働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第53話 瞬光魔術師と会食

 一際豪華な調度品があしらわれた個室は、外の景色が楽しめるよう窓が大きく取られている。

 階下では、軒先に連なる丸い提灯に照らされて街が赤く輝いていた。真っ黒に塗りつぶされた海には月が映り、漁火がぽつぽつと浮かんでいるのが見える。

 

「綺麗でしょう?」

「ええ、とても」

 

 昼間に歩いた街並みも独特で面白かったが、同じ場所には思えない。改めて異国に来たことを実感した。

 

「ムー」

 

 ムーは俺の肩から窓枠に移って、下を覗き込んだ。こんな風に、積極的に飛び出すのは珍しい。

 

「ムーさんもお気に召しましたか」

「ムー!」

 

 一度振り向いて商会長に返事をして、また外に視線を戻す。相当気に入ったようだ。

 

「この町は、ここから見るのが一番なんです」

「本当に。この景色を見ると、また無事にザラモールに来られたんだって実感するよね」

 

 エリックも、しみじみと頷いた。

 まだやっと成人したばかりだが、幼い頃から商会を手伝っていて、いずれ跡を継ぐために修業中なのだそうだ。

 

「……やっぱり大変ですか、貿易って」

「ええ、まあ。でも、昔に比べればずいぶん良くなりました」

 

 暖かみのある赤い街を眺めながら、商会長はゆっくりと頷いた。

 

 船の性能と航海技術の発達によって、二国の行き来は以前よりずっと早く、そして安全になったらしい。

 それでも何日も掛けて海を渡るのは、危険であることに変わりない。

 彼らはあらゆる手を尽くし、験を担ぎ、神に祈って、どうにか今日まで商売を続けてきたのだ。

 

「無事に着いたお祝いとして、毎回初日の夜は豪華にやるんです。今日はタキさんへの改めてのお礼も兼ねていますから、何でも遠慮なく食べてください」

 

 そう言うと、商会長は出入り口のドアに向かって手を叩いた。

 

 途端に扉が大きく開き、大皿を持った店員がぞろぞろと入ってくる。

 ファルシェンではこういった高級そうな店だと一皿ずつ料理が運ばれてくるものだが、ザラモールでは裕福さ、豪華さの演出として、机いっぱいに並べるものらしい。

 

 ガイドブックで見た丸い竹枠の蒸し器、何の肉かわからない骨付き肉、同じく具材の正体がわからない黄金色に輝くスープなど、見たことがない料理が目の前に並べられていくのを、俺は呆気に取られて眺めるしかなかった。

 

 料理が揃ったところでまずは乾杯して、賑やかな会食が始まる。

 

「あの、ザラモールのテーブルマナーには詳しくないんですが」

「どのように食べても構いませんよ。どうせ我々しか見ていません」

「食べ方がわからないものがあったら聞いてください」

 

 スープや小鉢以外は、基本的に大皿から取り分けて食べるのだそうだ。エリックは、どうやら俺の補助をするために隣に座ってくれたらしい。

 

「食べ方もですが、まず材料が知りたいです」

 

 パッと見て正体がわかるのは真っ赤に茹で上がった蟹や丸ごと煮付けにされている魚くらいで、後は濃い色のソースで煮込まれていたり小さく刻まれていたりして、味の想像すらつかないものが多い。

 

「どれが気になりますか?」

「ええと……。これは? 魔獣の肉に見えます」

 

 まずは、俺からほど近いところに並べられた照り焼きを差した。食べやすいサイズに切り分けられた姿は、鶏肉に見える。

 しかし、今までに食べた魔物食と同じで微かに魔力を纏っている気がした。

 

「鋭いですね! これはコカトリスの肉です」

「コカトリス!?」

 

 鶏の身体と蛇の尻尾を持ち、強力な毒を持つ凶暴な魔獣――という、図鑑の説明が脳裏をよぎった。

 

「大丈夫ですよ。毒があるのは尾の部分だけで、料理には使われていないので」

 

 エリックは説明しながらひょいと俺の皿に取り分け、商会長や他の商会員の皿にも何でもなさそうに配る。

 

「ここの名物料理なんです。注文があってから狩りに行くとかで、三日以上前に予約しないと食べられないんですよ」

 

 彼らの様子を見るに、本当に害はないらしい。それどころか、目の前の肉に目を輝かせている。

 

「ザラモールに来たら、これを食べないと始まりません」

 

 商会長はうきうきと一口大に切り分け、率先して口に運んだ。噛んだ瞬間、元々柔和な顔が更に綻ぶ。

 それを見て、俺も恐る恐る同じように切り分けた。

 

「これをつけて食べてみてください」

 

 すかさずエリックが、小皿に入った赤茶色のタレをそっと寄せてくれた。至れり尽くせりだ。

 ここまでしてもらって、怖じ気づくわけにはいかない。俺は言われるがままにタレをかけ、意を決して口に入れた。

 

「! ……美味しい」

 

 まず最初に、パリパリに焼かれた皮の食感と香ばしさが来た。それからタレの絶妙な甘辛さが、内側の柔らかい肉から溢れる肉汁と絡む。

 

「お口に合いましたか」

「はい、食欲が増す味です」

「こうやって、包んで食べるのもいいですよ」

 

 別の皿に並べられていた薄いクレープのような生地を取ったエリックは、先ほど勧めてきた赤茶色のタレを塗ると、肉とネギを包んでかぶりついた。

 俺もさっそく見よう見まねで同じように包み、頬張ってみる。ネギの食感と風味が良いアクセントになって、確かに美味しい。

 

 ついいつものように大きめの一口で食べたらすぐになくなってしまい、二つ目を作ろうとしたら、他の面々が俺を温かい目で見ていることに気付いた。

 俺が何か食べているのを見た人たちが、時々同じような顔をするのは何なんだ。

 

 なんとなく恥ずかしくなって、わざと咳払いをして話題を変える。

 

「しかし、わざわざ食べるために狩りに行くなんて。ザラモールって、魔物食が一般的なんですか?」

 

 市井で食べられているだけならまだしも、高級料理として出てくるというのはファルシェンではまず聞かない。

 

「南大陸は、北大陸よりも魔物が多いですからね。古くから、身近な食材なんだそうです」

 

 それは聞いたことがある。図鑑でしか見たことがない大型の凶暴な魔物は、大抵南大陸が生息地だった。

 

「お昼は、肉のあんが入ったパンを食べたんじゃないですか? あれも確か、ブラストホッグの肉ですよ。家畜化されてるんです」

「えっ!? わからなかった……」

 

 魔力は感じなかったのに。家畜化されると野生の個体よりも魔力が少なくなるとか、そういう現象があったりするのだろうか。

 

「コカトリスは、時の皇帝が討ち取ったものを家臣に調理させてみたら意外と美味しかったとかなんとか、そんな逸話が発祥だと聞きました」

「豪快な皇帝だったんですね……」

 

 討伐した魔獣の肉を食べるのは、昔の方がよくやっていたというのは聞いたことがある。

 しかし皇帝がそんな野性的な食事をするものだろうか。

 

「案外、タキさんみたいな人だったのかもしれませんよ」

「俺ですか?」

 

 いくら食い意地が張っていても、さすがに毒がある魔獣を食べてみようとは思わないが、と抗議しようとしたら、

 

「だって、討ち取った魔ダコで『タコパ』を提案したの、タキさんだったんでしょう? 広く知らせて、皆さんを安心させるために」

 

 あろうことか、いい感じのエピソードの一つにされてしまっていた。俺は慌てて手を振り否定した。

 

「パーティーまでは提案していません! 食べられると聞いたことがあったので、どんな味なのかちょっと気になっただけで!」

 

 あれは将軍と元帥の仕業だ。俺は一切れ分けてもらって、持ち込みの食材を調理してくれる店でも探そうとか、さもしいことを考えていただけなのに。

 

「そうなんですか? まあ、事実って案外、そういうものかもしれません」

「皇帝の伝説が、そういう軽い気持ちが大事になってしまったパターンだったらちょっと嫌ですね……」

 

 ネネが言っていた『お兄ちゃんも言い伝えになってたりして』という言葉が現実味を帯びてきて、俺は変な汗を掻く羽目になった。




3月25日発売の書籍についての情報やカバーイラストが公開されています。
最新情報はオーバーラップさんのページでご確認ください。
近々、特典が付く書店さんについても公開されるはずです。
https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824015662&vid=&cat=NVL&swrd=

イラストレーターさんはWEB投稿中から読んでくださっていたという東上文さんです!

発売日が近づいてきました!引き続きよろしくお願いいたします。
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