働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第45話 瞬光魔術師VS魔ダコ

「先導します!」

「任せる」

 

 うねうねと蠢く足が襲ってくる度にニコロが盾で弾き、なんとかくぐり抜けて辿り着いた船首甲板は、惨憺たる状態だった。

 鉄製の床板は穴こそ空いていないもののあちこちが凹み、対抗するための砲台や機材、防護壁に至るまでボロボロに破壊されている。

 

 もちろん生身の人間などひとたまりもないので、一旦全員が屋内に退避していた。逃げ遅れて海に投げ出されている者もいるはずだ。

 甲板に現れた俺たちに気付いて、ブリッジに避難した部隊――装備を見るに恐らく魔術師部隊――が、おそるおそる顔を覗かせている。

 

「首都警察所属、リントヴルム警視です。要請に応じてただ今より作戦に参加します」

「同じくニコロです! うわっ!?」

 

 通信機で全体に呼びかけるのと同時に、船体が大きく揺れた。

 慌てて近くの手すりに掴まるが、これではまともに照準が定められない。船に慣れているはずの海の男たちが苦戦するわけだ。

 

「【瞬光魔術師】か! どこかで見た顔だと思ったら」

「雷の魔術師! いけるんじゃないか!?」

「陸専門が一人二人増えた程度でどう変わるっていうんだ」

『総員、可能な限り二人に協力するように!』

 

 ブリッジから聞こえてきた様々な感情の渦巻く声は、大将の命令で静かになった。

 

「ムー、起きろ。力を借りるかもしれない」

 

 俺はいくつか案を考えながら、寝ているままフードの中に放り込んできたムーを起こす。

 いくら朝早かったと言っても、よくこの騒ぎの中で寝ていられるものだ。強者の風格だろうか。

 

「……ムー?」

「何すかそれ。猫?」

 

 フードから顔を覗かせた白い毛玉を見て、ニコロがびくっと肩を震わせた。

 

「いざという時の切り札だよ。詳しいことは後で説明する」

 

 今はのんびりムーと出会った経緯を思い返している場合ではない。話している間にも、魔ダコは長い足を船に絡めて転覆させようと目論んでいる。

 

「下手に刺激すると海軍の二の舞ですよね。どうします?」

「雷を嫌うって言っても、知能があるならそう何度もは通用しないだろうな。チャンスは一度きり。特大のをぶつけるしかない」

 

 しかも魔術の発動をさとられてはいけないときた。どう考えても分が悪すぎる。

 

「つまり俺の仕事は、指揮官が一発かませるように、ぎりぎりまで注意を引きつける?」

 

 また呼び方が戻っているが、誰も聞いていないので放っておく。

 

「できるか?」

「やりますよ、やれっていうなら」

 

 頼もしい部下は、にやりと笑った。

 

「安全第一だ。無理はするな」

「了解!」

 

 水しぶきが雨のように降り注ぐ中、ニコロは前方に飛び出した。

 一撃で戦意を喪失させるには本体を叩きたいところだが、甲板の上からは相変わらず足しか確認できない。それを引きずり出すとなると。

 

「足が届かない場所から煽ればいいってことっすよね! 【炎弾(フラン・バレット)】!」

 

 ニコロは両手の平に出現した火の球を、見える限りの足目掛けて手当たり次第に投げつけ始めた。高密度に練られた炎弾は、水滴をものともしない。

 

 思惑どおり、苦手な炎の攻撃を受けた魔ダコは船を転覆させるために使っていた八本の足を全てニコロに向けた。

 

「ほら、こっちだぞー!」

 

 しかし本体が海中にある状態では正確な位置が掴めないようで、まとわりつくハエを振り払うように大ぶりに動かすばかりだ。調子に乗って精度が増しているニコロの炎弾を避けきれず、爛れた傷が増えていく。

 

「うおっ!」

 

 なりふり構わず暴れる魔ダコのせいで船がまた大きく揺れ、ニコロがよろけた。

 

「【(スクトゥム)】が使える方にお願いします。安定した足場が欲しいので、空中に箱を生成してもらえませんか」

『は、箱?』

「適当に間隔を空けて、できれば階段状に!」

 

 防御に使うための魔術で足場を作れという妙な要請に、様子を窺っていた魔術師部隊と思しき面々が戸惑っている。が、お互いに目配せした後すぐに従ってくれた。

 

「ありがとうございます、助かります!」

 

 逃げ場を得たニコロが、さっそく透明な箱に飛び乗り上空に駆け上がる。

 

「できるだけ高い位置に、あと二つ! この後は絶対に甲板に出ないでください!」

『了解!』

 

 高所から見下ろすニコロに足の先すら届かなくなったことで、いよいよ丸い頭が海上に姿を現した。

 

「よくやった、ニコロ!」

「光栄です!」

 

 ここまで引きずり出せれば外すことはない。俺もニコロの後を追って箱の上に登る。

 

「あっ! ダメです指揮官、何か来ます!」

 

 海に戻らないよう、引き続き炎弾を投げて誘き寄せていたニコロが叫んだ。魔ダコの頭が一回り大きく膨れ上がり、赤く光る。

 

「やっぱり魔術も使えたか! ムー、頼む!」

「ムー!」

 

 精霊は魔力に敏感だ。状況を把握しているかはさておき、こちらに攻撃が向かってくることを察知して毛を逆立て、俺の肩から頭にぴょんと移動した。

 

「その子戦えるんですか!?」

「言っただろ、切り札だって」

 

 次の瞬間、ズドンという爆音とともに黒ずんだ巨大な水の球が撃ち出された。

 

「ムー!!」

 

 対抗するようにムーが高く鳴く。小さな身体から発された眩い光が水の球を飲み込み、一瞬で掻き消した。

 

「眩しっ!!」

「全員、耳を塞いで!」

『りょ、了解!』

 

 人間でも魔物でも、大規模な攻撃の後は必ず隙ができる。今しかない。

 

「【雷砲(トニト・カンノーネス)】!」

 

 俺は最速で出せる最大出力の雷を、しぼんだ頭目がけて撃ち出した。先ほどの爆音よりもさらに大きい地響きのような音が船を揺らす。

 

「……作戦成功ですか?」

 

 ニコロがそろりと耳から手を外した。

 

「……たぶん」

 

 透明な箱の上から覗き込むと、魔ダコは直撃した頭部に焼け焦げた跡を作り、長い足を何度か大きく痙攣させた後、動かなくなった。

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