働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第4話 瞬光魔術師の朝ごはん

 部下たちは俺が長期休暇をとって旅行を企てていると聞くと、快く協力してくれた。

 

「もっと引き留められるかと思った」

「いえ、辞められるよりはいいですから! たまにはゆっくり休んで、楽しんでいらしてください」

 

 おかげで、サリから旅行を提案されて二日後にはあらかたのことが片付いた。予定よりもかなり早い。

 これならいよいよ、家族に勘付かれる前に行方を眩ませられる。

 

 

 

 速やかに退勤したら、職場からの道すがらにある店で買った持ち帰りの惣菜をつつき、ニコロをはじめとした部下たちが餞別にくれた各地の観光ガイドを読みあさる。

 

「定時に帰れると、本を読む時間があるんだな……」

 

 当たり前のことに感動しながら、どこにどんな料理があってどんな景色が見られるかということをノートにまとめているだけで、久しぶりに心が躍った。

 

「……細かくしすぎた」

 

 調子に乗ってバスの時刻やチェックイン時間などを書き込んでいたら、部下に配る日程表のようになった。

 これも職業病かと、一旦冷静になって天井を見上げた。

 

 

 

 気を取り直して、荷造りをするためにクローゼットを開ける。

 

「確か、この辺りに……。あった」

 

 最奥から引っ張り出したのは、さほど大きくない茶色のトランクだ。

 年季が感じられるが頑丈なつくりで、いくつかステッカーが貼られている。

 

 曾祖父の遺品の中から見つけたもので、そのレトロなフォルムがなんとなく気に入って、わざわざ実家から持ってきていた。使うなら今だ。

 

「あれ? これ、魔導庫だったのか」

 

 ただのトランクだと思っていたら、見た目よりもたくさん物が入る魔術が施された特殊な道具だった。

 奥まで手を突っ込んで、改めて中を調べてみる。すぐに底に手がついたことから、そこまで容量が大きなものではなさそうだ。

 

 とはいえ、普段から訓練や任務で泊まりになることが多い。旅支度は慣れたものだ。

 野宿をする予定はないし、最低限の着替えと小物があれば大丈夫なので、俺にはじゅうぶんだった。

 

 魔導庫は今でも高級品だから、曾祖父が現役だった頃なら、この程度でも相当な値打ちものだっただろう。大切に使うことにした。

 

 最後に忘れ物がないかもう一度確認して、早々に布団を被る。

 日付が変わる前に寝るのも、枕元に通信機を置かないのも、久しぶりだった。

 

 ***

 

 ようやくゆっくり眠れるのだから怠惰に昼まで寝ようと思っていたのに、翌朝もやはり朝六時に目が覚めた。

 眠気はなくすっきりしているものの、昨晩作った旅行計画からさっそくずれてしまい、なんとなく悔しい。

 

「昼過ぎに出るつもりだったけど……。まあ、早い分にはいいか」

 

 そう思い直して着替え、計画を前倒しして出発することにした。

 

 

 

 目的地である南方面に向かうバス停を目指しながら、ふと思いつく。

 

「そういえば、首都の飲食店にも大して入ったことないな……」

 

 思えば、ファストフードや惣菜の世話になることはあっても、ゆっくり腰を落ち着けて食事をしたのは数えるほどだ。

 実家には専属の料理人がいたから外食はほとんどなかったし、レストランなんて、事件の調査で聞き込みに行った時の記憶しかない。

 一人暮らしを始めてからの朝食はシリアルと牛乳ばかりだった。

 

「地元から始めるのも悪くない」

 

 なにしろ今回の旅は、美味しい料理を食べるのが一番の目的だ。

 幸いにも、出勤前の労働者が利用できるように、早くから開いている店はちらほらある。

 

 どこで食べようかと物色していたら、ちょうどエプロンを着けた女性がモーニングメニューを書いた黒板を出していた。

 店構えからして歴史がありそうな、少し高級感のあるダイナーだ。

 

「おはようございます」

 

 風で倒れないように、下を向いて黒板を固定している女性に挨拶する。と、

 

「おはようございま……ひっ!?」

 

 挨拶を返しつつパッと顔を上げた女性の微笑みが、突然引き攣った。

 愛想良くしたつもりだが、見ず知らずの男がいきなり上から声をかけたら怖かっただろうか。

 

 と思ったら、

 

「ほ、本物?」

 

 慌てて立ち上がり、口に手を当てて一歩後ずさった。

 

「あの……?」

 

 本物とはどういう意味だろう。俺をどこかで見たことがあるということか。

 遠慮がちに、しかしじっくりと上から下まで観察されている。

 なんとなく居心地が悪く、歓迎されていないのなら別の店にしようかと、後頭部を掻いて目を逸らした時だった。

 

「あっ」

 

 視線の先に、一枚のポスターが貼ってあった。

 警察官の新規募集に関するもので、大きめに俺の写真が使われている。

 つまり目の前の彼女の様子がおかしいのは、部長が安易に請け負ったイメージキャラクターの仕事のせいだった。

 

「驚かせてすみません。今日は非番なんです」

 

 迂闊だった。あんなもの、指名手配の張り紙と同じじゃないか。

 一般市民は警察の部署や管轄なんて詳しく知らない。見覚えのある顔の警察官が急に現れたら、事件の捜査だと思うだろう。

 

「そ、そうなんですね、失礼しました。当店でお食事ですか?」

 

 勘違いしたのが恥ずかしかったのか、女性は頬を染めている。こちらの不手際で悪いことをしてしまった。

 かといって、首都にいる間ずっと顔を隠すのも違う気がする。全部部長のせいだ。

 

「はい、この看板に書いてあるものを」

「畏まりました。お席にご案内いたします」

 

 改まって深々と一礼した女性は、窓際にある二人掛けの席に案内してくれた。

 

 

 開店して間もないので、店内には他に客はいない。カウンター席の奥にある厨房から食器や調理の音が聞こえるだけの、静かな空間だった。

 

「卵は、目玉焼きとスクランブルエッグ、どちらがお好みですか?」

「ええと……。じゃあ、目玉焼きで」

「焼き加減はどうしましょうか」

「普通のでお願いします」

 

 ベーコンとソーセージのどちらがいいか、パンケーキはパンにも変えられるがどうするかなど、細やかに訊ねられる。

 俺の回答を全てメモすると、女性は速やかに奥へ消えた。

 

 何もせずに、ぼんやりと窓の外を行き交う人々を眺める。

 背中を丸めてタバコをふかしながら歩く作業着姿の男性。遅刻しそうなのか度々腕時計を確認し、早足になっているスーツの男性。高いヒールをものともせずに颯爽と通り過ぎる短いスカートの女性。

 

 いずれもこれから仕事に向かうようだ。

 一瞬、平日の朝に何もせずぼんやりしていることに後ろめたさを感じてしまった。

 それから『いやいや、今は休暇中なんだから』と心の中で自分に言い聞かせた。

 

「お待たせしました」

 

 やはり少し女性の表情が硬い気がする。いくら非番とはいえ、警察官というのは警戒されやすい職業だから仕方ない。

 それでも丁寧に仕事をこなしてくれる女性店員の手で、まずは湯気の立つコーヒーがそっと置かれた。

 続けて、大きな皿が真ん中にやってくる。

 

 三段に重なった小さめのパンケーキの上で、四角いバターが少し溶けていた。

 そしてカリカリに焼いたベーコン、片面だけ焼かれた鮮やかな色の目玉焼き、ハッシュドポテト。それら全てが白い皿にはみ出す勢いで載っている。

 

「シロップはご自由にお使いください」

「ありがとうございます」

 

 大の男が定番のブレックファストを前にしてはしゃいだら気味が悪いかと思い、顔がにやけるのを必死に我慢した。

 

 女性の後ろ姿を見送って、さっそく備え付けのメープルシロップに手を出した。

 パンケーキだけでなく、全体にまんべんなく、遠慮なくかける。

 

 まずはパンケーキを一枚頬張った。少しパサついているところにバターとシロップが染み込んで、口の中で解けた。

 

 同じくシロップで甘塩っぱくなったベーコンを味わう。目玉焼きを潰してパンケーキに黄身をつけて、白身と一緒にフォークで刺してもう一枚。

 

 ハッシュドポテトは表面がカリカリで、中はしっかりと火が通っていた。薄い塩味がシンプルに美味しい。

 

 

 

 いつの間にか食べることに夢中になっていて、皿の中身が半分以上なくなるまで、店員の女性がそっと遠巻きに見ていたことにも気付かなかった。

 

 顔は知られていても、実家のように食事マナーにうるさい人間が同席しているわけではないからと、のびのびしすぎたかもしれない。変な噂が広まったら少し困る。

 

「ごちそうさまでした」

 

 ゆっくり味わうつもりが、知らぬ間に早食いのクセがついてしまっていて、思ったよりも早く食べ終わってしまった。

 

「ええと……。美味しかったです」

「ありがとうございます」

 

 食べ始めるまでは少し警戒しているようにも見えた女性の視線が、会計をする頃には子どもを見るような微笑ましいものに変わっていた。そんなにがっついていただろうか。

 おかげでなんとなく照れくさくなり、そそくさと外に出る羽目になった。

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