働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第43話 瞬光魔術師の後輩

 ネネには老人との会話の内容は伝えない。

 

「明日は一人で観光したいから、別行動させてくれ」

「何? 食べ歩き? さっきのおじいちゃんからいいお店でも聞いた?」

「そんなとこ」

「じゃあ仕方ないか……。お兄ちゃんのペースじゃ付き合いきれないもん」

 

 ネネは意外とあっさり引き下がった。さすがにそんな食い倒れみたいなペースでは食べないが。

 

 あの老人が俺に何をさせようとしているのか確かめにいくだけだ。先日のように一人で敵陣に乗り込むわけではないので、危険は低いと思う。

 

 

 言われたとおり、日が昇る頃の早朝に港を一人で訪れ、海鳥がミャアミャアと鳴く中で辺りを見回した。

 

「軍用船の前、ってことだったけど……」

 

 ひとまず船の近くまで来てみたものの、範囲が広すぎてどこまで行けば『前』なのかわからない。

 仕方なく、ぷらぷらと端から端まで歩いてみることにした。

 

「しかし、本当に大きいな」

 

 乗組員たちが、重そうな木箱に入った資材をせっせと積み込んでいる。どうやら出港が近いようだ。

 

「まさかあのご老人の一声で、これに部外者を乗せてくれるわけでもあるまいし」

 

 ははは、と一人乾いた笑いを浮かべた時だった。

 

「ホントにいた! よかったー!」

 

 ものすごく聞き覚えのある元気な声が背後から聞こえた。

 

「指揮官……じゃなかった、タキ先輩!!」

 

 幻聴であってくれと思いながら振り返ると、残念ながら晴れた水面のようにきらきらと目を輝かせる小型犬が、一目散に走ってくるところだった。

 

「ニコロ……。なんでお前がいるんだ」

 

 俺の身分に配慮したのか、わざわざ急襲部隊に配属される前の呼び方をしてきた後輩を前に、頭痛がしてきて思わず目頭を揉む。

 

「なんかタキ先輩が国外に脱出しようとしてるって姉御が言うもんだから。今ならまだ追いつけるって聞いて、急いで休暇取って車飛ばしてきたっす!」

 

 ビシッと敬礼する。海軍のお膝元で警察式は無駄に目立つからやめてほしい。

 そしてもう一つ。

 

「……脱出じゃない。旅行だ」

 

 ひとまず人聞きの悪い単語から訂正した。

 あの女、曲がりなりにも情報を扱う部署にいるんだから、正確に伝えるべきじゃないだろうか。

 

「え? 海軍の船でですか?」

「違う」

 

 しかも港をうろついていたせいで、これから発つのだと勘違いしているようだ。

 ニコロは優秀だが、早とちりが多い。

 

「それにしても、よくまとまった休暇が取れたな。飛ばしても片道三日はかかるだろ」

 

 大きくため息をついて、話を変えた。

 あちこちで事件に巻き込まれたり、バスの本数が少ない田舎を通ったりといった寄り道をしなくても、首都からはそれなりに距離がある。往復するなら一週間は欲しいところだ。

 

「タキ先輩が休んだ後、大急ぎでいろいろ見直されたんですよ。まず業務を肩代わりした部長が三日で音を上げたんで」

 

 俺が指揮する時には休日を返上してでもついてくる体力お化けは、ざまあみろと明るく笑い飛ばした。

 

 詳しく聞けば、部長は元気すぎる部下たちの指揮、度重なる事件による極度の緊張と睡眠時間の著しい減少、報告書と始末書の束の提出、そしてサリからのちょっとした嫌がらせ――内容は聞かないでおいた――に耐えかねて、熱を出したらしい。

 哀れではあるが、確かに少々ざまあみろだった。

 

「で、俺たちも一人ずつ順番に休んでいいってことになったんで、一番乗りしたっす」

 

 ぐっと親指を立ててウィンクする。こいつは休まなくても元気が有り余っていそうだ。

 車を飛ばして早朝に着いたということは、夜通し運転していたんじゃないのか。

 

「……まあ、部隊の待遇が改善されたなら良かった」

「改善しないと【瞬光魔術師】が戻ってきてくれませんからね」

「……」

 

 改善されたとて戻る可能性は低いとは、俺に憧れて警察官になったというニコロの前では言いづらかった。

 

「それはそうと、俺がここにいるなんて誰に聞いたんだ?」

 

 サリなら泊まっているホテルの部屋くらいすぐに突き止めるだろうが、その日のスケジュールまではさすがに無理だろう。

 というかそこまで筒抜けだと怖いので、無理だと思いたい。

 

「通りすがりのご老人に事情を話してホテルまでの道を聞いたら、港にいるって教えてくれました!」

 

 そう言って来た道を振り返る。

 

「ちょうどタキ先輩に会いにいくところだっていうんで、車に乗ってもらって、一緒に来たところっすよ」

 

 視線を追うと、昨日出会った老人が杖を突きながらのんびりと歩いてくるところだった。

 

「おはよう。早起きは年寄りの特権だと思っていたが、若者も元気だな」

「おはようございます。こいつが特別元気なだけですよ」

「タキ先輩に特別って言われると、なんだか嬉しいなあー!」

 

 褒めてない。

 

「……ええと。それで、ご老人はどうして俺を港に呼んだんですか?」

 

 ニコロに突っ込むことを諦め、老人との話を進めることにする。

 

「そう急ぎなさんな。そろそろ来る」

 

 また俺のせっかちが出たところで、老人は船の方に目を向けた。

 

「誰か降りてきましたよ。……うわ、勲章じゃらじゃら」

 

 俺には姿勢の良い人影が軍人の制服を着ていることしかわからなかったが、視力が良いニコロはげんなりとした声を上げた。

 

「あなたが呼んだ人ですか?」

「ああ」

 

 老人はのんびりと頷く。

 

「待ってください。あの人の階級章、金色の星が三つ付いてます」

「え?」

 

 金の星三つは、海軍大将だ。

 元海軍大将の曾祖父と身の上話をしていたくらいだから、ご老人もそれなりの地位まで上った人物だとは思っていたが、現大将を呼びつけられる身分だなんて。

 

「ご無沙汰しております、元帥」

 

 現海軍大将は、俺たちを一瞥した後、まずは老人に向かってビシッと敬礼した。

 元帥。大将の更に上だ。曾祖父は固辞したと聞いた覚えがある。

 

「今はただの老いぼれだ」

 

 年齢からして、曾祖父の次に海軍の最高責任者だったのがこのご老人ということだろう。

 

「こちらが、リントヴルム大将の曾孫さん。首都警察の【瞬光魔術師】だ」

「え」

 

 紹介を受け、挨拶をする前に思わず声が出た。現大将の鋭い視線が俺に向き、咳払いで誤魔化した。

 

「ご紹介に預かりました。首都警察急襲部隊所属、タキ・リントヴルム警視です」

 

 この場でどう挨拶するのが正しいのかわからず、渋々警察式の敬礼をする。それから、隣でにやにやと笑っている老人を見た。

 

「知っていらしたんですか、俺のこと」

「時々ニュース番組に出てるだろう。変装でもしたらどうだ」

 

 老人は、いたずらが成功した少年の顔をしていた。

 

「昨日話したとおりだ。彼を今日の討伐作戦に参加させてやれ」

「ちょっ」

 

 しかも、俺の意思を無視して勝手にそういう話になっていたらしい。

 

「昨夜も言いましたが、いくら元帥のご指示でも、外部の人間を急に作戦に組み込むのは……」

 

 当たり前だ。前々から計画していたならまだしも、昨日の今日でいきなり加わったって、指揮が乱れるだけだ。

 しかし老人は一歩も引かない。

 

「お前さん、ニュースを見る度言っていたじゃないか。『彼のような雷の魔術師がいてくれれば』って」

 

 雷を扱える魔術師は少ないという話は聞いたことがある。自然現象の中でもランダム性が高い現象を操り、任意の場所を狙うのが難しいからだ。

 

 現大将は苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らした。魔物討伐作戦が度々失敗し、元上司に相談、もとい愚痴をこぼしていたようだ。

 

「それとこれとは話が別です」

 

 だが、さすがに首を縦には振らない。

 頑張れ現大将。あなたの海軍としてのプライドに俺の安全が懸かっている。内心で必死に応援した。

 

 しかし。

 

「【瞬光】がいたらやってみたい作戦があるって、くだ巻いてただろう。やってみせろ」

「ですから、あれは酒の席の冗談で……!」

 

 思わず声が大きくなったが、老人は相変わらずの飄々とした態度を崩さず、畳みかけた。

 

「今日の作戦と、酒の席の冗談と、どっちが成功率が高そうだ? 前回と代わり映えのしない作戦で、全体の士気も下がっているんじゃないか?」

「……」

 

 黙らないでくれ、現大将。この老人は俺がリントヴルム元大将の血筋だというだけで贔屓しているだけだ。

 

 今度こそ前線には出ずに安全な場所にいたいという俺の念は通じず、最終的に現大将は頷いた。

 

「……わかりました。ひとまず今日のところは、実際の現場を見ていただくだけです」

「ああ、わかった。それでいいかい、タキさん」

「ええと……。はい」

 

 全く良くないが、断れる空気ではなかった。

 そして、

 

「あの! 俺も乗せてもらえませんか!?」

 

 俺の行くところにならどこにでもついてきたがるニコロは、案の定真っ直ぐに挙手した。

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