あまりにも急に次の予定が決まったので、ホテルに帰る前に本屋に寄り、慌ててザラモール関連の書籍を探すことになった。
「本当はもっと下調べしてから行くつもりだったのに」
「指揮官、結構行き当たりばったりなんすね?」
「今頃気付いたか」
ガイドブックをぱらぱらとめくりながら適当に答える。ニコロの中で俺の評価が高すぎるので、少し下がるくらいでちょうどいい。
「でもせめて、治安のいい地域と美味い料理にありつけるところくらいは調べておかないとな」
すると、隣で別の旅行誌をめくっていたネネが顔を上げた。
「そういえば、ザラモールは麺料理が名物って友達が言ってたよ」
「例の箸の?」
「そう、お箸の」
箸の使い方を伝授したという留学生か。現地民の言うことなら信憑性が高い。
「確か『ラーメン』? 東の方に、スープがすっごい美味しくて有名なお店があるんだって」
首都にもザラモール料理を出す店はいくつかあり、ラーメンの文字も見たことがある。しかしいずれも大衆食堂的な雰囲気で、中に入ったことはない。
「ラーメンか……」
神を探すなんて仰々しい目的を掲げるよりも、一杯のラーメンのためにザラモールを横断する方が、馬鹿馬鹿しくて楽しそうだ。
「東ならエンブリオンもある。よし、まずはそこを目標にしよう」
気が進まないことばかりだったが、一つ良い目的ができた。
***
本当に大丈夫なのだろうかとぎりぎりまで心配していたが、今回は何の事件も起きずスムーズに出国できることになった。
ザラモールに向かう船の前には、ネネとニコロ、元帥、そして現大将まで見送りに来てくれた。
「もう、ホントに少しもじっとしてないんだから」
ネネは改めて呆れている。後ろに控える護衛の二人も、今回ばかりは図鑑で見た味わい深い顔のキツネのような目で見てきた。
「それじゃ、ニコロ。ネネたちのことは任せた」
「はい! 命に替えても無事にご実家まで送り届けます!」
「重い」
敬礼する手首を掴んで下ろさせた。
「そんなに気合い入れなくても大丈夫ですよ、ニコロさん。お兄ちゃんほどじゃないですけど、二人も結構やるんですから」
ネネはニコロの冗談だと思ったようで、くすくすと笑っている。
「そうですよね、リントヴルム家の護衛ですもんね?」
「それよりも、お兄ちゃんのかわりに帰り道の話し相手になってくれると嬉しいです」
「かわりが務まるかわかりませんが、喜んで!」
二人の間には何やら気安い雰囲気が流れていて、別の意味で心配になった。しかし今更ザラモール行きを取りやめるわけにはいかない。
「リントヴルムさん、そろそろ出港の時間です!」
「はい!」
ニコロに変な気を起こさないよう言い含めようとしたら、これから世話になる船の乗組員に船上から呼ばれた。
「……気をつけてね、お兄ちゃん」
「うん、そっちも」
「ご武運を!」
「まあ、お前さんなら大丈夫さ」
口々に別れの挨拶を交わして、踵を返す背中にネネが声をかけた。
「ムーちゃんも、またね!」
「ムー!」
毛玉はフードの中から返事をした。
頼もしい相棒がいるおかげか、船上から陸で手を振る小さな人影を見ても、思ったより心細くはない。
「せっかくの休暇なんだ、楽しく行こう」
「ムー」
笑って手を振り返すと、ネネとニコロが一際大きく両手を振ったのが見えた。
ほどなくして出港のサイレンが鳴り響き、船はゆっくりと動き出す。
「ザラモールには、お前も食べられるラーメンがあるといいな」
「ムー!」
平穏を取り戻した水面は、初夏の太陽を映してきらきらと輝いていた。
ここまでお付き合いありがとうございます。一部完です。
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