働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第44話 瞬光魔術師と海の魔物

「彼は?」

「ええと……。俺の部下です」

「首都警察警備部急襲部隊二班班長のニコロです! 階級は警部補、得意な魔術は火属性ですが大体何でもできます!」

 

『何でも』という大言壮語にも聞こえる言葉に、現大将はぴくりと眉を動かした。

 

「器用なのは確かです。万が一のことがあっても足手まといになることはないと思います」

 

 完全にアウェイの海上で、知己の人間がいるのは心強い。船に乗ることを免れないのならいっそのこと道連れだ。

 もちろんニコロは目を輝かせ、芸を褒めてやった犬の顔をしている。

 

 隣で老人も大きく頷いたものだから、現大将は頷くしかなかった。車内で話しただけの短時間で、この賑やかな若造に何を見出したのだろう。

 

「リントヴルム警視がそう言うのでしたら……」

 

 ――何だかこの人、妙な親近感を覚える。

 

 

 

 満足げな顔をした老人に見送られ、大将はタラップを先導しながらぽつりと呟いた。

 

「本日はあくまでも海軍の業務をご見学いただくだけですが、念のため情報を共有しておきます。私の独り言だと思って聞いてください」

 

 振り向くことなく続ける。

 

「……海の魔物は、漁船を足一本で簡単にへし折るほどの巨大なタコです」

「タコ? って、八本足の?」

 

 もちろん独り言なので、ニコロが紺色のジャケットを着た広い背中に聞き返しても頷いてはくれない。

 

「足まで含めると、この船と同等の大きさだと推定されます」

 

 タコという名前と存在は一応知っているが、俺も、そしておそらくニコロも、図鑑の写真でしか見たことがなかった。

 丸い頭と吸盤のある足を持つ、あまり好ましいとは言えない姿を思い浮かべる。

 ――身はコリコリとして美味しいらしいが、本当だろうか。

 

「初回の作戦では、銛や大砲による物理的な攻撃を行いました。が、弾力とぬめりのある強靱な外皮を持っていて、傷一つ付けられませんでした」

 

 船内に入っても、独り言は続いた。あまり広くない通路ですれ違う船員が、将軍に敬礼をした後、私服の俺とニコロが付いていくのを怪訝な顔で見送る。

 

「通常の武器では難しいということで一旦退却、翌日は魔術師部隊が出動し、傷を負わせて一旦追い返すことには成功しました。しかし翌日には同じエリアに戻ってきて、より攻撃的になりました」

「つまり、そのエリアを縄張りだと思っているわけですか」

 

 傷つけたことで、明確にこちらを敵だと認識したのだろう。ある程度知能がある魔物に違いない。

 

「その後数回の作戦で、火の魔術を嫌がることは確認できましたが……。何しろ、相手は水の中です。魔術を放つ前に潜られてしまい、有効打を与えることすらできない状況が続いています」

 

 それを聞いて、俺はちらりとニコロを見た。ニコロも何か考えている様子だ。

 

「しかし、勝機がないわけではありません。奴は雷の音を聞いた途端、即座に海底へ引き返していきました。海面にいると雷が落ちた時に危険だと知っているのでしょう」

 

 つまり、火以上に雷が有効な可能性が高い。

 ならば海軍の魔術師部隊が雷の魔術を使えばいいのではと思うが、海に潜られる前に発動できるスピードと威力は一朝一夕では身につかない。

 それで、俺みたいな魔術師が欲しいと言っていたわけか。

 

「じゃあ、しきか――じゃない、タキ先輩がいれば大丈夫っすね!」

「情報が少ない相手に慢心は良くない」

 

 ただでさえ海上という人間に不利な環境で戦うのだ。それに、魔ダコが他にも能力を隠しているかもしれない。

 

「本当に万が一だけど、いつでも出られるようにはしておけよ」

「はいっ」

 

 俺が窘めると、ニコロは即座に表情を引き締めた。大将はそれを見て、逆に少し表情を緩めた。

 ニコロは気付かず、暢気に首を傾げる。

 

「でも、なんで急に強力な魔物が出てきたんですかね」

「百年ほど前にも、同じく巨大な魔ダコによる被害があったという記録が残っています。周期的に目覚める同一個体か、同じ種族の別個体かまでは不明です」

「その時は、どうやって撃退したんでしょう」

「……何故か、海軍には討伐に関する記録が残っていないのです」

 

 ということは、海軍以外の誰かが討伐したのだろうか。

 

「リントヴルム警視の曾お祖父様が着任されるよりも前の話です。その間に本部の移転や改築もありましたから、その際に紛失した可能性もあります。――到着しました。こちらへどうぞ」

「わ、操舵室! 入っていいんですか?」

 

 窓に囲まれた部屋に招き入れられ、中央奥に見えた大きな円形の舵にニコロが小さく声を上げた。

 

「設備に関しては他言無用でお願いします」

「承知しました!」

 

 というわけで、部外者の俺たちはできる限り細かいところは見ないように、邪魔にならないように、そして注目されないように影を薄くしながら、出港を待った。

 

 

 

 やがて、出発の合図とともにゆっくりと船が動き出した。

 俺とニコロは揺れで転がらないよう床に固定された椅子に座り、少しずつ離れていく陸地を眺めるくらいしかできない。

 

「そういえば、ザラモールと協力して討伐することはできないんですかね?」

「魔ダコの縄張りが、こちらの水域内なんだろ。協力を要請するにはいろいろと縛りが多い」

 

 海にもそれぞれの国の取り分があり、互いの陸地から一定の距離までは許可なく他国の船が航行してはならない取り決めになっている。

 あちらも貿易にかなり影響が出ているだろうが、人や物に直接的な被害が出ていない以上、まだ積極的に首を突っ込む段階ではない。

 それに、こちらのプライドもある。魔物一匹に苦戦して他国の手を借りるなど、本当に最終手段にしたいはずだ。

 

「確かに俺たちだって、他署と協力するのは面倒ですもんねえ」

 

 首都内で起きた事件の被害者が他署の管轄の住民だった時や、犯人が遠方まで逃亡していた場合などには、もちろん地元警察と協力して捜査を行う。

 しかし『都会もんが偉そうに』とか、『七光りのボンボンが』とか、陰でいろいろ言われることは少なくない。

 

 国内でもそんな調子なのだから、国まで違ったら推して知るべしだ。

 

「だから、俺たちもできる限り大人しくしておこう」

「はい、できる限りっすね」

 

 ニコロはぐっと親指を立てた。言葉どおりの意味なのに、何か勘違いしている気がする。

 

 

 

 ――そして、その勘違いは現実になる。

 魔術による攻撃で大きなダメージを受けた魔ダコが興奮状態になり、なりふり構わず船を沈めにきたのだ。

 

「リントヴルム警視、ご助力願えますか!?」

 

 大きく揺れる船内で、近くの机に捕まりながら大将が叫んだ。

 言っているそばから気味の悪い巨大な吸盤が窓に張り付き、ミシミシと音を立てる。

 

「了解しました! ニコロ、来い!」

「はいっ!」

 

 投げるようにして渡された通信機を手に、場違いに嬉しそうな声を上げるニコロを連れ、倒れないように気をつけながら操舵室を出る。

 外側の通路に出た途端、また丸い吸盤のついた足がビタンと進路を遮った。

 

「蔓といい蛇といい、なんで俺の相手はうねうねした奴ばっかりなんだよ!」

 

 俺は思わず叫んでいた。そろそろ猫の尻尾でもトラウマになりそうだ。

 

「何の話です? って、くっさ! 気色悪!」

 

 ぬるついた海水の飛沫がかかり、ニコロも悲鳴を上げる。

 

「……早急になんとかするぞ。倒さなくてもいい、とにかく船から引き剥がすことが優先だ!」

「了解!」

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