働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第41話 瞬光魔術師と曾祖父の思い出

 護衛の二人にも好きなものを注文するように言い、揚げ物の音が奥からパチパチと聞こえる中で、ネネが訊ねた。

 

「海軍って、ひいおじいちゃんがいたとこだよね」

「ああ」

 

 といっても俺が生まれた時には既に引退して隠居暮らしだったので、現役時代のことは伝聞でしか知らない。

 

「お兄ちゃんは会ったことあるんでしょ。どんな人だった?」

「小さかったから、よく覚えてないよ」

 

 なにしろ幼年学校に通うよりも前の話なので、二十年以上経つ。

 

 真っ先に思い出すのは顔ではなく、大勢が集まる場所でもよく通る印象的な声だ。

 初めて会った時、あまりにも声が大きくて驚いてしまい、また大きな声で笑われたことは覚えている。

 

「……大柄で日に焼けてて、歳よりも若く見えた」

「話したことは?」

「一度だけ部屋に入れてもらったことがあるくらいだな」

 

 どういう流れで曾祖父の部屋に入ることになったんだったかと、改めて思い出す。

 

「そういえば、ちょうどあの時だったか。棚に飾ってあったトランクが気になって眺めてたら、『気に入ったなら、俺が死んだら譲ってやる』って言われて」

「トランクって、お兄ちゃんが今持ち歩いてるやつだよね」

「うん」

 

 足元に置いた古いトランクを、ネネが覗き込む。

 

「小さい頃から好みは変わってないってことじゃん」

「……確かに」

 

 両親の思う良し悪しの基準を叩き込まれ、どれだけ矯正されようとも、変えられないものもあるようだ。

 

 微かな記憶をなんとかたぐり寄せているうちに、ふと気付く。

 

「あれ? ……俺、子どもの頃にもコンテルスカに来たことあるな」

「ホント?」

 

 一つ思い出したら、するすると当時の記憶が蘇ってきた。

 

「曾祖父さんの隠居先がコンテルスカだったと思う……」

 

 ずっと海軍にいたから、首都よりも馴染み深い土地だったのだろう。娘夫婦に家督を譲るなり、さっさと引っ越したと聞いている。

 

「八十だか九十だかの誕生日に、親戚一同で集まることになったんだよ。あんまり遠いから、母さんがずっと愚痴を零してて」

「わかった、いつものでしょ」

「そう、いつもの」

 

 母は不満があるとすぐに外的要因を批判する。俺たち兄妹は、そのうち聞き流すことを覚えた。

 

 その時もたぶん、首都の方が便利で綺麗なのにどうしてこんな磯臭い町に住み着いたんだとか、コンテルスカの料理は野蛮で口に合わないとか、言っても詮無いことばかりだった。

 父は仕事で後から合流することになっていたので、余計に機嫌が悪かったのだと思う。

 

「私がこうやってお兄ちゃんと旅行してるって知ったら、またいろいろ言うんだろうなー」

 

 それを聞いて俺は少し気が滅入ったが、ネネは笑っている。同じ環境で育ったはずなのに、どうしてここまで楽観的になれるのだろう。

 

 先に運ばれてきた小鉢をつつきながら、また昔話に戻った。

 

「着いたら着いたで知らない大人ばっかりだし、疲れて端の方で休んでたら、曾祖父さんが連れ出してくれたんだ」

 

 パーティーの中心人物が抜けてもいいのかと心配したら、『こういう口実でもないと、大人はなかなか集まらんから。喋り飽きたら解散すればいいさ』と言っていた。

『子どもはそんな心配はしなくていい』とも言っていた。

 

 声が大きかったせいで豪快な印象だったが、海軍大将まで行ったくらいだ。厳しいながらも他人の機微によく気付く人だったのだと思う。

 

「おじいちゃんとは全然性格違ったんだね」

「だな」

 

 父方の祖父は入り婿で、古い政治家の家系だ。父にはそちらの厳格で保守的な面が受け継がれてしまって、俺がこうなった。

 

 思えば父のあの性格は、曾祖父の気質を受け継いだ祖母が早くに亡くなってしまったことも関係しているかもしれない。

 

「お待たせしました。天ぷらと煮付け、あら汁です」

 

 話しているうちに、料理が運ばれてきた。

 正体がわからないと手を付けない客もいるとかで、女性店員は天ぷらの具材を一つずつ丁寧に説明してくれた。

 

「四角い白いのはイカ、これはキスっていう白身のお魚です」

 

 名物の海鮮が出せないかわりに増量中だとかで、沖に出られないという割にバリエーションが豊かだ。

 

 そして白米はというと、ネネの方には控えめな量がそっと、俺の方には一回り大きな器に小高い山でドンと置かれた。

 これで値段が一緒なのは申し訳ない気がしたが、まあ、ネネが少ない分ということにしておこう。

 

「わあ、すごーい!」

 

 ネネはさっそく、尻尾が上を向くように盛り付けられた大きなエビの天ぷらに写真機を構えた。

 

「ネネ、行儀が悪い」

「いいじゃん、お母様もいないし」

 

 窘める言葉も聞かず、皿をくるくると回して一番見栄えのするアングルを探している。

 

「天ぷらはお塩と付けつゆがありますから、お好きな方で食べてくださいね」

「ありがとうございます」

 

 俺はもちろん、冷めないうちにさっさとかじりついた。まずは塩だ。

 サクッと良い音がして、中の瑞々しいエビの断面が見えた。咀嚼した瞬間、思わず店員の顔を見た。

 

「……すみません。ビールを追加で」

「かしこまりました」

 

 言うと思ったと言わんばかりに、温かい笑顔で頷かれた。だって、これは絶対にビールだろう。

 

「お兄ちゃん、お酒飲むの?」

「いいだろ、休暇中なんだから」

 

 すぐに届けられたジョッキにさっそく泡の輪を作り、今度は煮付けに手を出した。骨が多いかと思ったら、綺麗に取り除かれていて食べやすい。

 

「ザラモールに行く前に、箸の使い方を覚えるべきかな……」

 

 南大陸は箸を使うのが当たり前だという。どこでもフォークが貰えるとは限らない。

 

「私使えるよ」

 

 ようやく写真に満足したネネが、備え付けの箸立てから取った箸を右手に持ち、先端を器用に合わせてみせた。

 

「なんで」

「ザラモールから留学してきた子に習ったの」

 

 それから、にやにやと嫌らしい笑顔を浮かべた。

 

「教えてあげよっか」

「……」

 

 俺に教えられることがあるのがそんなに嬉しいか。

 

 ――素直に頭を下げてコツを教わり、すぐに使えるようになったら妙に悔しそうだった。

 

 

 

 海鮮は食べられなかったものの、しっかり満足して店を出る。

 

「せっかく来たんだし、港まで行ってみるか」

「うん!」

 

 軍と警察は協力することもあるが、どちらも基本的には自分たちの管轄によそ者が首を突っ込むことを良く思わない。

 なので、本当にただの観光だ。

 

 浅瀬は船が出せるとのことだから、見に行っても危険はないだろう。ネネもいることだし。




【お知らせ】
ここまで読んでいただきありがとうございます。

おかげさまで本作に書籍化のお声がけをいただきました。
ハーメルンの皆様が新参者を温かく受け入れてくださったおかげです。

レーベルや発売日の発表などはまだしばらく先になるかと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
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