魔ダコの死骸は魔術師部隊によって速やかに凍結され、陸地に運ばれることになった。
「……あなたならできるかもしれないとは思っていましたが、本当にこんなに早く討伐してしまわれるとは。海軍はもとより、コンテルスカのいち住民としてもお礼を申し上げます」
大将は、周囲の目も憚らず深々と頭を下げた。
「いえ、かなり強引なやり方でしたし、褒められるようなものでは」
ニコロの性能を知っていたから囮を任せたが、本来なら部下一人を危険に晒すようなことはするべきではない。何よりムーがいなかったらこんな無謀な作戦は立てなかった。
「俺は美味しいとこ取りをしただけです。きっと遅かれ早かれ討伐できていたと思いますよ」
【盾】の練度が高い魔術師部隊がいたことも大きな勝因だ。急襲部隊でも、急にあんな注文をつけたらニコロくらいしか対応できないと思う。揺れる船の上ならなおさらだ。
「そう言ってくださると、我々の面目が立ちます」
大将は力なく笑った。
「ところであれ、どうするんですか?」
暢気なニコロが、網を被せられて甲板に固定されている大ダコを指さし訊ねる。
「解体して、一部は研究のために軍の施設に運ばれます」
「残りは?」
「港で焼却処分になるかと」
それを聞いて、俺は少し考えた。
「? どうかしましたか?」
「いえ、その……。余った部分って、食べられないのかと思って」
「はい?」
***
「さすが【瞬光】、戻ってくるのも早かったな」
陸で待っていた老人は、にやにやと笑っていた。
「あれが例の魔物か。……あいつらは何をしとるんだ」
軍人たちは、船から下ろした魔ダコをせっせと解体していた。魔術師部隊が作った氷の板の上で、温度が上がらないようにしながら足をぶつ切りにしている。
生きている時は物理的な攻撃を受け付けなかったらしいが、それも強化魔術のようなものだったのだろう。
別の班はテントの下で小さな丸い窪みがたくさんある鉄板を設置しており、また別の班は小麦粉と透明な液体を混ぜ合わせていた。
「焼却処分する予定だった部位を使って、タコヤキっていうのを振る舞ってくれるそうです」
コンテルスカでは食用にされるというタコを味わってみたくて提案したら、いつの間にかタコヤキパーティーなるものを盛大にやることになってしまった。
ついでに街の人々に魔ダコが討伐されたことを周知して安心してもらおうということらしい。巨大魔ダコの身に毒性がないことは、戻ってくる間の船上で確認済みだ。
「そいつはいい。前日祭にうってつけだ」
老人は声を上げて笑った。
「どう見ても美味しそうには見えないっすけど、ホントに食べられるんですかね……」
気味の悪い足と間近でやりあったニコロは、まだ少し抵抗があるようだった。
「本で読んだことがある。『魚介は見た目が悪いほど美味い』って」
「どんな本すか」
「まあ、百聞は一見に如かずってやつだ」
今回のような巨大なサイズはもちろん例外だが、魔ダコ自体は普段からコンテルスカ近海に生息していて、専用の漁具で食用として捕獲されるらしい。ということは、やはり味は悪くないのだろう。
やがて、『タコパ』が行われるという噂を聞きつけた市民たちが、港に続々と集まってきた。
「元帥さん! 例の怪物ダコが食えるって本当?」
「ああ、そうらしい」
「全部タコヤキにするってのも芸がないな。分けてもらえるなら隣で汁物でも出すんだが」
「聞いてみろ。私の名前を出して構わんよ」
「さすが元帥さん」
料理人と思しき男性が、解体中の集団の元へ走っていく。どうやら老人は街の人たちから慕われているようだ。
やがて手持ち無沙汰になった俺とニコロは、タコヤキを作っているところを見せてもらうことにした。
料理担当の隊員は鉄板の窪みの中に油を引き、生地を流し込むと、一口大に切り分けられた白い身をぽいぽいと投げ入れていく。
「慣れてるんですね」
「結構、家でも作るんですよ」
自宅にこの奇妙な鉄板を常備しているということだろうか。
他にもいくつか具材を入れ、更に生地を足して少し焼いたと思ったら、細い串で生地をくるくるとひっくり返しはじめた。
「おお」
焼き目のついた丸い球体が次々現れ、見ているだけでも面白い。
そして焼き上がったタコヤキを串で器用に持ち上げて皿に盛り、濃い色のソースとマヨネーズ、それから魚の干物を粉にしたパウダーをかけてくれた。
「功労者ですから、一番にどうぞ。熱いので気をつけて」
「ありがとうございます」
ソースの匂いはグラニスで食べた鉄板焼きに似ていた。ということはこれも迂闊に口に放り込むと火傷するやつだと勘付いて、少し吹いて冷ますことにする。
「いただきます!」
ニコロは最初こそ訝しんでいたものの、良い匂いにつられて具材の元の姿は忘れたらしい。もらった竹串で豪快に突き刺し、一口でいった。
「あっつ!」
案の定火傷していた。気をつけろと言ってくれたのに聞かなかったのが悪い。俺は横目に見ながらそろりと口に運ぶ。
「美味しい。食感も面白くて」
外側は揚げ焼きでカリカリ、中はとろっとしていて、その中に弾力のある感触があった。タコは加熱するとこうなるのか。
「確かに美味いっす! ソースが濃いめなのがいい! タコ以外の具でも良さそう!」
ようやく味を感じられるようになったニコロも気に入ったようだ。
「良かったら、ご自分で作ってみませんか?」
「じゃあ、せっかくなので」
「俺もやりたいです!」
そしてひっくり返し方のコツを教わりながらおそるおそるタコヤキ作りに挑戦していたら、すっかり存在を忘れていた声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん!」
「うわ、ネネ」
顔を上げると、今日もしっかりハーフツインが決まっている我が妹が、腰に手を当ててこちらを睨んでいる。
「うわって何! また何かやらかしたんでしょ!」
「ちょっと軍に協力しただけだ。よくここにいるのがわかったな……」
「何年妹やってると思ってるの? 街中でお兄ちゃんを探すときは、変な風に人が集まってるところに行けばいいんだよ?」
嫌な探し方をするな。
「昨日からなんか怪しいとは思ってたけどさあ」
「もう解決したんだから、怒るなって。ほら、タコヤキ」
「……ありがと」
まだぶつぶつ言っている目の前にできたてを差し出すと、口を尖らせながらも素直に受け取った。
「タキ先輩の、妹さん……? 旅行って、お一人じゃなかったんですか?」
俺に続いてタコヤキ作りに挑戦しようとしていたニコロが、ひっくり返す用の鉄串を握ったまま俺とネネの顔を交互に見て、目を丸くしている。
「こんにちは。ええと……?」
「は、はじめまして! 首都警察警備部、急襲部隊のニコロと申します!」
「ああ、お兄ちゃんの部隊の人ですか。はじめまして、ネネです。いつも兄がお世話になってます」
二人はお互いに猫を被りながら、たどたどしく挨拶を交わした。
「そんな、俺が一方的に世話になりっぱなしで!」
いや、ニコロが妙に緊張しているような。
「お兄ちゃん、仕事のことあんまり話してくれないんです。良かったらいろいろ聞かせてください」
「はい! 俺でよければ」
でれでれした笑顔から、微かな下心を感じ取った。
「ニコロ」
「はい! 申し訳ございません!」
まだ何も言ってない。