、ようやくトルテの検査が終わると聞いて、警察と提携している病院まで迎えにいくことにした。
「やっとお兄ちゃんの用事が済むね」
「だな……」
別行動をしても構わないと言ったのに、何故かネネは付いてきた。
ならばと護衛の二人には今日一日休んでもらうことにした。もちろん食事や買い物を楽しめるように、いくらか資金も渡してある。
たまにはそういう日も設けてやらないと、俺みたいになるから。
待合室の椅子に腰かけ、新聞の行方不明事件に関する記事を適当に流し見したり、ネネが読んでいる雑誌を覗いたりすることしばし。
見覚えのある男性が診察室から出てきたので、立ち上がって声をかけた。
「トルテさん」
「おお! リントヴルム氏!」
一年ほど前に一度だけ、短時間会ったことがあるという程度なのに、トルテは嬉しそうに歩み寄ってきた。
元々あまり身だしなみに気を遣う方ではなさそうだが、監禁されている間に、苔のような緑色の髪が更にばさばさになっていた。
「お久しぶりです。覚えていてくださったんですね」
「あなたのような人を忘れる方が難しいというものですぞ!」
そういえばこういう喋り方をする男だった。思ったよりも元気そうで安心した。
「まずはお礼をば。今回もご活躍なさったと聞きました。助けていただいてありがとうございます」
トルテは深々と頭を下げたが、俺は首を振る。
「運が良かっただけですよ」
様々な偶然が重なった結果、現場に一番乗りでき、ムーがいたおかげで制圧できたというだけの話だ。
本来なら独断先行せずに、協力を仰ぐべきだった。褒められるようなことではない。
「なるほど、さすが【英雄体質】ですな」
しかしトルテは、数日分の長さの無精髭をじゃりじゃりと擦って目を細めた。丸い眼鏡がきらりと光った。
「……英雄、何ですって?」
聞き慣れない、そして単語の華やかさとは裏腹に不穏な気配しかしない言葉が飛び出し、思わず眉をひそめる。
「いえ、私が勝手にそう呼んでいるだけです。まあまあ、ひとまず我が家に帰りましょう。早くオリビアの元へ戻らねば、きっと心配しているに違いない」
と言う割に、トルテは警察車両での移動を断り、警察本部から自宅まで歩きたいと言い出した。
「外の空気は美味いですな! 日光の大切さが身に染みます! 暗くて湿っぽい場所に閉じ込められて、本当に頭から苔が生えるかと思いましたよ」
病院を出るなり両腕を空に向かって大きく広げ、深呼吸をしながら全身で日差しを受け止めている。自分でも苔っぽい頭だという自覚はあるらしい。
平和を取り戻したように見える明るい町の中を歩きながら、トルテが訊ねた。
「ところで、どうしてリントヴルム氏が私をお迎えに?」
「タキで構いません。ちょっと、魔法生物学者としてのご意見を伺いたいことがあって」
「私でお役に立てることですかな!?」
見知らぬ男が連れていたヘビに釣られて悲惨な目に遭ったばかりのくせに、珍獣の気配を嗅ぎつけて目を輝かせている。
そういえば以前協力してもらった時も、犯人グループのアジトから珍しい魔物が次々と出てくるのを見て大興奮していた。
あの事件でも登場しなかった毛玉を見せたらどうなるかは想像がつくが、ここまで来て聞かないわけにはいかない。
「ムー、おいで」
「ムー?」
俺の呼びかけに応え、ムーがフードからのそりと肩に移動する。
「この子について知りたいんです。……どうしました?」
途端にトルテの顔が凍り付いた。一拍置いて、町中に響き渡りそうな大声で叫んだ。
「オーリオール!?!?」
音圧でムーが肩から落ちた。
「わっ、ムーちゃん大丈夫?」
ネネが慌ててキャッチする。よほど怖かったのか、ネネの手から俺の胸元にぴょんと移動して腕の中に収まった。微かに震えている。
「誘拐犯たちもそんな名前で呼んでいました。何なんです、オーリオールって」
まだその名を見た文献の内容は思い出せなかった。正体を知っている者に聞くのが手っ取り早い。
大きく口を開けて固まっていたトルテは、俺の問いかけでハッと我に返り、ずり落ちた眼鏡を中指で定位置に戻した。
「かたじけない。とんでもないものに出会えたもので取り乱しました」
「やっぱり珍しい生き物なんですね」
すると再び声を荒らげる。
「珍しいなんてもんじゃありませんよ! 我々魔法生物学者が死ぬまでに一度は出会いたい魔法生物ランキング堂々の一位、世界中を探し回っても出会える確率は首都宝くじの一等に当たるよりも低いと言われる、最上位の光の精霊ですぞ!?」
ものすごい早口だった。ネネが少し引いている。
「光の精霊……」
そういえば、自爆した男が『ヒカリヌシ様』とか言っていたような。
「タキ氏、この子をどこで?」
「トルテさんを誘拐した団体が、エルダリスの山奥に監禁していたんです」
撫でているうちに少しは落ち着いたようだ。この機会を逃すまいと間近で観察しているトルテの血走った目にも、なんとか耐えていた。
「なるほど……。それを助けた結果、契約が成立したと」
「契約? ……ああそうか、精霊」
精霊は、魔物ではない。神の使いとも呼ばれ、自然界のあらゆる事象から生まれる魔法生物だ。
彼らはほとんど人前に姿を現さないが、気に入った相手には様々な恩恵をもたらすと言われている。
「思い出した。そうだ、精霊学の論文で見たんだ」
主な精霊の一覧に、オーリオールという名前も小さく載っていたはずだ。
「お兄ちゃん、契約って何?」
ネネが腕の布をつまんで訊ねた。
「精霊と心を通わせ、名前を付けること……だったかな」
「そのとおりです。契約すると、魔力を与えるかわりに彼らの力を引き出すことができるようになるんですぞ」
トルテはうきうきと補足を加えた後、私も契約したことはないので伝聞ですが、と肩を落とした。
「光か……。それでムーは雷の魔術が使えるんだ」
「雷? 雷の精霊は別にいますぞ」
首を傾げるトルテに、カルディナに向かう時や城で見たムーの活躍を掻い摘まんで話した。
「影蔓の成長した個体を一撃で。なるほどなるほど……」
トルテは手元に紙があったならメモしていたのにと、悔しそうに手をわきわきしている。
出会うこと自体が難しい精霊の中でも、オーリオールは実在すら疑われる伝説級の精霊だ。
そのため研究が全く進んでおらず、首都一番の魔法生物学者ですらほとんど情報を持っていないらしい。
「おとぎ話のようなレベルではありますが、オーリオールは契約者の性質を反映するという説があります。ムー氏が雷を使えたのはタキ氏と契約したから、という可能性もありますな」
俺が
正直お株を奪われたようで少し悔しかったのだが、そういうことなら仕方がない。
精霊は魔術そのものみたいな存在なんだから、人間よりも魔術を上手く使えるのは当たり前だ。
「いやあ、それにしても伝説のオーリオールがこんなに可愛らしい見た目をしていたとは。ムー氏、後で写真を一枚お願いしても?」
「ムー……」
嫌そうだった。
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