「またこのパターンか!」
どうやらグロリアは、自分の手はとことん汚さない主義らしい。次々に飛んでくる魔術を盾で弾きながら、急いで来た道を引き返す。
「ムー、やれるか!」
「ムー!」
フードに隠れていたムーが、緊急事態を察知して俺の頭に上った。
「気をつけろ、あの白いのの攻撃を食らうと魔法が使えなくなる!」
「情報共有済みかよ! 構うな、ムー!」
あのグロリアが自分に弱点があることを信者に喋るとは思えない。となると、情報源はファルシェンの要所に潜伏している信者か。
とはいえ多少気をつけたところで、高位の精霊が放つ範囲魔術を防ぐ方法はないはずだ。
「ムー!!」
ムーは俺に返事をするように高く鳴きながら、松明の火とは比べものにならない眩い光を集会所に向けて放った。
「ぐあっ!?」
「行こう、ハオリン!」
光だけでも目眩ましになる。効果のほどを確認せずに、ハオリンの手を引いて即座に引き返した。
「何ですの、あの方々は! 急に様子がおかしくなりましたの!」
「話は後! とにかく外に出ないと!」
魔術がなくても数は暴力だ。囲まれたら即座に押し潰される。俺一人なら自爆前提で吹き飛ばせるが、そんな切羽詰まった状況でハオリンを巻き込まない自信はない。
「ああもう、わたくしが先導しますわよ! こっちですの!」
腰の剣に手をかけたハオリンが一歩前に出て、分かれ道を的確に選ぶ。だがどうやら道はあちこちで繋がっているらしく、正面からも白ローブの集団が現れた。
「止まれ!」
さっきのムーの光でいくらかは魔術が使えなくなっているようだが、さすがに一網打尽とはいかなかったらしい。武器を持っていない女が火の魔術を飛ばしてくる。
「くそっ」
相手はこちらを捕らえるつもりで動いているのだ。さすがに全く傷つけずに突破するのは難しい。今度こそ舌打ちして、手元で雷を練る。
「【
「ぐっ!?」
呻き声を上げて倒れる信者たちを跳び越えても、また次が襲ってくる。
「異教徒め、大人しくグロリア様に従――かふっ!」
「ごめんくださいまし!」
前方を遮る白ローブが魔術を発動する前にハオリンの剣が光り、絞り出すような息と共に倒れる。どういう技術なのか、剣を使っているのに血は出ていない。
そして敵はというと、本来は税金から逃れるために魔物に対抗する力を得ようとしただけの、何の訓練もしていない一般市民だ。仲間が倒されると容易に怯み、隙が生まれたところに雷をぶつけて気絶させる。
「やるな」
「狭い場所での戦いは得意でしてよ」
こう狭いと剣のような長い武器は振り回しづらいものだが、小柄な体躯に合わせた長さの剣が功を奏していた。
「女の方を先にやれ!」
敵も敵で、力の弱そうな同行者からどうにかしようという小賢しい奴がハオリンを狙う。だが練度の低い魔術を発動させるよりも、片刃の剣が振り抜かれる方が早い。
「子ウサギだと思ってナメてもらっては困りますの!」
頼もしいことだ。ここにきてハオリンの評価を改めた。
そう長い距離ではないはずなのに、洞窟が永久に続いているような錯覚を覚える頃、前方に真っ白な光が見えてきた。
「出口ですの! ああっ!?」
ハオリンが悲鳴を上げる。先回りした信者が、岩の扉を閉めようとしているところだった。身体強化魔術で怪力を発揮しているようで、女が一人で大岩を動かしている。
「ムー、もう一発!」
「ムー!」
即座に控えめな光が女を襲う。
「きゃあ!? あっ、どうして! 魔法が……!」
「【
突然魔術が使えなくなったことに狼狽えている女を昏倒させ、ぎりぎり一人分の隙間からまずハオリンを逃がしてムーを放り投げる。
最後に俺が右半身だけ外に出たところで、フードが脱げた白ローブの男が捨て身とばかりに足に抱きついてきた。
「捕まえた!」
ぎらぎらと目を血走らせ、手にはナイフがあった。足をやられるとまずい。加えて後ろからも複数人が追いかけてきている。なりふり構っている場合ではなかった。
「【
「がっあ……!」
洞窟内にズトンという爆音が鳴り響き、その風圧と衝撃で俺は外に投げ出された。
「タキ様!」
「ムー!」
半身が傷だらけになって転がり出てきた俺に、ムーを抱いたハオリンが慌てて駆け寄る。
「大丈夫だ、とにかく遠くへ!」
身体の痛みも耳の違和感も、気にしている場合ではない。
「遠くへって、早くタキ様の手当をしないと……!」
「それも後でいい。行こう」
足を引きずりながら歩き始めたところで、ズシンという地響きが聞こえた。
振り返った瞬間、洞窟の入り口ががらがらと崩れ落ちた。
なんとか洞窟から距離をとり、誰も追ってこないことを確認してから、ひとまず治癒魔法で軽く外傷だけ治す。打ち身のような痛みはあるが、幸いにも骨はなんともなさそうだ。
「とんでもない音がしましたわよ」
「ムー……」
ムーも心配と不満が混ざったような低い声で抗議する。
「心配かけて悪かったって。あれしか思いつかなかったんだよ……」
眉間の辺りを指で撫でると次第に唸り声が小さくなり、気持ちよさそうに目を細めた。
「何をしましたの? こんなにボロボロになって」
「【
「ば、爆破!?」
雷爆は、雷と火の混合魔術だ。威力は高く、至近距離で喰らったら雷に身体を焼かれながら吹き飛ばされることになる。
もちろん肉薄している相手に向ければ俺自身も無傷では済まないという自爆攻撃だったが、足に深々とナイフを刺されるよりは良い。瞬時に振り払い、追ってこられないようにするにはああするしかなかった。
「中の人たちは……」
自分も殺されかけたというのに、ハオリンは洞窟に閉じ込められた信者たちを心配しているようだった。巫女という身分から、できる限り殺生を避けているのだろう。
――ナイフを持っていた男は生きていたとしても重傷だが、言わないでおく。
「一応、壁の中に戻ったら通報はしよう。非合法な集落だし、救助は見込めないかもしれないけど……」
新しい壁の強度に関わる可能性があるから、調査くらいはするはずだ。グラニス城のようにグロリアが転移魔術を敷いていることも考えられる。
「何にせよ、俺たちはもう関わらない方がいい」
「……ですわね。はあ、とんでもないことに巻き込まれてしまいましたの」
ハオリンは大きくため息をついた。
「俺の周りはいつもこんなことばっかりだよ。里に連れていかない方がいいんじゃないか?」
「それはできませんの! タキ様は置いていっても、ムー様には来ていただかねば!」
「ムー!?」
ムーは慌てて俺のフードに隠れた。
「一人だったら行かないってさ」
「くー! 素敵な友情ですこと!」
歯噛みしていたハオリンの耳が、不意にぴくりと動いた。
「……うん?」
一拍遅れて顔もそちらを向く。
「どうした? 誰か追いかけてきてるか?」
「いえ……。今、トカゲモドキの足音がしたような……」
「え」
そういえば、元々俺たちはヒドゥンリザードを探しにきたんだった。ハオリンがシッと人差し指を立てたので、俺は慌てて自分の口を塞ぐ。
「あっちですの」
ひそひそと、ごく小さな声と身振りで伝えてくる。痛む身体を無理矢理起こして、足音を立てずに動くハオリンの後ろを消音の魔術を使ってそろりとついていく。
「いましたわよ。きっと、さっきの音に驚いて集落から逃げてきたんですの」
言いながら指差す先には、古びた太い木の枝――ではなく、木材のような色と質感で、のっぺりとした顔の爬虫類がのそのそ歩いていた。