「神様かあ。ウチってそういうの、聞かないよね」
コンテルスカへ向かう車内で、ネネはここまで撮りまくった写真を整理しながらぽつりと呟いた。
ちなみに今乗っている車両は公共機関ではなく、一般車に擬態するために作られた警察車両――の中でも、要人を乗せるために各地の警察に必ず一台配備されている最上級グレードの高級魔導車だ。
「何かに所属してると別の所属から敵視されることも多いから、中立を示してるんだろ」
「そっか、ただでさえウチは警戒されやすいもんね」
またバスを使って南下しようと思っていたら、グラニス警察の署長が事件解決の礼にぜひ送らせてほしいという。
俺一人なら断るところだが、ネネと護衛の二人のことを考えると快適な方がいいだろうということで、厚意に甘えることにした。
「信者の人いっぱいいるのに、なんでソリオン様は私に加護をくれたんだろ」
「さあ」
ネネには言わないが、実家の物置に眠っている古い置物や雑貨などを見るに、おそらくリントヴルム家も昔はソリオン教だったのだと思う。
公言しないでいたらそのうち子孫が本当に気にしなくなって、忘れられていったに違いない。
そろそろ思い出してほしくてネネに加護を授けた可能性もあるが、神にそんな俗っぽい感情や考えがあるものだろうか。
窓の外を流れる景色を眺めたり、座り心地の良い座席でまどろんだりしているうちに、辺りはすっかり平らな道のりに変わっていた。
カルディナがあるはずの山は遥か後方にうっすらと青く見えるだけになり、かわりに前方に広がる水平線が徐々に幅を広げていく。
「ネネ、コンテルスカが見えてきた」
窓に頭を預けて眠っていたネネの肩を軽く揺らして起こす。その膝の上で寝ていたムーも一緒に起きた。
「窓を開けるといい」
「うん」
ネネは小さく伸びをして、俺の言うとおりに窓を開けた。磯の香りを含んだ強い風が吹き込んできて、長い黒髪が暴れる。
驚いて頭を引っ込めた後、もう一度そっと顔を出して前方を見たネネが、わあ、と声を上げた。
「綺麗!」
海岸線に沿って、砂浜の一部のように白い街並みが広がっていた。民家の屋根は低く平らで、窓は小さい。
ガイドブックによると、壁の白さは焼いた貝殻を砕いて作る壁材によるものだそうだ。
「写真の撮り甲斐がありそう! フィルム売ってるお店、あるかな?」
「貿易も観光も盛んな町らしいから、あるだろ」
規模でいえば国内では中堅クラスの地方都市だ。グラニスよりも広いので、端から端まで探索しようと思ったら数日では難しい。
「お兄ちゃんは、やっぱり料理なの?」
「もちろん。そのためにここまで旅してきたんだから」
本来の目的は、このコンテルスカで新鮮な生の魚介を食べることだったのだ。
何やらゴタゴタと余計なものが付いて、予定がすっかり変わってしまった。
しかし今はネネもいることだし、今度こそ何事もなく楽しく観光できるはずだ。
――と思っていたのが甘かった。
「海鮮盛り合わせ、休止中……!?」
ガイドブックに掲載されていた店の入り口にそんな張り紙があり、思わずその場に崩れ落ちそうになった。
「なんで……」
事件に巻き込まれても食事にだけはありつけるのが今までのパターンだったのに。
これでは試練と祝福どころか試練だけではないか。ムーをぶつける算段をしているせいか。
「盛り合わせ以外の料理ならあるみたいだよ。とりあえず入ってみようよ」
「そうだな……」
ネネに言われて気を取り直し、店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ。空いているお席にどうぞ」
観光客慣れしている愛想の良い笑顔の中年女性の案内で、俺とネネが一つのテーブルに、護衛の二人は別のテーブルに着いた。
「せっかくお越しいただいたのに、ごめんなさい。今、お魚の入荷量が極端に減っていて、メニューが少ないんです」
女性店員はメニュー表を差し出しながら、申し訳なさそうに言う。鮮魚を使うメニューの半分ほどに、休止中の×印がついていた。
「何かあったんですか?」
「それが、海に魔物が出たせいで、船の航行に規制がかかってて」
先日突然出現し、船が度々襲われているらしい。
いつ頃からなのか詳しく聞いたら、ちょうど俺が首都を発った頃だった。道理で知らないわけだ。
「サリちゃん、何も言ってなかったのに」
「わざと言わなかったんだろ、そっちの方が面白いから」
ネネはサリに妙に好意的でよく懐いているが、あいつはそういう女だ。
おかげで漁船はもちろん、ザラモール行きの貿易船や旅客船も出港できなくなっており、コンテルスカどころか国内全体に影響を及ぼしているとのことだった。
しかし店を営業しないわけにはいかないので、仕方なく、魔物が出没しない沿岸部で捕れる魚だけでやりくりしているところだという。
「コンテルスカって、海軍本部がありましたよね?」
海上の治安維持は警察ではなく海軍の管轄だ。海沿いの町には海軍基地が点在している。
中でもコンテルスカは二大国を繋ぎ国の貿易の要となる地域のため、魔物の駆除をはじめとした海路の整備には、特に力を入れているはずだった。
「軍人さんにもなかなか退治できないらしくて。うちの人も漁師なんですけど、かなり大きい魔物だったって言ってました」
「そうですか……」
収入に直結しているだけに店としてももどかしいようで、女性は頬に手を当て、はあ、とため息をつく。
「ごめんなさいね、お客様にこんな話」
「いえ、事情がわかって良かったです」
絶対に俺のせいじゃない。なのに俺がコンテルスカに行く予定を立てたからそうなったみたいな、妙な罪悪感があるのは何故だろう。
「今作れる料理の中で、おすすめのものをください」
「それでしたら、一番は天ぷらですね」
魚や野菜に小麦粉の衣を付けて揚げたものだ。以前首都で会食に付き合わされた時に出てきて、ザラモールから伝わったものだと聞いた覚えがある。
「じゃあ、まずはそれを」
あの時は相手が上司ばかりで味わう余裕もなかったので、リベンジしたいところだ。
「私も!」
「ありがとうございます」
他にもおすすめをいくつか聞いて、魚の煮物や汁物も頼んだ。
出鼻を挫かれたが、空腹だと余計に気が滅入るので、食べられるものを食べておくのは大切だと思う。
「ご飯の量はどうしますか?」
この店は白米があるらしい。食べるのは魔牛ローストビーフ丼以来だ。そういえば、米も南大陸から伝来したものだったか。
「私は少なめで! お兄ちゃんは大盛りでしょ?」
「……うん」
大盛りの前に『どうせ』という単語が省略されている気がした。悔しい。