働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第36話 瞬光魔術師の体質

 トルテの家に着いた途端、呼び鈴を鳴らすよりも早くオリビアが飛び出してきた。

 

「トルテ!」

「ただいま、オリビア。心配をかけたね」

 

 人目も憚らず抱き合い、泣いて無事を喜ぶ姿と、よしよしと慰める姿は、紛れもなく恋人同士の空気だった。

 

「リントヴルムさん、トルテを見つけてくださって本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」

「まあまあ、とりあえず中に入りましょう。昼食をご一緒にいかがですか」

 

 昼食と聞いて、オリビアはハッと気付く。

 

「そうですね。買い出しに行ってきます」

「悪いね、ごちそうを頼むよ」

「はい、もちろんです」

 

 涙を拭い、いそいそと出かけていった。積もる話もあるだろうに、献身的な女性だ。

 

「いいんですか? お二人で話したいこともあるんじゃ……」

「まあ、それは後でゆっくり。タキ氏はご旅行の最中だったんでしょう? 命の恩人をこれ以上私の都合でお引き留めするのは気が引けますからな」

 

 トルテはあっさりしすぎている。まあ、二人がそれでいいのなら、他人が口を挟むことではない。

 

 

 

 数日前にも訪れたダイニングで、トルテは手ずからお茶を淹れてくれた。

 

「ひとまずこれでもつまんでいてください」

 

 戸棚から、先日とは違う茶菓子が出てきた。オリビアさんが常備しているらしい。

 

「それでは、何からお話しましょうか」

 

 対面に座り、テーブルの上で手を組む。

 

「では、事件のことから。……あのグロリアという男、何者なんです?」

「いきなり本題とは! 噂どおりのスピード感でいらっしゃる!」

 

 つい事情聴取の気分で単刀直入に聞きすぎたら、うははと声を上げて笑われてしまった。

 

「それも【瞬光】たる所以ですかな」

「う……」

 

 知りたいことがあると結論を急ぎすぎる性質だという自覚はある。思わず詰まってしまった。

 

「まあ、冗談はこれくらいで」

 

 ひとしきり笑ったトルテは、眼鏡を押し上げながら俺を見る。

 

「私も詳しくは存じませぬ。鑑定魔術も効きませんでした」

 

 見たことがないはずのオーリオールを一目見て判別したことからも、彼の鑑定魔術の精度はかなりのものだ。

 専門としている魔法生物以外にも有用なため、本職としての仕事がない時には骨董品や宝石、そして人間まで、あらゆるものの鑑定を請け負っていると聞いたことがある。

 

「首のヘビを見ましたかな。あれも魔法生物だと思うのですが……。どうやら古代魔術を使って、外部からの魔術干渉をブロックしているようでした」

 

 ということは、はじめからトルテを狙っていて、鑑定魔術を使うことを知っていたと考えた方がいい。

 

「それで本人に直接話を聞こうとしたら、不意を突かれましたな。次に目を覚ました時には、あの城に閉じ込められておりました。内装から場所の予測はついたものの、魔術は封じられ、荷物も奪われて外部との連絡が取れず……」

 

 はあ、とため息をついた。

 戦闘が専門ではないとはいえ、必要とあらば凶暴な魔物とも渡り合うくらいの実力を持つ魔術師だ。簡単に無力化されてしまったことが少し悔しいようだった。

 

「ただ、監禁されている間も何度か私の元に話をしにきましたぞ」

「どんな話を?」

「自分たちのことは【グロリアス教団】と名乗っていました。その勧誘であったり、私の仕事について聞いてきたり。とりとめなく雑談をするばかりでした」

 

 無精髭をじゃりじゃりと触りながら、会話の内容を思い出しているようだった。

 

「ただ、何の話をしていても、値踏みされているような妙な雰囲気がありましたな。教団にとって私が有用か確認しているだけだったのかもしれませんが、それだけではないような……」

 

 それは俺も実際に対峙した時に感じた。不快な感覚だ。

 

「とはいえ、彼があの団体の最高権力者であることは間違いないと思いますぞ」

「そのようですね。警察も足取りを追えていないようです」

 

 あれ以来、グロリアの行方はわかっていない。転移魔術が使えるのだから、もうグラニスにはいないとみた方がいいか。

 そして置いていったということは、トルテをはじめとしたグラニスの被害者たちに、これ以上の危険はなさそうだ。

 

「大した情報を提供できず申し訳ない」

「いえ、教団の名前がわかっただけでも収穫です」

 

 名前がわかれば、サリの情報収集精度が上がる。また連絡した方がいいだろう。

 

「……お兄ちゃん、やっぱり仕事してない?」

「……してない」

 

 認めない。俺は休暇中だ。

 

「妹君の前では、リントヴルム警視もただの『お兄ちゃん』ですな」

 

 トルテがまたうははと笑った。

 

「元からそうですよ。周りが勝手に持ち上げるんです」

 

 ため息をついて少し温くなったお茶に手を付ける。それからさりげなく茶菓子にも手を出した。

 ご飯の前なのに、と言いたげなネネの視線を無視して頬張る。

 

「それについては、一つ面白い話ができますよ」

 

 バターの風味が強いミルク餡に口の中の水分を持っていかれ、再びお茶を啜っていると、トルテは目を細めた。

 

「職業柄、興味を持った生物はまず鑑定してみるクセが付いておりまして」

 

 対象の種族や状態が確認できる便利な魔術だと聞くので、確かに習得していたら俺も使ってしまいそうだ。

 

「タキ氏に初めてお会いした時にも、許可を取るべきだと思いながらつい確認してしまったのですよ。噂に名高い【瞬光魔術師】はどんな性質なのかと」

「……何かわかったんですか」

「それはもう、大変興味深い体質で!」

 

 先ほど英雄がどうとか言っていた話か。明るいリアクションとは裏腹に、嫌な予感がした。

 

「なんとタキ氏は、神の寵愛を受けております!」

「はい?」

 

 さらりととんでもないことを言われ、思わず聞き返す。

 しかしトルテはこれが通常運行なのか、一人でうんうんと頷くばかりだ。

 

「ごく稀にそういった人物がいるという文献を読んだことはありましたがよもやこの目で見ることができるとは」

 

 話しているうちに目がぎらぎらと血走り、どんどん早口になっていく。

 

「はっきりとデータとして残っているものは少ないのですが一番信憑性の高いところでは今も存在している南方の小国の始祖が同じ神からの寵愛を受け悪竜を倒し勇者として名を馳せたと言い伝えられており」

「ちょっと待ってください、落ち着いて。……つまりどういうことですか」

 

 ネネが隣で引いているのを見て、一旦止めに入った。

 トルテはハッと気付いて一度咳払いし、眼鏡をずり上げながら答える。

 

「大雑把に言えば、神に愛されているが故に様々な試練と祝福を与えられ、あらゆる事象がタキ氏に惹きつけられてしまうわけです」

 

 あらゆる事象、という言い方に含みが感じられた。良いものばかりではないということか。

 

「……そもそも、神って存在してるんですか」

 

 グロリアを神と崇めているであろう団体を見たばかりなので、頭痛がした。

 

「ええ」

 

 否定してほしかった。

 しかし人ならざるものに魅せられ研究を続けている学者は、常識だと言わんばかりに深く頷く。

 

「歴史に残るような何かを成し遂げた人物は、いずれもそうだったと言われておりますぞ。故に私は勝手に【英雄体質】と呼んでおります」

「そんな大げさな何かを成し遂げる予定も目標もないのに……」

 

 しかしこれまでの旅を思い返すと、嫌でも与えられる試練と祝福というものが否定できない。

 寵愛と言えば聞こえはいいが、やはり呪いみたいなものではないか。思わず天井を仰いだ。

 

「神の考えていることは、我々にはわかりませんからなあ」

 

 トルテは他人事のように――実際他人事なので――うははと面白そうに笑うばかりだった。

 

「……ちなみに、それって何かで打ち消すことはできないんですか?」

 

 ダメ元で聞いてみる。

 

「多少軽減することはできるやもしれませぬが、根本的な解決はできないでしょうな。何しろ人知を超えた存在の所業ですから」

 

 と首を振った後、トルテは少し考え、ああ、でも、と続けた。

 

「妹君のそばにいれば、多少は違うかもしれませぬぞ」

「え?」

「私?」

 

 急に視線を向けられ、ネネがおどおどと自分の顔を指さした。

 

「どういうことですか」

「ネネ氏も別の神に見守られておりますゆえ。こちらは加護とでも言いましょうか」

 

 ふむ、と興味深そうに眼鏡の奥の目がネネを見る。

 

「それって、お兄ちゃんのとどう違うんですか?」

 

 自分にも何か災いが降りかかるのかと、ネネは少し身を乗り出して訊ねた。

 

「ご心配なさらず。妹君の加護は、単に受難を振り払うものに見えます」

 

 寵愛と違って、加護を受けている者は案外いるらしい。優れた職人や高位の聖職者に多いのだとか。

 

「つまり俺に降りかかる試練とやらのうち、ネネに危険が及びそうなことはひとまず回避できるってことですか」

「おそらく」

 

 目には目を、神には神をということか。

 

 しかしこれもまた心当たりがあった。ネネはとにかく運がいい。そして調査中もネネと一緒に行動している間は何も起きず、離れた途端に事態が動き出した。

 

「じゃあやっぱり私、お兄ちゃんについていった方がいいんだ!」

「いや、さすがに夏休みが終わる前には帰れ」

 

 ネネは同行する大義名分ができたと言わんばかりに嬉しそうな顔をするが、首都から離れれば離れるほど戻るのにも時間がかかる。いつまでも付き合わせるわけにはいかない。

 

「しかし、兄妹揃ってとは面白い! 遺伝的な要素でもあるのでしょうかね! 詳しく研究させてほしいところですな!」

「……ええ、機会があれば」

 

 どうして俺を見ている神だけそんなに厳しいのか、ぜひ調べていただきたいものだ。

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