それから、ザラモール特有の文化や今回の貿易で持ち込んだ商品のことを聞いているうちに、外の景色を堪能したムーが俺の席に戻ってきた。膝から腕を伝い、肩に登る。
「満足したか?」
「ムー」
机の上はムーが通る隙間もないくらいぎっしりと料理が載っているので、何か取って寄越せと言っているようだ。
「すみません、野菜を少しもらえますか」
「はい」
エリックの向こうにあったサラダを小さな器に取り分けてもらい、ムーを机の端に下ろす。
「ムー……」
葉物だけでなくトマトやニンジンも盛ってもらったため、まずどれから行くか迷っているように見えた。
「ムー?」
そしてエリックを見上げる。
「おすすめはどれかって聞いてますね」
「タキさん、ムーさんの言葉がわかるんですか? 契約すると通じるようになるとか?」
「いえ、何を喋ってるかはわかりません。鳴き方と仕草で、なんとなく理解できるっていうか……」
ムーは時々俺の真似をしている気がする。おすすめを聞くのも俺がよくやるので、覚えた可能性は高い。
「なるほど……。でしたら、夏が旬の枝豆なんてどうです?」
エリックは感心しながら、そして少しわくわくしている気持ちを隠さずに、さやを箸で一本つまんで見せた。
「軽く塩ゆでしてあるだけなので、ムーさんでも大丈夫だと思います」
「ムー」
おすすめをいただくことにしたらしい。そっと差し出された端に囓りつく。
そして両端をカットしてある枝豆を、さやごと食べ始めた。
「ムー!」
ぽりぽりさせながら、エリックを見上げて鳴く。お気に召したようだ。
「恐縮です」
礼を言ったのがわかって嬉しそうにするエリックの顔は、商会長と似ていた。
「タキさんはこちらをどうぞ」
俺の前にも枝豆の皿が置かれたが、こちらは香辛料で和えてあるようだ。一つ食べてみたら、コンテルスカで飲んだタイプの酒か、白米が欲しくなる味だった。
「それからこれも」
そんな俺の心境を知ってか知らずか、何やら含みのある笑顔のエリックが次に差し出したのは、手のひらに収まるサイズの白い陶器の杯。
これはもしや、と思いつつ受け取ると、エリックは風情のある水差しのような容器を抱え、琥珀色の液体を注ぐ。
――案の定、酒だった。最初に乾杯したのとは違うらしい。
「いける口だと聞いてます」
誰から。
まあ、きっと彼らは海鮮盛り合わせを食べた店辺りとも取り引きがあるのだろう。
コンテルスカではかなり目立ってしまったので、話題にされていても仕方ない。
「特別強いというわけではありませんよ」
「またまた」
苦笑いを誤魔化すように、注いでもらった酒に口をつける。
ふわりと、ナッツのような香ばしい匂いがした。そこそこ度数はありそうだが、さっき食べた肉料理の脂がさっぱりするような感じがある。
「美味しいです」
「でしょう? ボクももう少し飲めたらなー」
エリックは酒瓶を抱えたまま肩を落とした。
「味は好きなのに、すぐ酔っちゃうんです」
ファルシェンもザラモールも、法律で飲酒が許可されるのは十八歳からだ。やっと飲めるようになり、喜び勇んで飲んでみたら、あまり強くないことがわかったという。
「俺だって、翌日に残らない程度に魔術で回復できるというだけです」
「そんな魔術が?」
「ええ、まあ、ただの解毒の魔術なんですけどね……」
すると、商会長が大きな声で笑った。
「解毒? 確かに、酒も飲み過ぎれば毒ですな!」
そして杯の中身を一気に呷る。こちらは単純に強そうだ。
「便利そうですね、その魔術。商売柄、酒の席に呼ばれることが多いので気になります」
「それって、魔術師の素質さえあれば覚えられるものでしょうか。雷の魔術みたいに難しいってことはないですよね?」
他の商会員たちも、妙に興味津々だ。俺は首を傾げた。
「大丈夫だと思いますよ。どなたか、魔術が使えるんですか?」
船に乗っている間に主要な商会員とは話したつもりだが、魔術師がいるようには見えなかった。
「実は、ボクが少しだけ……」
エリックがそろりと自分の顔を指さした。商会長の方が誇らしげだ。
「魔術師にはならなかったんですか?」
ある程度の使い手なら見ればわかるものだが、全く気付かなかったということは、本当に訓練をしていないのだろう。魔術師の素質があるのに、まったく目指さないというのは珍しい。
「父の後を継ぐって、決めてましたから」
父親の前で改めて言うのが恥ずかしいのか、エリックは照れくさそうに頭を掻いた。
もちろん魔術師を目指さなくても、魔術が使えるとわかった時点で必ず初歩的な講習を受けさせられる。
しかしその時に教わるのは、暴走しそうになった時の安全な対処の仕方と、水や風など、比較的安全な魔術を少しだけ。
「でも、魔術師の方が自在に使っているのを見ると、やっぱり少し憧れます」
それしかないと言われてそのとおりの道を辿ってきたが、少し視野を広げるだけで、いろんな生き方の選択があるものだ。
――俺も、今からでも探せるだろうか。
「解毒魔術くらいなら、俺でも教えられると思います。首都に向かう間に教えますよ」
商会は首都にも取引先があるとのことだったので、俺も護衛として同行する予定だ。道すがらに家庭教師のようなことをするのはやぶさかではない。
「本当ですか! 楽しみにしてます!」
エリックは本気で嬉しそうだった。俺に懐いているのは魔術師への憧れだったのかもしれないと、ようやく気付いた。