働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第70話 瞬光魔術師と悪食家

 話が一段落すると、シフォンは立ち上がってキッチンに向かった。さっきから何の物音もしなくなったカゴが気になってきたようだ。

 

「タキくんが急いで持ってきたのもわかるなあ。これは心配になる」

 

 なにしろヒドゥンリザードが警戒して透明になっているせいで、見た目には何も入っていないように見える。

 

 迂闊に触れたら攻撃されるかもしれないので、カゴを持ち上げてみて、相応の重さがあることでなんとかまだそこにいることが確認できるだけだ。

 

「そうだ。ムーくんは魔術を無効化できるんだったね。この透明化も解除できるのかな」

 

 机の上で一緒に話を聞いていた毛玉を見ると、

 

「ムー」

 

 俺を見上げて鳴いた。

 

「やってみるそうです」

 

 シフォンは興味深そうに俺とムーを見比べる。

 

「意思疎通ができてるのも面白いな。別に、鳴き声が意味のある言葉として聞こえるわけじゃないんだろう?」

「犬猫でも、しばらく一緒にいると何が言いたいかわかるようになるじゃないですか。あんな感じですよ」

「なるほどな」

 

 人語を理解できる賢さがあるなら、返事をするくらい朝飯前だ。ザラモール語で喋っていてもわかるようなので、どう聞こえているのかは気になる。

 

「いけそうか?」

「ムー」

 

 手に乗せてキッチンのカゴに近づけると、ごく小さく鳴いた。鳴き方で加減しているのか、デスクライト程度の明るさでパッと光る。

 

「おお」

 

 同時に茶色のトカゲがカゴの中に現れた。そういうパフォーマンスのようだった。

 

「すごいなこれは! ムーくん、ウチの研究所で職員として働かない? きみがいれば、今よりもっと安全に魔物を研究できる」

「ムー?」

「三食昼寝、日光浴付きでどうだい」

「ムー!」

 

 普段から移動を俺に任せっぱなしの怠惰な毛玉は、それ良いなと言いたげに俺を見た。

 

「相棒を引き抜こうとしないでください」

「タキくんも研究させてくれよ。神の寵愛持ちなんて、確認された数で言えばオーリオールより珍しいんだから」

「なんでムーは職員で俺は研究対象なんですか」

 

 珍獣扱いに異議を申し立てると、シフォンはからからと笑った。

 

 

 

 それからシフォンは、様々な角度からヒドゥンリザードの写真を撮り、エプロンを着けて腕まくりをして手袋をつけて、さっそく捌き始めた。

 

「本当に食べるんですのね……?」

 

 ダイニングテーブルの上に汚れ防止のシートを敷き、あまり美味しそうには見えないトカゲに躊躇いなく大ぶりのナイフを突き立てる様子を見て、ハオリンが引いている。

 

「もちろん。ついでに骨格とか機構とか、いろいろ記録するけどね」

 

 本来の学者はそっちが目的になると思うのだが、彼にとっては食欲の方が優先されるらしい。

 

「今から解体して調理したら、出来上がる頃にはちょうど夕食時かな」

 

 いつの間にか、夏の遅い夕暮れが迫ってきていた。窓の外を見た瞬間、散々動いたのに軽めの昼食の後から何も食べていないことを思い出してしまい、空腹とともに忘れていた疲れが戻ってくる。

 

「食べていく? トカゲ料理」

 

 気にならないと言えば嘘になる。そしてこれだけ苦労したのだから、美味しくあってほしい。

 

「……じゃあ、せっかくなので」

 

 好奇心に負けた俺が頷くと、ハオリンは何も言わずに丸い眉をひそめながら俺を見て、「本気か」という顔をした。

 

「きみも物好きだねえ。親近感が湧くよ。ファルシェンに戻った時には連絡するから、トルテも交えて一杯やろう」

「ええ、ぜひ」

 

 魔物食に抵抗がない学者が二人揃ったら何を食べさせられるのか少し不安になったが、手慣れたナイフ捌きを見るに、きっと不味くはないはずだ。

 

「巫女さんだって、足音を聞き分けられるってことは、月見の里にもそこそこの頻度で出没するんだろう? 食べないのかい?」

「兎族は元々あまりお肉を食べませんの……。飼育している鶏でじゅうぶんですわよ」

 

 外から来た客をもてなす時には、野生の猪や鹿を仕留めることもあるらしい。兎族はウサギの可愛らしいイメージとは裏腹に、強靱な種族のようだ。

 

「慎ましい食生活なんだねえ。人間なんて珍獣と見るや否や、毒があっても何とかして食べようとするのに」

 

 毒がある部位を突き止めてそこだけ取り除くのは序の口で、すり潰して毒の成分を抽出し、その残りかすを固めるとか、本当にどうしてそこまでして食べようと思ったのかわからない食品は多数ある。

 

「また、毒があるものって何故か美味しいんだ。キノコとかさ」

「ど、毒キノコも食べられるようにできますの?」

「できるよ。東部の山で採れる代表的な毒キノコの毒抜きの仕方、教えようか?」

 

 スクラヴォットの安全な食べ方を考案したと聞いた時点でもしやとは思っていたが、このシフォンという男、率先して毒に当たりにいくタイプか。

 

「それは少し……気になりますわね……。魔物の被害が増えておりますから、いざという時に食べられるものが増えるのは助かりますの」

 

 娯楽で余計なものを食っているだけのシフォンとは裏腹に、ハオリンの表情は真剣そのものだった。

 

「じゃあ、お代はボクが月見の里に行った時にきみが案内するってことで」

「構いませんの。畑からお社まで、この月神の巫女がしっかりご案内いたしますわよ」

 

 こうしてまた、新しい取り引きが成立した。

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