「まだ名乗ってませんでしたね。俺はタキです。こっちはムー」
「ムー!」
俺に続けて、ムーも自分で名乗った。やっぱりこの毛玉、ハオリンに好意的な気がする。白いフサフサ同士、何か通じるものでもあるのだろうか。
「タキ様とムー様、ですわね。よろしくお願いいたします」
おかげでハオリンも少し緊張が解れたようだった。
「ところでしばらく前からって、いつから俺を見てたんですか?」
「ええと、お食事をなさっていた時からです……」
本当にずいぶん前からだった。尾行ですらないのに全然気付かなかったということは、本当に追いつけなかったのだろう。
「ま、まあ、そんなことはどうでもいいのです! タキ様は、ザラモール人ではございませんよね? どちらからお越しに?」
「ファルシェンからです」
「海の向こうではございませんか! ではムー様も?」
「ええ。変な団体に捕まって弱っていたところを拾って、それからずっと一緒に」
シフォンの鑑定によると、ファルシェンの北部がムーの故郷だという話だった。よくもまあ、そこから南部寄りのエルダリスまでわざわざ連れてきたものだ。
「ということは、ムー様はやはり、何か特別な存在なんですのね?」
「珍しい生き物だとは聞いています」
ムーが警戒していないということは悪い考えは持っていないはずだが、彼女が近づいてきた目的がまだわからないので、余計なことは言わない。
「それで、先ほど言っていたヒカリヌシ様というのは?」
わざわざ追いかけてきたからには、ハオリンが旅をしている理由と関係があるのではと話の先を促した。
「月見の里で語られる、古い伝説ですの。昔々、里が強大な魔物に襲われた際に、従者と共に現れて窮地を救ったという」
英雄か従者かという違いはあるものの、聞き覚えがありすぎる話だった。しかし救世主が現れる神話やおとぎ話というのは、各地に似たような内容があるものだ。偶然だと思いたい。
「救世主って、大体龍みたいな大きくてかっこいい生き物じゃないんですか?」
「いいえ。代々伝わる絵巻には、まさにムー様のような白くてまん丸なお姿が描かれておりますの。言い伝えにも、『北西より現れしその者、白く輝く柔らかな毛並みを持ち、望月の如き光を持って悪龍を滅ぼす』と……」
龍は滅ぼされた方だった。俺が見た龍は無害のようだったが、やはり攻撃的な種類もいるようだ。
「お二方はファルシェンからいらしたのでしょう? 方角もぴったりですし、きっと月神のお導きですの!」
嫌な予感を募らせる俺をよそに、ハオリンは鼻息荒く語り、一人で盛り上がっている。俺が嘘をついているとは思わないのだろうか。
「ということは、ハオリンさんの故郷……、月見の里でしたっけ。そこは東の方にあるんですか」
「はい。エンブリオンにほど近い、東の山あいに」
エンブリオンの名前まで出てきた。これ以上話を聞いたらたぶん、ハオリンの故郷までついていく羽目になる。わかってはいるが、月神に関する情報は聞いておきたかった。
「そんなに遠くから、一人で旅を? 大変だったでしょう」
受け答えはしっかりしていても、十代半ばほどと思しき女の子だ。見るからに都会に慣れておらず、しかも人間のコミュニティでは差別されることもある獣人族。苦労は俺の比ではなかったと思う。
しかしハオリンは、ふふんと得意げに胸を張った。
「こう見えて、剣術を嗜んでおりますの! 多少の魔物は平気でしてよ!」
「魔物は大丈夫かもしれませんが……。人間の方が厄介なこともあります」
「それは……」
やはり心当たりがあるようだった。少し俯いたが、すぐに顔を上げる。
「ですが、これはわたくしがやらねばならぬことですの。月神の巫女として、ユエリヤ様と里を守らねば」
使命に燃える目には見覚えがあった。警察官になり立ての後輩たちのいくらかは、同じ目をしていた。――真面目で正義感が強い人物ほど、心身に不調をきたして俺より先に辞めていった。
俺も真面目な方だったはずだけど、単に身体が丈夫で、どこか冷めていたからなんとかやれていたのだと思う。
それはさておきだ。
「月神に、何か問題が起きてるってことですか?」
俺の問いにハオリンは再び俯き、小さく頷いた。
「……ええ。月見の里はユエリヤ様の加護によって平和が保たれていたのですが、最近何者かが、ユエリヤ様を奉る月神の祠に危害を加えたようなんですの。そのせいでユエリヤ様との交信が途絶え、加護の力も弱まり、里に魔物の被害が増えていて」
「なるほど……」
そこで巫女であるハオリンが里を出て、月神の力を取り戻すために手がかりを探して旅をしていたというわけだ。神の力を打ち消したい俺とは真逆の目的だった。
「もしムー様がヒカリヌシ様であれば、ユエリヤ様をお助けできるかもしれませんわ。タキ様、ムー様。ご無理を承知でお願い申し上げます。どうか、我が里に一度お越しくださいまし」
ほら来た。首を突っ込むとろくなことにならないとわかっていても、年下の女の子が困っていると、どうしてもネネがよぎって何か助けてやれないかと考えてしまう。
「うーん……」
「ムー」
葛藤する俺の頬に、ムーがそっと擦り寄ってくる。俺よりもムーの方が、ハオリンを心配しているようだった。
「まあ、今の用事が終わったらエンブリオンへ向かう予定だったので、少し立ち寄るくらいなら……」
実際のところ、ハオリンはヒカリヌシ様かもしれない白い毛玉に用があるわけだから、今回の俺はおまけだ。ムーが乗り気なら、俺は連れていくしかない。――確かに従者と言えるかもしれなかった。
「ありがとうございます!」
ハオリンの耳がぺたっと倒れ、ほっとした表情で頭を下げる。
「女の子が一人で旅するっていうのも、心配ですからね」
自分に言い訳をするように、うっかり余計なことまで口に出したのが良くなかった。
「女の子? お気遣いいただけるのはありがたいことですが、わたくし成人しておりましてよ?」
「え!? てっきりまだ十代かと……」
「し、失礼な! 獣人族は人間族ほど年齢で外見が変わらないのです!」
どうやら幼く見られることを気にしていたらしい。まずいことを言ってしまった。
「タキ様こそ、おいくつでいらっしゃいますの?」
「二十六ですが……」
「でしたら、わたくしの方が三つも年上ですの!」
今までのしおらしい姿はどこにいったのか、ハオリンはしたり顔で腰に手を当てた。
「嘘だあ……」
人間なら男女とも年齢を気にし始める歳だが、獣人族にはそういう文化もないようだ。それがまた、幼い印象に拍車をかける。
「嘘ではございません! 人間族は年上を敬わないのですか!?」
偉ぶろうとしても、身長差で俺を見上げなければならないので格好がつかない。
「くー! お、覚えていらして!」
本人もそれはわかっているようで、悔しそうに顔を歪ませた。