「穏便……。いや、ここまでに比べれば穏便か……」
龍への祈りは通じたのか通じなかったのか、山道に差し掛かった途端に魔獣が二回襲ってきた。
「いつもこんなに険しい道を行ってるんですか!?」
「ええ、今回はタキさんがいるので雇いませんでしたが、いつもは現地の傭兵を数人雇います」
「なるほど!」
「ムー!」
俺の討ち漏らしはムーが仕留めた。
「あ、【
エリックも、多少は魔術が使えるようになってきた。将来が楽しみだ。
そろそろファルシェンの穏やかさと料理が恋しくなってきた頃、ようやく商会一行はザラモールの首都に到着した。
「あれが首都の外壁です」
石組みの高い壁が見渡す限りの平野にそびえ、魔物どころか人間も、正規の入り口以外から中に入ることはできなそうだ。
更に、
「工事……してますね」
外壁の外側で、せっせと土木作業をしている人々がいた。足場を組んで石を積んでいる周りに、簡易的な魔除け装置が設置されている。
「壁の内側が手狭になってくると、ああして外側にもう一回り大きな壁を作って安全地帯を増やすんですよ」
昔からそうやって少しずつ敷地を広げてきたため、首都の中にも古い壁が未だに残っていて、上から見ると三重、四重の円が見えるそうだ。
作りやすさや整地のしやすさの観点から一番新しい壁は長方形になったとかで、今作られている壁も同じように直線的だった。
「へえ、面白い……」
完成までに十数年を要する一大事業で、一つの壁が出来上がる頃には次の壁の計画を立て始めているらしい。キリがないが、必要なことだ。
「まあ、あくまでも魔物の被害を減らすための措置ですから、我々は気軽に出入りできますよ」
市民や特別な許可を持つ者でない場合、入る時に通行料を徴収されるらしい。巨大な建造物の維持は金がかかる。
壁に設けられた入場門で通行料を払い、中に入ると一気に景色が変わった。
「うわ、写真で見るよりもすごいな」
壁の内側ぎりぎりまで、高い建物が森のように茂っていた。上に行くほど建材が新しくなっているところから見て、上に向かって数回の建て増しが行われているのは間違いなかった。
行き交う人の量も半端ではなく、歩道が広めにとってあっても車道にはみ出して歩く人が絶えない。外に領地を広げようとする理由がよくわかる。
「そうか。外に住む人が少ない分、密集するのか……」
「壁の中に住むと税金を徴収されるので、危険を承知で外で暮らす人もいるそうですよ」
とはいえ、そういった人々は総じて魔術師やハンターの資格など、対抗する力を持っているらしい。
――持っていたとしても、俺は魔除け装置の内側に住みたい。
商会のザラモール支部に辿り着き、車を降りて大きく背伸びをする。駐車場は地下だった。これも狭い敷地を活用する知恵か。
「長旅おつかれさまでした」
「皆さんこそ。一人旅だったらもっと大変だったと思います。乗せてくださって助かりました」
一応護衛という仕事はあったものの、道中の食事もホテルの手配も全部任せっきりだった。見知らぬ土地で不便な思いをせずに旅ができたのは、間違いなく商会の厚意のおかげだ。
「タキさんは、ここから更に東に行くのですよね?」
「はい、エンブリオン方面に。まずは紹介された学者に会いに行くので、しばらくは首都に滞在するつもりではありますが」
「そうですか……」
商会長は、ふむ、と何か考えている様子で腕を組んだ。
「どうかしましたか?」
何か懸念でもあるのだろうかと訊ねる。と、
「……タキさん。正式にウチの護衛になりませんか?」
いつになく真剣な面持ちで、そう打診した。
「え?」
「いえ、一緒に旅をしながらずっと考えていたんですよ。……警察をお辞めになるのでしょう?」
休暇中としか伝えていなかったが、さすがにこんな長期間の休みを取っていたら勘付くか。商人なら、どこかからそういった情報を仕入れていてもおかしくない。
「いえ、まだ正式に決めたわけでは。辞めさせてもらえないかもしれませんし」
できれば戻りたくはないが、ファルシェンに帰ったら配置換えしてでも引き留めにかかるであろうことは想像できた。俺のためではなく、自分たちの保身のために。
「では、もし退職が決まったらぜひウチに来てください! ムーさんも一緒に歓迎しますよ。ザラモール以外の国とも取り引きがありますから、いろんな国を回れます。旅の間の食事は全部経費ですよ」
「う……」
魅力的な誘いだった。商会の雰囲気が良いことはこの旅の中でじゅうぶんにわかったし、無茶な要求をしてくる面倒な上司もいない。
商会としても、身元がはっきりしていて前職が警察官、対人、対魔物の両方を相手に戦闘がこなせる人材というのは重宝するに決まっている。お互いに利益のある話だった。
「少し、考えさせてください。俺はその、トラブル誘因体質というか、そういうものらしいので……。ご迷惑をおかけすると思うんです」
何事も即断即決で生きてきた中で、初めて熟考することを選んだ気がする。――熟考しても許される環境を、初めて与えられたと言ってもいい。
「……わかりました。エンブリオンから戻ってきた時には、また商会に声をかけてくださいね。帰りの船を手配しますから」
商会長も、その後ろに控えるエリックも、少し残念そうにしながらも笑ってくれた。
「と言うか、いつでも訪ねてきてください。私がいない時でも、支部の人間に良くするよう伝えておきます」
「ありがとうございます」
俺も笑い返した。もし寵愛とやらをなんとかできたら、その時は厄介になるのも良さそうだ。