思ったとおり、男はこの港町を根城にするスリの常習犯だった。
「なるほど、ファルシェンからの商船に乗っていらしたのですか」
「ええ、護衛として雇われています」
「道理で腕が立つわけだ。あの男、なかなか狡猾でね。証拠がなくて現行犯でないと捕まえられないものだから、苦労していたんですよ。本当にありがとうございました」
「お役に立てて何よりです」
どこの国でも事情聴取は長い。どうにか終わった頃には日が傾いていたので、警察から商会に連絡を入れてもらった。
そしてちょうど約束の時間になる頃、商会長が俺を迎えにきた。
「話には聞いていましたが、さっそく目の当たりにすることになるとは」
「すみません、ご心配をおかけしました」
面倒事には関わらないようにしようと思っていても、気付いてしまったら見て見ぬ振りはできない。こういう性格だから、サリから『苦労性』と言われるのだ。
「良いことをしたのですから、謝ることはありませんよ」
「恐縮です」
商会長は大きな身体を揺らして笑い飛ばしてくれた。
今日捕まったスリを追っていたという私服の捜査員からも改めて礼を言われ、ようやく警察署を出ようとしたところで、制服を着た若い警官が走ってきた。
「良かった、まだいらっしゃった! すみません、タキ・リントヴルムさんですよね?」
「はい、そうですが……」
何事だろうかと首を傾げながら挙手する。
「ファルシェン首都警察のサリさんという方から、国際通話が来ています。お知り合いですか?」
「サリから? すみません、少し話させてください」
商会長を更に待たせてしまうのは心苦しかったが、取り次いでもらった。
『ハーイ、二段アイスが似合うお兄ちゃん。海を越えた先でもさっそく暴れてるみたいじゃないの』
「どうして俺が警察署にいるのを知ってるんだ」
相変わらずの軽薄な喋り方は、名乗らずとも本人だとすぐにわかる。
『元々、船は今日くらいに着くだろうって話だったじゃん。そんで、そっちのニュース調べてたら、スリの常習犯が観光客のお手柄で捕まったっていう速報が出てたから、これはやったなと思ってさあ』
「俺が事件を起こしたみたいに言うな」
『ネネちゃんも心配してたよ? お父上は相変わらずだったけど』
その言い方から察するに、ネネとニコロは無事に帰り着いて、サリと話しをしたようだ。
アイスのことを言っていたということは、あの腑抜けた顔の写真も見られたに違いない。見せるなと言っておくべきだった。
「それで。何かわかったから連絡してきたんじゃないのか」
『せっかちも治らないね』
業務外のことを調べてくれているのだからと話に付き合ってやっていたら、調子に乗りやがって。
「人を待たせてるんだ」
大げさにため息をついてみせると、ようやく本題に入ってくれた。
『はいはい。最近の出国記録を調べたら、前に言ってた古代魔術研究者のうち、ディーターがザラモールに向かったことがわかった。ひと月くらい前』
ディーターというと、学校を卒業してすぐに消えたという男だ。
「偶然だと思いたいな……」
また俺の動向に合わせたような移動をしているのが気になる。しかしサリは、俺の気持ちなどお構いなしに続けた。
『それから、やっぱり署内にもグロリアス教団の教徒がいたよ。って言っても、今年巡査になったばかりの新卒だ。調べたら、大学在学中に突然魔術の才能を現したらしい。おかげですぐにわかった』
「その新卒の処遇は?」
『監視はつけてるけど、今のところは何も。リントヴルム警視が長期休暇をとってることなんて、管内の人間なら誰でも知ってることだし』
それもどうなんだ。イメージキャラクターなんてやらされていたから、急に姿を見せなくなったら話題になるのかもしれないが、もう少し情報統制をしてほしい。
『ああ、それともう一つ。これは余談なんだけど』
「何だ」
まだあるのかと半ば投げやりに聞き返したら、これが一番の衝撃だった。
『ウチ、昔エンブラ教だったみたい。タキがエンブラ神に目を付けられたの、私のせいだったりして!』
「知りたくなかった……」
学生時代から俺を度々悩ませてきたトラブルメーカーは、あっはっはと明るく笑った。
サリのせいだというのが冗談に思えない。こいつにもエンブラ神の何かが付いてるんじゃないだろうか。
***
商会長に案内されたのは、街の中心部にある一際背の高い建物だった。
「赴きのあるお店ですね」
屋根の端が天に向かって少し反った楼閣は、内装まで豪華な細工が施されている。
それらは木枠と紙で作られた柔らかい灯りによって幻想的に照らされていた。
「この辺りで一番の老舗なんですよ。最上階を予約してあります」
聞いた話では、この店も商会の取引先の一つらしい。
「最上階って、どうやって登るんです?」
外観を見た限り、階段で上るのは骨が折れそうな高さだった。俺でもちょっと遠慮したいのに、ふくよかな商会長は途中で倒れてしまうのでは。
と思ったら、
「面白いものがあるんですよ」
と言って、更に奥を手で示した。ザラモールの伝統衣装を着た女性が優雅に一礼し、背後の扉をそっと開けた。
「もしかして、エレベーターですか」
「ええ、そうなんです」
内装に合わせた引き戸の奥に今度は鉄格子の引き戸が現れ、その向こうに小さな部屋があった。
「古そうに見えるのに、意外と近代的だな……」
俺と商会長が乗り込んだのを見計らって案内係の女性も乗り込み、壁に付いた最上階のボタンを押した。独特の浮遊感の中、商会長は面白そうに笑う。
「実際、古いのです。以前は人力で持ち上げていたんですよ」
「ええっ!?」
上から吊っているワイヤーを巻き上げて、客が乗り込んだ箱を上下させる仕組みは現代のものと同じだが、最近までその巻き上げを人間の手でやっていたらしい。
そこに商会長がファルシェンの技術を売り込んで、いかに経費が削減できるかということをプレゼンし、改修したのだとか。
感心している間にエレベーターは最上階に着き、落ち着いた照明の中を進むと、商会長が予約した部屋があった。
中ではテーブルクロスの掛かった長い机を囲んで、商会の主要なメンバーが揃っていた。
「お、主役のご到着だ」
「さすが、【瞬光魔術師】は国外に出ても健在だなあ」
部屋に入るなり、口々にからかわれる。船旅の間に、彼らともずいぶん打ち解けた。
「タキさんの席は、ここですよ」
商会長の息子のエリックが、率先して椅子を引いてくれた。彼にもこの一週間ですっかり懐かれて、焦げ茶の目を妙にきらきらとさせながら俺の話を聞きにくるようになった。
「見たかったなー、スリを取り押さえるとこ。ボクもタキさんに付いていけばよかった」
「詳しい話、聞かせてくださいよ」
「今までの事件のことも聞きたいなあ」
座った途端に他の面々まで面白がって身を乗り出す。
「まあまあ、タキさんも疲れているだろうから。話は食べながらにしましょう」
商会長も笑いながら席に着き、ようやく本日のメインイベントが始まった。