働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第37話 瞬光魔術師と魚料理

「そもそも、神ってどういう存在なんですか?」

「その点については学者の中でも意見が分かれているところでして――ああオリビア、おかえり」

 

 込み入った話をしていたら、オリビアさんが戻ってきた。

 

「ただいま戻りました。すぐに支度しますね」

「あ、手伝います!」

 

 難しい話になってきていつ逃げだそうかタイミングを伺っていたネネが、慌てて立ち上がった。

 

「でも、お客様にお手伝いしていただくわけには……」

「いいんです! やらせてください!」

「すみません、お邪魔でなければやらせてやってください」

 

 ネネもひととおりの家事はできるが、プロの前ではいてもいなくても変わらないだろう。仕方なく口添えしてやる。

 

「ええと……。じゃあ、お野菜の皮むきをお願いします」

「はいっ」

「エプロンはこれ使ってください」

「ありがとうございます」

 

 トルテはそんな二人の後ろ姿を微笑ましげに眺めた。

 

「意外ですな、リントヴルム家の御令嬢も家事をなさるのですか」

「最低限ですけどね」

 

 実家には使用人がいるので、ネネがキッチンに立つことはほとんどない。

 しかし俺が家を出た後に、自ら家事を教わり始めたそうだ。いずれ俺みたいに一人暮らしをするつもりなんだろうか。

 

「意外と言えば、トルテさんも意外です。研究をするなら首都の方が便利なんじゃないですか?」

「そうでもないのですよ。首都には魔物も精霊も寄り付きませんから!」

「ああ……」

 

 首都の周りには強固な魔除けが施してあり、郊外まで行っても魔物に出くわすことはほとんどない。

 元々、自然豊かな環境の方が魔物にとっても精霊にとっても暮らしやすいので、フィールドワークをするなら山にも海にもアクセスしやすいグラニスが適しているということだった。

 

「それに、ここにはオリビアもいますので」

 

 急に名前を呼ばれ、オリビアが振り返った。少し頬を染めてはにかむ。

 

「……そうですね」

「お兄ちゃんも彼女作れば」

 

 サラダを運んできたネネが、急にこちらに話を振ってきた。

 

「粘土細工みたいな言い方するな。必要ないよ、あの親に会わせるのが可哀想だ」

「いきなり結婚前提の話? 重くない?」

 

 眉をひそめられた。以前母に会った時に、年齢的にそろそろ身を固めろという話をされたことをネネは知らない。

 

「モテるんだから、ちょっとくらい遊べばいいじゃんって話なんだけど」

「そうですぞ、もったいない」

 

 ネネの言葉に便乗して、トルテまで囃し立ててくる。俺は首を振った。

 

「よく言われますが、言い寄られるような経験はありませんよ……」

「そうなんですか? タキ氏がちょっと微笑めば、大抵の女性はイチコロだと思いますが」

 

 どんな評価だ。

 

「確かにお兄ちゃんのそういう話ってきいたことない。一つくらいないの?」

 

 そうは言われても、心当たりがない。

 少し考えて、ふと思い出した。

 

「学生時代に別のクラスの顔も知らない女子から、告白の手紙とプレゼントが送られてきたことなら」

「おお! あるではありませぬか」

「箱の中から魔術的な気配を感じて、開けずに返送しましたけど」

 

 あれはその辺の魔物よりも怖かったな、と思い返していたら、ダイニングがしんとなった。

 

「……まあ、今し方厄介事に好かれるって鑑定を受けたばかりなのに、そんな軽い気持ちで付き合えません」

「そ、そうですな……。誠実なのが一番です」

 

 遊びで女性と関係を持ったりしたら、何のトラブルに巻き込まれるかわかったものではない。余計なことはしないに限る。

 

「家のことや体質のことを抜きにしても、そういった相手が欲しいと思っていないのは本当です。今はムーもいますし」

 

 少し警戒が解けてテーブルに降りてきたムーは、人間の話を気に留めず、サラダを気にしている。どうやら今日はキュウリの気分らしい。

 薄く斜め切りにされたキュウリをつまんで差し出したら、いつもどおり端にかじりついた。ポリポリとクッキーでも囓るように食べ進めていく。

 

「ムー氏は食事をするのですな。オーリオール……というか、精霊というのは本来、適した環境と魔力さえあれば生きていけるものですが」

「え? ムーは最初からこうでしたよ」

「お兄ちゃんがよく食べるから、ムーちゃんも真似してるんじゃない?」

 

 契約者の性質を反映するって、そんなところにまで影響するのか。

 

「いや、名前を付ける前からだったはず……」

「つまり、契約に至らずとも感化される場合があると? 興味深い! 忘れないうちにメモしておかねば!」

 

 トルテは慌てて立ち上がり、紙とペンを取りにいった。

 

 

 

 食事に気を取られている今のうちにとトルテが写真を撮っていたら、オリビアさんがメインディッシュを運んできた。魚のムニエルだ。

 

「鮭ですか?」

 

 香ばしく焼き上げられた鮮やかな色の切り身が、白い皿を彩っている。

 

「ええ、この辺りはコンテルスカからそう遠くありませんから。さすがに生は少ないですが、冷凍品が比較的安く流通しているんですよ」

 

 コンテルスカは今回の旅行の目的地だ。水産資源が豊富な港町で、海を隔てた隣国への船も出ている。

 

「トルテ、研究はそれくらいにしてテーブルを空けてください」

「はいはい」

 

 いつものことのようで、トルテは手早く広げていた紙を片付けた。広くなったところに四人分の皿が並んだ景色は、人の温かさが感じられた。

 

「美味しいー! 私、このソース好き!」

「醤油を使ったソースです。首都からお越しになった方には、珍しいかもしれませんね」

 

 こんがりと焼き目がついたパリパリの皮に対して身は柔らかく、焦げたバターと醤油の風味が食欲をそそる。

 付け合わせはシンプルな芋とホウレンソウの炒め物で、メインを邪魔しないちょうど良い味付けだった。オリビアさんは料理上手だ。

 

「カルディナの畜産物もエルダリスワインも手に入って、魚介も気軽に食べられるなんて、いいところですね」

 

 カゴに盛られた薄切りのバゲットは好きなだけ食べていいと言われたので、遠慮なくいただく。

 こちらも店で出来たてのものを買ってきたらしく柔らかくて食べやすいが、俺はコンソメスープに浸して食べるのが好きだ。

 

「でしょう? すっかり気に入って、家まで買ってしまいましたよ」

 

 そしてオリビアさんと出会ったわけだ。

 

「タキ氏もどうです? 移住ならお手伝いできますよ」

「移住か……」

 

 首都で暮らすことを前提に考えていたが、いろいろなしがらみが解決したら、それも良いかもしれない。

 

「もしかして、家を継がなきゃって思ってる? 私がお婿さん連れてきたっていいんだから、もっと気楽に考えなよ」

「お婿さん?」

 

 言われてみれば、ネネももう十六歳だ。学生時代には、婚約者がいるクラスメイトもいた。

 

「……」

「タキ氏、さてはシスコン……。おっと」

 

 ネネが見知らぬ男を連れてくる日のことを考えて眉をひそめ、そのままトルテを見たら睨むような仕草になってしまった。

 想像できなくて戸惑っただけだ。本当だ。

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