コンテルスカにとって、漁業の再開は急務だ。
そのためタコヤキパーティーが開催されている裏で、軍によって速やかに海域の調査が行われていた。
幸いにも魔ダコは群れを作るタイプの魔物ではないので、討伐後の影響は少ない。
安全が確認できたエリアから順次漁を解禁し、念のためしばらくは軍が巡回するという対応力で、明日には主要な漁場でまた魚が捕れるようにすると大将が言っていた。
「つまり、今日はもう海鮮盛り合わせが食べられるってことだ」
「ムー……?」
朝からいそいそと外出の支度をしていたら、ムーは『また早起きか』と言いたげに目をしぱしぱと瞬かせながら見上げてきた。光の精霊のくせに、朝日とともに起きる習慣はないらしい。
「あ、指揮官おはようございます!」
「なんでもう起きてる」
ホテルのラウンジを通りかかったら、ニコロが一人掛けのソファから元気に立ち上がった。
「『タコパ』が終わった後すぐ寝たら、思ったより早く目が覚めちゃったんですよ!」
そういえばこいつ、徹夜で車を運転してきたんだった。常にテンションが高いのですっかり忘れていた。
「それで暇なんで、朝のニュースでも見ようかなーって」
ラウンジには大型のテレビが置いてあり、宿泊者は自由に見ていいことになっている。人の多い時間帯なら既に流れていた番組を一緒に見るしかないが、他の客がいないこの時間なら適当にザッピングしても文句は言われない。
『――先日からコンテルスカ沖に出現していた大型の魔物が討伐されました。海軍によると、そう遠くないうちにザラモールとの交易も回復するとのことで――』
「やっぱり。ちょうど魔ダコのこと言ってます」
言っているそばから、画面に昨日のタコヤキパーティーの様子が映った。一晩経って、全国ニュースとして取り上げられているらしい。
『毎年恒例のソリオン祭も無事に開催できることになり、現地では住民たちから安堵と喜びの声が上がっています』
タコヤキや汁物を片手に笑顔でインタビューに応じる老若男女が映り、奥には例のタコヤキ専用鉄板が映っている。
そして賑わいを伝えるためか、会場を見渡すように視点がぐるりと移動した時だった。
「あ」
「あっ」
俺とニコロ、ネネ、そしてネネの護衛たちが端の方に集まってタコヤキを頬張っているところが、はっきりと映っていた。『若者や観光客も魔ダコ料理に舌鼓』などと見出しが入っている。
「ヤバいっすね……」
「ヤバいな……」
しかし流れてしまったものは仕方がない。俺は思わず、高い天井に吊された煌びやかな照明を見上げた。
それから一時間ほど経った頃。ソファに腰かけて今までの経緯を説明していたところで、予想どおりニコロが持っていた携帯通信機の呼び出し音が鳴った。
食事を邪魔されたら最悪なので、待ち構えていたら案の定だ。
「は、はい、警備部のニコロです……」
ニコロがおそるおそる応答する。
「はい、はい。はい……」
すぐに観念した顔でそっと俺に通信機を差し出した。相手が誰なのかはわかっている。何も聞かずに受け取り、事務的に応答した。
「……代わりました。リントヴルムです」
『コンテルスカにいるのか』
しばらくぶりに聞く父の声だった。世間話どころか久しぶりの一言もなく、いきなり本題から入るのは毎度のことだ。残念ながら俺のせっかちは父譲りだった。
「ええ」
『仕事はどうした』
「もちろん休暇をもらっています。部長から聞いていませんか?」
この通信機は警備部の備品だ。防犯と機密保持の都合上、登録されていない信号は受け取らない設定になっている。つまり父は今、警備部の機材を使っているはずだ。
そして総監の対応なんて重要なことを部下に任せるわけにはいかないから、間違いなく隣に部長がいる。
思ったとおり、一瞬間があった。父が部長を睨んだのだろう。
『……休暇はいつ終わるんだ』
「決めていません。まずはひと月、足りなければ延長しても構わないと言われていますから」
全ての責任を部長になすりつけることを忘れない。部下の管理は上司の仕事だ。
『どうして先に連絡をしなかった』
「休暇を取っただけなのに、どうして連絡をする必要が? 表彰された時でさえ『いちいち報告するな』と仰ったのに」
せっかくなので、遠方にいるのをいいことに煽り倒すことにした。
幼い頃は絶対に逆らってはいけないと思っていた父だが、一度吹っ切れてしまうとどうして怖がっていたのかわからない。
『……』
「ああ、もしかしてネネが心配ですか? 言っておきますが、俺が誘ったわけではありません。『警察の偉い人たち』に言われて俺を探しにきたそうですから、叱らないであげてください」
また沈黙があった。そろそろ病み上がりの部長が失神していそうだ。今のうちにと畳みかける。
「ネネは、先ほど出たニコロに連れて帰らせるので安心してください。お忙しい父上の時間をつまらないことで消費するわけにはいきませんので、この辺りで失礼します。それでは」
まだ何か言っている声がしたが、無視して通話を終了した。ついでに通信機をオフにしてニコロに投げ返す。
「……いいんですか?」
「帰るまで起動するなよ。俺の命令でやったって言っていい」
「はい……」
ニコロはしばし俺と通信機を交互に見ていたが、やがて思いついた顔でいそいそと鞄の奥に仕舞った。
たぶん、何か聞かれたら『仕舞い込みすぎていて気付かなかった』とでも言うつもりだ。俺を庇う必要はないのに。
「さて、今度こそ海鮮盛り合わせだ。ニコロも来るか?」
「もちろんです!」
気が滅入った時は美味しいものに限る。気を取り直し、ソファから立ち上がった。
先日も行った海鮮料理の店は、店頭から例の張り紙が消えていた。
「あら、おはようございます!」
「おはようございます。海鮮盛り合わせ、ありますか?」
女性店員は晴れやかな顔で頷く。
「ありますよ! 今朝、うちの人がとってきたばっかりです!」
今日は他にもぱらぱらと客がいて、いずれのテーブルにも皿に盛られた魚の切り身があった。
「ホントに生で食べられるんすねえ」
「あの、お酒もお願いします」
他の客の席に見慣れない陶器のボトルがあるのを見て、試しに頼んでみることにした。
「しきか……タキ先輩、酒飲むんですか? しかもこんな朝っぱらから?」
確かに今までの俺からは考えられないかもしれないが、ネネと同じ反応をするな。前回の会話も聞いていた女性店員が小さく吹き出した。
「ニコロも今日は運転しないだろ。奢るよ」
「マジすか! やったー!」
ほどなくして、薄く切った紅白の切り身が美しく盛られた皿と、米からできているというザラモール産の酒が運ばれてきた。
「へえ、香りがいい」
無色透明な酒は、小さな茶碗のような酒器で飲むらしい。一見すると水にも見えるのに、口元に持っていくとふわりと甘い匂いがした。
「俺、これ好きです!」
さっそく口を付けたニコロが、パッと顔を明るくした。味わうように唇を舐める。
「気に入ったんでしたら、お向かいの酒屋さんでも売ってますよ。お土産にいかがですか?」
「いいこと聞きました! 姉御にも買って帰ろっと」
「思ったより度数がありそうだ。渡す時に飲み過ぎないように言えよ」
一応忠告しつつ、俺はメインディッシュの海鮮盛り合わせに箸を伸ばした。
「言っても無駄ですよ。何でも水みたいに飲んじゃうんだから、あの人」
「それって、安酒でいいんじゃないか?」
味わうという楽しみ方を知らないサリには、首都でも買える大量生産品でじゅうぶんな気がする。
「確かに……」
ニコロもハッと真顔になった。