丸一日歩き回り、少しでも魔物食を取り扱っている店があれば訊ねてみたが、ヒドゥンリザードのめぼしい情報は出てこなかった。商会の取引先からは、『見つけたらぜひ教えてほしい』と逆に頼まれる始末だ。
「これは諦めるしかないか……?」
朝から吹きさらしの簡素な机と椅子に座り、通りの向こうを見ながら呟く。
今日の朝食は米の粉で作られているという麺にしてみた。これは最終目的にしているラーメンではないらしい。
「朝にちょうどいいな、これ」
鶏ガラベースのスープに、幅広な白い麺と多少の野菜と肉が入っているだけというシンプルな大衆料理は、胃に優しそうな薄味だった。
卓上にある調味料や香辛料を好きに使って、自分でアレンジしながら食べるものらしい。
遠慮なくいろいろ試してみて、少し酸味のある醤油を入れるのが好みだという結論になった。
「さて、行くか」
「ムー」
時間は有限だ。手早く食べて立ち上がり、ムーを肩に乗せて歩き出す。
「やっぱり、壁の外に出て地道に探すしかなさそうだ」
手がかりがなくても、できる限りのことはしなければ。事件の目撃者探しを思い出した。
商会長が言うには、壁の中に宿泊している場合はその日中に戻って来れば通行料は払わなくていいらしい。
最寄りの門へ向かいつつ、道すがらに外で食べられる昼食を買おうと考えていたところで、にわかに後ろが騒がしくなった。
「そこの、白い綿毛を肩に乗せた方! お待ちくださいまし!」
白い綿毛と聞いてまさかと思いながら振り向くと、やや遠くから手を振る人影があった。背が低いようで、人垣の間からぴょんぴょんと存在をアピールしている。
声と体格から女性だとはわかるが、夏だというのに目深にフードを被っていて、見るからに怪しかった。
グロリアス教団かと一瞬警戒したものの、彼らがこんなに目立つ往来で、大きな声を出して俺を呼び止めるはずがない。
よく見れば白いローブではなくただの旅装と思しき外套だったこともあり、ひとまず彼女がこちらに来るのを待ってみた。
が、通勤時間の人混みに翻弄されてなかなか俺に近寄れないでいる。地方から出てきて人の多い場所を歩き慣れていない同僚が、似たような動きをしていたような。
「うう、お待たせいたしました……」
俺のもとに辿り着く頃には、女性は少し息を切らしていた。改めて近くで見ても、やはり背はネネより低い。
「突然呼び止めてしまい、申し訳ございません。しばらく前から追いかけていたのですが、全く追いつけませんでしたの。歩くのが速い殿方ですのね……」
どうにも間が抜けているというか、世間知らずそうというか、見ていて心配になる危なっかしさがある。
それでも演技の可能性は捨てきれないので、一応警戒は解かずに息を整える姿を黙って待つ。女性は俺を見上げ、不審げな表情にようやく気付いて少し肩を震わせた後、わたわたとフードを外した。
「あっ、あの。わたくし、決して怪しい者では」
途端に薄桃色の髪がこぼれ、大きな白い耳がぴんと立ち上がった。
「獣人族だ」
「珍しいな、首都にいるなんて」
途端に通りすがりの人々が彼女をちらちらと見ていく。白い耳が、無遠慮な声を聞いて居心地が悪そうに動いているところを見ると、作り物ではなさそうだ。
女性はフードを被っていたせいで乱れた髪をいそいそと手櫛で整える。姿勢を正して胸を張ると、大きな赤い目で真っ直ぐに俺を見た。
「わたくし、月見の里のハオリンと申します。見てのとおり、兎族ですの」
顔立ちは幼いが、芯のある凜とした佇まいだった。
「兎族?」
南大陸には、人間と獣両方の特徴を備えた種族がいるという話は聞いたことがあった。しかし彼らは独自のコミュニティを築いているらしく、人間の町にはほとんど姿を見せない。
トルテに協力を要請した首都への魔物持ち込み事件の時に、魔物と一緒に売り物として檻に入れられていた犬族の少女と、少し話をしたくらいだ。
「ムー」
初対面の人間は警戒してフードに隠れることが多いムーが、興味深そうに小さく鳴いた。
「まあ、可愛らしい。……ではなく!」
ハオリンと名乗った少女は思わず顔を綻ばせてしまってから、雑念を振り払うように首を振った。
「そちらの白い綿毛の方のことを、詳しく教えていただけませんこと?」
「売りませんよ」
また珍獣をペットにしたい貴族かと、慌てて距離を取る。
「ち、違います! お姿が、ヒカリヌシ様にあまりにもよく似ておられたものですから……」
ザラモールでもその呼び方を聞くことになるとは。
「……あなたもグロリアス教団の関係者ですか?」
ここまでのハオリンの態度で霧散しかけた緊張感をかき集めながら、俺は率直に訊ねる。しかし、ハオリンは首を傾げた。
「グロリ……? いいえ、わたくしは月神ユエリヤ様に仕える巫女です。故あって、里を出て旅をしておりますの」
太陽神と呼ばれるソリオン神と対になるのが、月神と呼ばれるユエリヤ神だ。ファルシェンではあまりメジャーではないが、南大陸ではエンブラ神と並んでそれなりの知名度がある、らしい。
「もし綿毛の方がヒカリヌシ様であれば、わたくしが旅をしていることと、大いに関係のあることなのです」
ということは、ヒカリヌシという呼び方は教団がつけたものではないのか。
巫女というのが本当なら、聖職者と似たような立ち位置だ。神の寵愛とやらに関する情報が聞けるかもしれないと思い立ち、ハオリンの話を聞いてみることにした。
「壁の外に用事があるんです。歩きながらで構いませんか?」
「はい、もちろん」
断られなかったことに安堵した様子で、ハオリンはパッと顔を明るくした。