ハオリンを宥めているうちに、いつの間にか外壁が近づいてきていた。
「そうだ、持ち運べる昼食を探してたんだった」
入る前の様子を見る限り、外にまともな飲食店はないだろう。絶対に確保しておかねばと、辺りの飲食店を探す。
「壁の外に用があると仰っていましたわね。お昼ご飯を持って行くなんて、そんなに遠出をなさるんですの? 危険でしてよ?」
ハオリンが首を傾げる度に耳も一緒に揺れる。こういう仕草も子どもっぽく見えるとは気付いていないようだ。
「実は……」
シフォンの依頼を掻い摘まんで話す。
「というわけで、一週間くらいは首都に滞在することになりそうで。月見の里に行くのはそれからになると思う」
「一週間は長いですわね……」
ハオリンとしても、里を救う手がかりが目の前にいるのだから一刻も早く連れ帰りたいところだろう。頬に手を当て、丸っこい眉をむむむと寄せた。
「何かお役に立てれば良いのですけれど。ちなみに、その魔獣の特徴や外見はわかりまして?」
「人里のそばに生息していて、魔術で姿を隠すトカゲ型の魔獣ってくらいかな。図鑑に載ってるのは少ない目撃情報を元にしたイラストだから、正確かどうかは……」
借りてきた図鑑を鞄から取り出して見せると、覗き込んだハオリンは、ん? と再び首を傾げた。
「ヒドゥンリザードって、もしやカクレオオトカゲモドキのことですの?」
「カクレ……?」
舌を噛みそうな名前が聞こえて、今度は俺が首を傾げる羽目になった。
「これくらいの大きさで、姿が見えなくなるトカゲのような魔獣なのでしょう? それならわたくし、探せますわ!」
「え!? どうやって?」
「音ですの。里の民家や蔵に入り込んだのを、よく退治しておりましてよ」
思いがけない収穫だった。
小型の魔獣が出す音なんて人間の耳では絶対に聞き取れないが、獣の特性を持つ獣人族は総じて五感が優れていると聞く。中でも耳が良い兎族なら、聞き分けられるとしてもおかしくない。
「民家に入り込むって、魔物避けは?」
「里全体がユエリヤ様の加護で守られておりますから、魔物避けは施されておりませんの」
時々侵入されることもあるそうだが、加護のおかげで周囲にはあまり強い魔獣がおらず、入ってきたとしても弱体化しているため、それを討伐するのは大した手間ではないらしい。
「その依頼を早く達成できたら、お二方の出立も早くなるのでしょう? お手伝いいたします!」
ハオリン自身も前のめりに乗り気だ。何より実物を見たことがあるというのは心強い。
「じゃあ、お願いしようかな……」
せっかくなので、彼女の依頼の対価ということで遠慮なく受け取ることにした。
「ええ、お任せくださいまし!」
胸を張ってフンスとやる気を見せる姿は、やっぱり年上には見えなかった。
昼食はハオリンが勧めた白い蒸しパンと、やはり魔獣肉の気配がする豚の角煮、そして蓋が閉まらないくらい器に盛られた野菜炒めにした。
「里の外のご飯は油断すると香辛料が使われていて、口に合うものを探すのに苦労しましたの……」
まだ温かい包みを抱え、ハオリンはため息をつく。いろいろ食べてみたものの、シンプルな蒸しパンと野菜炒めが一番良いという結論に落ち着いたとのことだった。
「……もしかして、朝は俺と同じ店で食べてた?」
「うっ!」
声をかけるタイミングを見計らいながら薄味の麺を味わっていたら、食べるのが早い俺がさっさと店を出て行ってしまい、追いかけるのが遅れたというわけだ。
「し、仕方がありませんの! 安心して食べられるお料理は貴重でしたの!」
わたわたと、誰に対してかわからない言い訳をする。昼食の量は俺の半分ほどしかなかったが、食べること自体は好きらしい。
「そんなことより、ムー様は何を召し上がりますの?」
やや強引に話題を逸らした。
「野菜とか、果物とか。最近は砂糖漬けみたいなものも」
曾祖父のトランクは古いので、潰れたり中身が零れたりということは防げても、劣化を防ぐ機能は備わっていない。
野菜類は傷みやすいため適宜新鮮なものを仕入れることにして、ムーの携帯食はもっぱらドライフルーツになっている。小腹が空いたら俺のおやつにもなるので一石二鳥だ。
「まあ、わたくしと好みが似ていますのね! 里に着いたらご馳走させてくださいまし」
「ムー!」
草食なのもウサギの獣人だからだろうか。俺はできれば肉が欲しい。
***
通行門で簡単なチェックを受けて外に出ると、急に日差しが強くなった気がした。
「音は聞き分けられますけれど、こう広々としていては、見当がつきませんの……」
壁の外は首都の人口を支える畑が広がっており、遠くに次世代の壁を作っている様子が何の障害物もなく見えるくらいには平らだった。
「とりあえず、水辺の集落を当たってみよう」
「確かにトカゲモドキは、じめじめしたところが好きですの」
図鑑の情報は間違っていないらしい。俺は商会から割引価格で譲ってもらった地図を広げた。
そこには川沿いにいくつか印が付けてある。予め調べておいた、集落の場所だった。
「まずは一番近い場所から」
「地道ですわね……」
ハオリンがため息をついたのも束の間、これも寵愛とやらの力なのか、一つ目から当たりを引くことになる。――ただし、白いローブを着た連中もセットで。