働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第66話 瞬光魔術師と川辺の集落

 首都のそばを流れる大河には無数の支流がある。目的の集落は、その中でも小さな川の岸辺にひっそりとあった。

 流れによって削られたと思しき崖を中心にして、ぱらぱらと民家や倉庫が建っている。

 

「なんでまた、こんなところに……」

「お水は大事ですけれど、こんなに川に近いと危ないですの」

 

 一時間以上の道のりを難なく付いてきたハオリンが、怪訝そうに頷いた。

 

 国に認められた集落ではなく、税金すら払わずに勝手に住んでいるわけだから、もちろん治水工事などは行われていない。彼女の言うとおり、大雨で増水でもしたらすぐに崖が崩れて、簡単に流されてしまいそうだ。

 

「人の姿も見当たらないな……。畑があるってことは、誰かが暮らしてはいるんだろうけど」

 

 民家の数は十軒にも満たなかった。親戚一族で寄り集まって暮らしているという程度の規模だ。

「首都の周りは魔物も多いですのに、よほど腕の立つ狩人様がいらっしゃいますのね」

 

 現在の首都は、時の皇帝がザラモールの中で最良と判断した地に作られたという。

 そして人間が暮らしやすいということは、多くの動物、そして魔物にとっても暮らしやすい場所だ。

 

 また他の生物を食料にする魔物にとっては、魔物避けによって簡単に近寄れないとしても実質食料庫のようなものなので、どうしても引き寄せられてしまうとのことだった。

 

「でもお強い狩人様がいらっしゃるなら、きっとトカゲモドキも退治されていますわね……」

 

 ハズレですの、と言って踵を返そうとしたハオリンだったが、不意にその耳がぴくりと動いた。

 

「どうかした?」

「あっちに人がいますの」

「え?」

 

 あっち、と指を差したのは、崖のある方角だった。

 

「話し声が反響して聞き取りづらいですわね。洞窟のような空間がありますの」

「この距離からそんなことまでわかるのか」

「もちろん。見直しまして?」

 

 その得意げな顔がなければ見直したのに。

 

「何ですの、その顔は」

「いや、別に。行ってみよう」

「くー!」

 

 崖下に降りてみると、確かにそこには洞窟があった。元々あった穴を人の手で広げて、補強したような形をしている。

 

「何かの施設のようですの。食料の貯蔵庫?」

 

 ハオリンは洞窟を覗き込み、スンスンと鼻を動かしている。特徴的な耳があるから聴力だけ特別良いのかと思ったら、鼻も利くようだ。

 

「食べ物らしい匂いはしませんわね。何かを燃やした匂いが少しだけしますの」

 

 この地形で最も気をつけたいのは水害だろうから、一番に沈んでしまいそうな場所に食料庫は作らないだろう。中を確認する前に、周囲をもう少し観察してみる。

 

「入り口を閉じられるようになってる。魔物が襲ってきたときの避難所かもしれない」

 

 地面に、重い物を引きずった跡があった。傍らの岩は、大人が数人いれば動かせそうだ。

 

「なるほど。狩人様がいたとしても、全員が戦えるわけではありませんものね」

「普段から人が出入りしてるってことは、集会所兼、ってところか。話し声は奥から?」

「ええ。かなり深い穴のようですわね。さすがに内容まではわかりませんの。でもお家の数と照らし合わせると、ほとんどの方が集まっていらっしゃるのではないかしら?」

「入ってみるしかないか……」

 

 と、さっそく足を踏み入れようとしたところ、ハオリンが腕を引っ張って引き留めた。

 

「お待ちくださいまし。ここで出てこられるのを待った方が良いのではなくて? 大切な施設かもしれませんし……。そうでなくても、何かお話し合いをなさっているところにいきなりよそ者が上がり込んだら、良く思われませんの」

「……確かに」

 

 結論を急ぐ悪い癖がまた出てしまった。少し話が聞きたいだけで、被疑者の潜伏先に突入するわけではない。悪印象を与えたら、できる話もできなくなってしまうか。

 

「ちょうどお昼時ですし、ご飯でも食べながらゆっくり待つべきですわよ」

 

 ハオリンは自身も村社会で暮らしてきた巫女だけあって、小さな集落で暮らす人々の気持ちがわかるようだ。

 というかこの態度は、実際に部外者に立ち入られて迷惑を被ったことがあるのでは。

 

 

 

 洞窟から少し離れた河原に行き、適当な岩の上に腰かけて各々の昼食を広げる。

 

「清々しいですわね! 壁の中は安全ですけれど、日陰が多くて気分が塞いでいたところでしたの」

 

 ハオリンは上機嫌で、さっそく蒸しパンを頬張った。

 

「言われてみれば、広々としてるのは城の周りくらいで、どこも見通しが悪かったもんなあ」

 

 空は快晴だ。周囲が見渡せて風が吹き抜ける解放感がなんだか新鮮に思えた。

 

「月見の里は、どんなところ?」

「それはもう、自然が豊かで美しい里ですの! ……まあ、最近は少し荒れてしまっておりますけれど……」

 

 ため息をついたハオリンの膝に、ムーがぴょんと飛び乗った。

 

「ムー」

「まあ、慰めてくださいますの? そうだ。里から持ってきたおやつがございますの。ムー様にも差し上げますわ」

「ムー?」

 

 腰から下げていた小さな布袋を外し、中から平べったい楕円系の何かを取り出した。

 

「干したお芋ですの。お口に合いますかしら?」

 

 小さく千切り、手に載せてムーに差し出す。ムーは恐る恐る匂いを嗅いでから、そっと食いついた。

 

「ムー!」

 

 すぐに目を輝かせ、むしゃむしゃと口を動かす。気に入ったようだ。

 

「タキ様もいかが?」

「ありがとう」

 

 黄金色の干し芋は手でつまむと案外しっとりとしていて、上品な甘みがあった。

 

「確かに美味しい。ムーが好きなのもわかる」

「でしょう? お料理にもお菓子にも使えますの。それでいて、お米が穫れない時でも収穫できる強いお芋ですのよ」

「へえ……」

 

 ということは月見の里は米が主食か、と、全然関係ないことを考えた。魔牛ローストビーフ丼を食べたのが、もうずいぶん前のことに思える。

 そこでふと心配になった。

 

「まさか、月見の里のおかずは全部野菜系だったりは……」

 

 ハオリンの手元に野菜炒めしかないのを見て、怖々と聞いてみる。

 

「確かにお野菜が多めですけれど、お肉も少しは食べますわよ。ご安心くださいまし」

「良かった……」

 

 本来のウサギのように完全な草食だったら、干し肉でも持っていかなければ俺が滞在できないところだった。胸を撫で下ろした。

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