働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第6話 瞬光魔術師の魔物食デビュー

 いきなり遠くに行かずに、まず隣町のカリストンですぐに降りたのには理由がある。

 

「うわ、並んでる」

 

 部下たちがくれたガイドブックの中に、首都から日帰りで行けるグルメの紹介記事があり、そそられるメニューを見つけたからだ。

 

 なんでも、養殖した魔物の肉を使った丼が食べられるらしい。

 

 今までは魔物の肉というと、庶民の中でもあまり裕福ではない人々が仕方なく食べるものというイメージが根強かった。

 しかし最近は味にこだわった料理が増えてきており、首都にも魔物食の店が続々と出店している。

 

 とはいえリントヴルムのような伝統を重んじる旧家では未だ忌避すべき食材とされていて、まったく縁がない。

 

 つまりポスターで街中に指名手配されているような状態では、興味があっても食べるに食べられなかったのだ。

 

 そして紹介されている店は徹底した品質管理が行われており、特に味が良いとのことだった。

 掲載されている写真も一般的な牛肉と遜色ない。魔物食デビューにはうってつけだと思った。

 

 

 

 五、六人並んでいる列の最後尾に並ぶと、後ろにも更に人が続いた。

 

「やっぱり人気なんだな……」

 

 そういえば、ちょうど昼時だ。

 

 元々の計画では昼過ぎの客が途切れる時間を狙うつもりだったが、一番人気のメニューは早めに売り切れる時もあると書いてあった。いいタイミングだったかもしれない。

 

 待っている間、並んでいる客の様子をなんとなく観察する。魔物食に抵抗がない若者が多いかと思ったら、案外年齢も性別もまちまちだった。

 年配の男性は一人腕組みして静かに待っていて、若い女性の二人組は、俺が持っているのと同じガイドブックを見ながらひそひそと何か話している。

 

 もしやリントヴルムが潔癖なだけで、魔物肉は身近な食材になりつつあるのだろうか。

 そんなことを考えながら待つ時間は、なんだか少し楽しかった。

 

 

 

 三十分ほど待ったと思う。

 ようやく順番が回ってきて、若い女性店員が笑顔で招き入れてくれた。

 

「お待たせしました、お一人様ですね。カウンター席にどうぞ」

 

 六人掛けのカウンターの他には、二人がけのテーブル席が二セットあるだけの、小さな店だった。もちろん満席で、ひっきりなしに注文の声が飛び交っている。

 

 壁にかかっているメニューを少し眺めてから、結局ガイドに書いてあった『魔牛ローストビーフ丼』を注文する。

 客のほとんどが同じものを食べているところを見ると、やはり一番人気のようだ。

 

 厨房の中では、中年の男女が忙しなく動き回っている。

 俺の前に並んでいた男性の元に料理が運ばれてきて、なんとなくそわそわしながら自分の番を待っていた時だった。

 

「おい、割り込みするなよ!」

「割り込みじゃない、ちょっとトイレに行ってただけだ」

 

 店の外がにわかに騒がしくなった。どうやら空腹でいらいらしている客同士が、待機列で言い争いをしているようだ。

 

「一度抜けたなら並び直せ!」

「荷物を置いてただろう。前に並んでたの、アンタも見てたくせに」

 

 思わず立ち上がって様子を見に行きそうになったものの、よく考えたらここは隣町、管轄外だ。

 並ぶのが当たり前の店なら時々こういうことは起きるだろうし、店員が対処できるかもしれない。

 

 と思ったが、声からして男二人の喧嘩だ。女性店員の手には余る。そして厨房の夫婦は店内の対応に手一杯だ。

 いずれも段々ヒートアップする声に心配そうな視線を向けるものの、客同士の話し合いで収まってくれることを待っているようだった。

 

 ところが。

 その願いも空しく、いよいよ何を言っているのかわからない怒声と罵声に変わる。

 更に、入り口のドアにガシャンと何かがぶつかる音がした。

 我関せずという顔をしていた店内の客たちも、さすがに驚いてドアを注視する。

 

「今は休暇中、今は休暇中……」

 

 俺の仕事ではないと自分に言い聞かせているそばから再びドアにぶつかる音がして、とうとう男二人が店内になだれ込んできた。女性店員が悲鳴を上げる。

 

 周りも気にせず取っ組み合いをし始めた男二人は、昼間から酒が入っているようだった。

 

「ああ、もう」

 

 このままでは店の中がめちゃくちゃになってしまう。

 店主が奥の通信機で通報しているのが見えたが、地元の警察を待っている場合ではない。渋々立ち上がった。

 

「落ち着いてください。争っても、余計に順番が遅くなるだけですよ」

 

 ほとんど諦めながら、試しに説得を試みる。

 

「ああ!? 何だお前!」

 

 案の定、酔っ払いその一は俺が年下と見るや、苛立ちをこちらにまでぶつけてきた。

 

「うるさい、よそ者が口挟むんじゃねえ!」

 

 その二も威勢良くつばを飛ばす。何だ、喧嘩している割に気が合いそうな二人じゃないか。

 こういう輩は一度黙らせないと、まともに話ができない。

 

「そのよそ者の手を煩わせないでください」

 

 二人の顔を正面から掴み、引き離しながらぎりぎりと指の力を強める。

 何だかんだ、俺も空腹で少し苛立っていた。こいつらのせいで更に食事が遅くなると思うとなおさらだ。

 

「ぎゃあああ!」

「痛え痛え痛え!」

 

 男たちは悲鳴を上げながら、俺の手を剥がそうともがいた。

 

「【(フーニス)】」

 

 強化魔術を施した肌には傷一つ付かないが、うっとうしいので魔術で縛り上げ、身動きを取れなくして外に放り出した。

 

「食事より喧嘩を優先したいんだろう。暴れると店と通行人の迷惑になる。ここで好きなだけ口喧嘩してろ」

「ヒッ」

 

 目の前にいるのが魔術師だとようやく気付いて、男たちは青ざめている。

 

「返事は」

「は、はい……」

 

 反省させる意味も込めて、縄は解かずに放置することにした。二、三時間もすれば解ける。はずだ。

 

 踵を返したところで、待機列からも通行人からも注目されていることに気付いた。

 いちいち居心地が悪くなっていたらキリがない。

 

 酔っ払いどもの顔を掴んだ時に手についたいろんなものが気持ち悪かったので、水の魔術で洗い流しながら店に戻った。

 

「すみません、お客様にご迷惑をおかけしてしまって」

 

 すぐに店員が駆け寄ってくる。

 

「いえ、構いません。外に出てしまいましたが、私の注文はまだ有効ですか?」

「もちろんです!」

 

 少々荒らされた店の中は、壊れたドア以外、他の客の協力によってほぼ元に戻っていた。一部変な輩がいるだけで、ほとんどは善良な市民なのだ。

 

 席に戻ると、すぐに深い器が運ばれてきた。

 

「魔牛ローストビーフ丼です」

 

 魔物食と同じくらい馴染みがない米の上に、薄切りの肉が花びらのように放射上に並べられ、小高い山を作っていた。

 茶色のソースが回し掛けられていて、見た目だけなら魔物だとはまったくわからない。

 

 ガイドブックによると、レッドホーンという牛型魔獣の肉だったはずだ。店主が肉に合う主食を探して走り回り、辿り着いたのが白米だったという。

 

 そして隣に、コンソメスープがそっと置かれた。頼んでいないが、と慌てて顔を上げる。

 

「先ほどのお詫びとお礼です。雑誌に載ってから急にお客様が増えて、対応が追いついていなくて……。申し訳ございません」

 

 女性店員の言葉とともに、厨房の夫婦も笑顔で大きく頷いた。

 

「私たちだけでは対処できなかったので、とても助かりました。ありがとうございます」

 

 今までずっと、事件が起きれば解決するのが当たり前だった。後処理は部下や別の部署に任せてしまうので、直接礼を言われるのはなんだか新鮮で、少しむず痒い。

 

「どういたしまして……」

 

 もう少し気の利いたことを言えれば良かったのに、素っ気ない態度をとってしまった。

 

 フォローを口にする前に女性店員はすぐに別の客に呼ばれて離れてしまったので、諦めて器の中身に向き直ることにする。

 

 地元民と思しき軽装の客は器用に箸を使って食べていたが、俺はあまり馴染みがない。フォークを貰って、肉で米を一口分包んで口に運んだ。

 

 ――魔物の肉だから臭みがあったり固かったりするかと思ったら、少し噛んだだけで溶けるような柔らかい肉だった。そして甘みがある。

 パッと見た時にはソースの量が少ないのではと思ったが、肉本来の味を邪魔しない絶妙な量だ。

 

 さっきの一悶着で身体強化を使ったせいか、空腹がピークに達していたので、またしても一心不乱に食べ進めてしまった。改めてスープの存在がありがたい。

 

 米粒一つ残さず綺麗に平らげて、スープも飲み干すと、ようやく人心地付いた。

 

 店の外にはまだ列がある。長居はしない方がいいだろうと立ち上がると、

 

「お代はいりません」

 

 店主が笑顔で首を振った。

 

「え、でも……」

「そのかわり、また食べにきてください。他にもおすすめのメニューがありますから」

「……わかりました、ぜひ」

 

 今度はもう少し人の少ない時間に来て、最初からスープ付きで頼もう。

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