働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第56話 瞬光魔術師への襲撃

 そして深夜。

 

「ムー、合図したらさっき教えたのを出すんだ。行けそうか?」

「ムー!」

 

 夕食を済ませてホテルの部屋に戻るなり、俺は有事に備えてムーに新しい魔術を仕込んだ。毛玉は新技を早く使ってみたいのか、いつになくやる気満々だった。

 

 

 

 何もなければそれでいいと思っていたのに、夜も更けた頃、彼らは律儀に現れた。

 

「騒ぎを大きくするなよ。狙いはあくまでも、あのファルシェン人が連れていた白い動物だ」

「承知しております、旦那様」

 

 扉の外から、くぐもったザラモール語の会話が聞こえた。カチャカチャと音が鳴った後、ガチャ、という鍵が開く音がする。

 続けてチェーンロックを無理やり壊す音、固いブーツの足音。数は三人、おそらく全員男。うち一人は昼間の怪しい商人だ。

 

「旦那様。ベッドには男もペットも見当たりません」

「何? 確かにこの部屋に入ったんだろう? この狭い部屋のどこに消えたっていうんだ」

 

『旦那様』の声は出入り口付近から聞こえた。荒事は部下にやらせて、自分は指図するだけのようだ。

 

 シャワールームを開ける音がして、もう一度足音が近くなった。

 一瞬間があった後、

 

「……まさかな」

 

 小さく呟く声がして、こちらに近づいてきた。今だ。

 俺は狭いクローゼットの扉を蹴り開け、目の前の男に組み付いた。

 

「うわっ!?」

「【(トニト)】」

 

 驚いている隙に手元で弱めの雷魔術を練り、腹に押し込む。筋肉質な身体が痙攣し、その場に崩れ落ちた。

 

「【(フーニス)】」

 

 男が持っていた棍棒を奪い取り、縛って床に転がしつつ、即座にもう一人の男と距離を詰める。

 

「【(ルクス)】」

「ぐっ!?」

 

 小さな明かりでも、目の前でいきなり光ったらしばらく何も見えなくなる。暗闇なら尚更だ。目を押さえて後ずさったところで、武器を持つ手を容赦なく棍棒で叩き、こちらにも雷を喰らわせる。

 

「何だ、どうしたお前たち。何が起きてる!?」

 

 再び部屋に静寂が訪れ、入り口にいた男がとうとう中に入ってきた。

 手元のランプだけで怖々と見回しているので、ベッドサイドのスイッチで部屋の明かりを点けてやった。

 

「ひっ!?」

 

 商人の男は急な明るさに目を細めた後、足元に転がっている部下に気付いて慌てて飛び退く。

 

「こんばんは。大丈夫です、殺してはいません」

 

 ザラモール語で挨拶すると、今度はこちらを見てビクッと震えた。一人だと気が小さくなるようだ。フードに隠れていたムーは肩に移動し、毛を逆立てて威嚇した。

 

「あ、アンタ、何者だ?」

 

 男はじりじりと壁際に寄り、退路を確認しながらも睨み付けてくる。

 

「今は、商会の護衛として雇われています。本職はファルシェン首都警察の警察官ですが」

「護衛……? 警察……!?」

 

 特に武装もしていないラフな格好だったから、ただの商会員か、付いてきただけの客人とでも思ったのだろう。

 

「これ以上付き纏うようなら警察を呼ぶと言ったはずです」

 

 別にこの国では何の権力も持っていないが、今はハッタリでも何でもいい。とにかく男を焦らせて、冷静さを失わせればいいのだ。

 

「名刺もいただいていますし、ちょっとした外交問題にでもしましょうか」

 

 読めない字で書かれたカードを取り出してひらつかせると、いよいよ顔色が悪くなる。

 しかしすぐにカッと赤くなり、懐から小型の魔銃を取り出して構えた。

 

「くそっ! いいから、大人しくその白いのを渡せ! さもないと撃つぞ!」

 

 しかしその手は震えていて狙いが定まらない。 何とか一発撃ったが見当外れな方向に飛び、窓ガラスが割れた。

 

 欲に目が眩んで短絡的な犯行に及ぶ輩は、どうして焦るとその場しのぎの暴力に頼ろうとするのだろう。撃ったらもう、言い逃れもできないのに。

 

「やれ、ムー。殺すなよ」

「ムー!」

 

 瞬間、チュン! という高い音と共に、男の頬を閃光が掠めた。更に二発。いずれも男の肩や脇腹を掠め、服だけを切り裂く。

 

「ひいっ!?」

 

 男は尻餅をつき、一拍置いて頬から血が流れる。痛みに魔銃から片手を離して押さえ、その手についた赤いものを見て、興奮した赤ら顔が蒼白になった。

 

「いいコントロールでしょう。今のところ、俺の言うことは聞いてくれますが……。無理矢理連れていこうとしたら、次はどこを撃つかわかりませんよ」

 

 さすが精霊だ。雷弾(トニト・バレット)もすぐに覚えて、自分なりに使いこなしてみせた。――俺が使うのよりも、弾は小さいのに威力が高い。

 

「仮にこの力を抑え込めたとして、譲った貴族のところで事故が起きるかもしれません。それでもまだ欲しいですか?」

「動物じゃなくて、魔獣だったのか……!」

「失礼な。俺の相棒です」

 

 男の脳裏には、ムーが今の技で取り引きした貴族の脳天を撃ち抜き、白い毛を血に染めながら逃げ出す姿でも浮かんだんじゃないだろうか。

 もちろんムーは賢いのでそんなことはしないが、きっちり脅して恐怖を植え付け、未練を断ち切っておかないと、また狙われる可能性がある。

 

「俺だって死にたくありませんから、抵抗もします」

「く、来るな、化け物!」

 

 男が持っている魔銃はファルシェンでも見かける威力の低いものだったので、避けもせず無詠唱の盾で弾きながら距離を詰める。

 詠唱しないと強度は下がるが、ここまで俺が魔術を使うところは見られていない。部下を昏倒させたのも、今展開している盾を発動しているのも、全てムーの仕業だと思っているに違いない。

 

「このっ、覚えてろよ、ファルシェン人が!」

 

 弾切れになり、男が捨て台詞とともに踵を返した途端、廊下がバタバタと騒がしくなった。

 

「警察です! ガラスが割れる音がしましたが、大丈夫ですか!?」

「け、警察!?」

「予告したじゃないですか。呼ぶって」

 

 先に事情を説明して、『念のため今夜だけ』と無理を言って外で待機してもらっていたのだ。港で恩を売っていたおかげで、スムーズに話が通ったのは幸いだった。善行は積んでおくものだ。

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