働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第7話 瞬光魔術師とホテルビュッフェ

 店の外に出ると、先ほどの酔っ払い二人のそばに、制服姿の警察官が二人いた。

 先ほどの通報を受けて急行したものの、縛られて外に転がされていた男たちを見て困惑しているようだった。

 

「これ、魔術ですよね……」

「その、店内にいた若い男が魔術師だったんだな?」

「はい……」

 

 すっかり酔いが覚めた様子の元酔っぱらい二人は拘束されたまま正座させられ、詳しい事情を聞かれている。

 

 待機列からじろじろと容赦のない視線が降り注ぎ、『何したの?』『順番追い越して暴れたんだって』などと言われているところを見ると、もはや晒し首だ。

 割り込みされた方にしてみれば少し災難だったが、取っ組み合いの喧嘩で店を壊すのはやりすぎなので、やはり反省してほしい。

 

「その魔術師、まだ飯食ってるのかな」

「今入っても、店主にも話聞けないですよねえ。この店いつも、二時過ぎまでは客途切れないし」

 

 並んでいる客の数を見たら、営業を中断して出てきてくれとは言えないようだ。あの待機列から恨みを買うのが嫌なのかもしれない。

 

 あまり関わりたくはないが、一応事態を収拾した当事者なので、多少は協力しておくべきかと彼らに近づいた。

 

「あの」

「はい? あっ!」

 

 二人がほとんど同時に振り向き、途端に若い方の警官の顔がパッと明るくなった。

 

「【瞬光魔術師】だ! あ、いえ」

 

 思わず眉をひそめてしまい、相手はそれに気付いて口を押さえる。

 

「【瞬光】って……。首都警察の?」

 

 もう一人も俺のことを知っているらしい。やっとポスターを見かけなくなって安心していたのに、隣町に来たくらいでは捜査網から逃れられないようだ。

 

「失礼しました。リントヴルム警視でいらっしゃいますか?」

「この縄をかけた若い魔術師って、警視だったんですね!」

 

 二人は慌てて姿勢を正し、敬礼した。

 背後から、『あの人も警察?』『なんか見たことある』など、今度は俺についてひそひそと噂する声が聞こえる。

 

「け、警視……」

 

 俺の身分を聞いて、縛られている男たちはいよいよ青ざめていた。

 

「噂に違わぬ【瞬光】ですね。ご協力感謝いたします」

 

 店の中を荒らされたくなかっただけだが、警官たちからしてみれば到着した時には事件が終わっていたわけで、さぞ困惑したことだろう。

 

「すみません。今日は非番なので、大事にしないでいただけると助かります」

「承知しました。店の被害は……ドアの破損だけ、ですかね」

 

 蝶番が歪んで外れ、今は入り口の脇に立てかけてあるだけのドアをちらりと見た。

 

「ええ。客にも店員にも被害は出ていません。通常営業に戻っています」

「じゃあ、後は彼らをどうしたいか店主に聞くだけか……。優しい人だし、きっと被害届は出さないでしょう。助かったな、アンタたち」

「壊したドアはちゃんと弁償しろよ」

「はい……」

 

 しょげているところを見るとじゅうぶんに反省しているようなので、縄を解いてやった。今後は順番を守って、冷静に話し合いで解決してほしいところだ。

 

「管轄外の人間が口を出すことではありませんが、客の多い時間だけでも店を巡回ルートに入れるのはどうでしょう」

「そうですね。速やかに検討します。店主にも、スタッフを増やすことをおすすめしてみますよ」

 

 定期的に警官がうろつけば、血の気が多い客も多少は大人しくなるだろう。

 また来ると約束してしまったから、長く続いてもらわないと困る。

 

「ところで、警視はご旅行中ですか? 良ければ、目的地までお送りしましょうか」

 

 持っているトランクを見て、若い方の警官がうきうきとした顔で提案した。俺の話を聞きたいという顔をしている。

 

「い、いえ。急いではいませんから、結構です。それでは」

 

 休暇中に仕事の話なんかしたくないし、ホテルまで警察車両で乗り付けたりしたら、また悪目立ちしてしまう。

 慌てて断り、挨拶もそこそこにその場を離れた。

 

 背中越しに、立ち話を続けている声が聞こえた。

 

「かっこいいなー、リントブルム警視。できる男って感じでしたね」

「首都のエリートはやっぱ、見た目から違うなあ」

「それにしても偶然現場に居合わせるなんて、やっぱり警視のあの噂、本当なんですかね」

「噂?」

「昔検挙した魔術師に恨まれて『事件に愛される呪い』をかけられてるって」

 

 そんな呪いあってたまるか。

 

***

 

 今夜の宿は、カリストンの中心街から更にバスを乗り継いで南下した、山の斜面に建つホテルに取っておいた。

 長旅になるので予算を抑える意味もあったが、それだけではない。

 

「このホテル、ビュッフェが美味しいって話なんだよな」

 

 様々な料理を好きなだけ皿に盛って食べられる、なんて素敵な食事スタイルだろうか。

 

 家や仕事の付き合いで時々参加させられる会食は、広間を貸し切った立食ビュッフェであることも多い。

 だというのに、話と酒ばかりで誰も食べ物に手をつけない。冷めていく料理に内心指をくわえているばかりで、悔しい思いをすることが多かった。

 

 たとえ料理にありつけたとしても、例によって俺のことを知っている人間がいると、旧家の長男で総監の息子というキャラクターに合う上品なものを常識の範囲内の量でしか食べられない。

 

 というわけで、いつか本当に好きなものを好きなだけ取って食べたいと思っていたのだ。

 

 

 

 さすがにこんな郊外のホテルにいるなんて、誰も思わないだろう。顔を知っていたって他人のそら似だと思ってくれるはずだ。そんな打算があった。

 

 少し腹が減ってきても間食はせず、ダイニングが開く時間を待っていそいそと向かった。

 

 期待どおり、入った途端に大皿がずらりと並んだテーブルがあった。思わず口の端が緩む。

 

 まずはサラダとスープを確保して席に置き、今度は端から順に、肉や魚を手当たり次第取っていく。

 

「これ、何の揚げ物ですか?」

 

 皿に載せた時には普通の鶏肉かと思ったが、なんだか魔力を纏っている気がした。近くにいたホテルスタッフにおそるおそる聞いてみる。

 

「ロック鳥ですね」

「え? ……この辺りにいるんですか」

 

 ロック鳥といえば、巨大な鳥型の魔物だ。攻撃性が高く、出没した時には容赦なく討伐すべき相手だと学生時代に習った。

 木が密集している場所をねぐらにするので、首都に出ることはまずない。

 だがもし市街地のそばに出たらハンターだけでは太刀打ちできないこともあり、警察も応援に出ると聞いている。

 

「ええ、山が近いですからね。といっても当ホテルが襲われた記録はございませんから、ご安心ください。むしろ近くで討伐された時だけ入荷する限定メニューなので、お客様は運がいいですよ」

「そうですか……」

 

 幸運に分類されるということは、美味いに違いない。すっかり魔物食への抵抗はなくなっていた。

 

「……一巡目から取りすぎたかな」

 

 こんもりと盛られた皿を前に今更我に返ったが、好きなだけ食べると決めたのだ。さっそく手を付けた。

 

 マナーも食べる順番も気にせず、目に付いたものを口に運ぶ。情報どおり、どれを食べても味がいい。

 もちろんロック鳥のからあげも、カリカリの衣との相性が抜群だった。

 昼間のローストビーフの時にも思ったが、魔物の肉は意外と柔らかいものなのだろうか。

 

 取りすぎたかと思った皿の中身は瞬く間になくなり、二巡目を取りに向かう。もちろんロック鳥のからあげはリピートした。

 

 三巡目も一巡目と変わらない量を運んでいたら、先ほど説明してくれたスタッフが少し引いていた。

 その後、今度はデザートにケーキを別腹で選んでいると、いよいよ目を丸くしていた。気にしてはいけないと言い聞かせて、堂々と三種類食べた。

 

 

 

「ああ、美味しかった!」

 

 部屋に戻って、ベッドにごろんと横になった。食べてすぐ寝るなんて、母が見ていたら発狂しそうだ。

 

「満腹になるまで食べたの、初めてかもしれないな……」

 

 思えば、いつも一人前だと言って出される量を食べても満足したことがなかった。

 歳の離れた妹が食事を残した時だけは、残りをかわりに食べてやることが許されたので、むしろ残してくれと思っていたくらいだ。

 

「もしかして俺、人よりも食べる方だったのか」

 

 自分について今更気付くことがあるなんて。やはり首都を出て良かった。

 

 良い気分のまま寝そうになってハッと気付き、のろのろとシャワーを浴びると、早めにベッドに入る。

 

 今日一日で、旅行の計画は計画どおりに進まないことがわかった。

 もう明日からは交通機関の時間だけ確認して、適当に町の中を観光しよう。

 

「旅行を提案してくれたサリに感謝だな……」

 

 通信機には一切触れずにいようと思っていたが、機会があれば一度くらい連絡してもいい。そんなことを考えているうちに、いつの間にか寝付いていた。

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