「先につまんでいて」と出されたサラダと小鉢をつつき、ハオリンがムーにレタスを食べさせているのを眺めながら待つことしばし。包丁の音が止まったと思ったら、油が跳ねる音と良い匂いがしてきた。
「はい、できたよ。実験みたいなものだからさ、少しずついろいろ作ってみた」
まずドンとテーブルに載せられたのは、唐揚げだった。そしてシンプルに塩胡椒だけで味付けされた串。
それから、黒っぽい餡が絡んだ野菜炒めのようなものが、形も大きさもバラバラの皿で三人分。そして主食として、昼にも食べた蒸しパンまで出てきた。
「我ながら良い出来だ。意外と可食部が多いのもポイントが高い。養殖すればいい食料になるだろうなあ」
味見で先につまんだらしく、シフォンは口をもぐもぐさせながらテーブルにつき、メモを取る。
「そ、それはようございましたの……」
ハオリンは目の前の皿を見て、まだ怖じ気づいていた。
「それじゃ、いただきます」
「うん、召し上がれ」
シフォンは顔を上げずに頷くだけだ。テーブルマナーは必要ないと判断して、さっそく唐揚げに箸を伸ばした。
一口齧ったら、衣がざくっと音を立てる。
「どうだ、いけるだろう」
「はい。臭みもないし、思ったより食べやすいです」
肉質としては牛とも鶏とも言えない歯ごたえがある赤身という感じだが、今までに食べた魔獣と同じく程よい脂も感じられる。美味いか不味いかで言えばかなり美味い。
そして。
「何より衣が美味しい……」
油っこさが全くなく、薄付きなのにしっかりと香辛料の味も感じる。これなら何の衣にしても美味しく食べられそうだ。
「そう、割と淡白だったから衣の味付けを濃くしてみた。焼き串と食べ比べてみなよ」
勧められるままに焼き串も一本貰う。家庭料理なのにわざわざ串に刺す辺り、料理にかけてはこだわりたいタイプなのだろう。
「これはこれで美味しいです。でも、俺は唐揚げの方が好きですね」
「ボクもそう思う。そんでもって、こうだ」
シフォンはにやりと笑うと、白い蒸しパンを半分に割り、サラダのレタスと唐揚げを挟んで頬張った。
「うん、いける! 焼きの場合は、濃い目の醤油だれの方が合いそうだなあ」
俺も同じようにして食べてみる。甘みのある蒸しパンと衣のお陰もあって、チキンカツのサンドイッチのようだった。
「良いですね。欲を言えばもう少し大きくて挟みやすかったら、売り物にもできそう」
「同感だ。叩いて平たく伸ばしたら、食感も柔らかくなって良いかもしれないなあ。何とかして捕獲方法を確立したいところだ」
と、料理の改善点について話し合いかけたところでふと気付く。
「いや、食肉として流通してるものはいくらでもあるんだから、わざわざこれからもヒドゥンリザードを食べる必要はないんじゃ……」
「いやいや、まだ謎の多い魔獣だからな。サンプルはいくらいてもいい」
絶対また食べたいだけだ。呆れつつハオリンとムーを見ると、サラダの器から次に食べるものを物色している毛玉はさておき、ハオリンはサラダ以外には手を付けずに、箸を持ったまま俺たちを見ているだけだった。
「ハオリン、食べないのか? 別に特別辛いものはないけど」
「うう、そうは言われましても、魔獣のお肉はやっぱり抵抗がありますわよ……」
「そうか、巫女さんだものね。どの宗教でも基本的に魔物は不浄とされているし、無理に食べる必要はないよ。これは素揚げにして酢豚の豚肉のかわりにしてみたんだけど、肉はボクが食べよう」
シフォンは特に気にもせず、ハオリンの前の酢豚もどきを自分の方に引き寄せて、取り分け用の箸で肉だけを自分の皿に移した。
「行儀が悪くて済まないね。食事のマナーはファルシェンに置いてきたんだ」
笑いながら皿を返すシフォンは、一応は旧貴族の家系なのに俺以上にアウトローだった。
「ありがとうございます。ご配慮痛み入りますの……」
「どういたしまして」
ハオリンはほっとした様子で野菜だけになった酢豚もどきを食べ始め、頬張って少し咀嚼したところで、目を輝かせた。
「美味しいですの! 特にこの、黄色いものが甘酸っぱくて……。これは……果物?」
「それはパイナップルだねえ。そういえばこの前職場の同僚と、酢豚にパイナップルを入れるかどうかで揉めてね。そいつは入れないって言い張ってさ。絶対入れた方が美味しいと思うんだけどなあ」
仕事中に何の話をしてるんだ。そういえば、俺は部下とあまり雑談をしてこなかった。コンテルスカでようやくニコロとゆっくり話ができたくらいだ。
そんなことをしている暇がなかっただけなのだが、それでも慕ってくれていたのが、今となっては不思議だった。
「ええ、わたくしもそう思いますの」
「パイナップルを入れると肉が柔らかくなるのさ。ただの彩りだけじゃなくて、ちゃんと理に適ってるんだよ」
蘊蓄を聞きながら、噂の黄色い欠片を食べてみる。
俺は好き嫌いがないので普通に美味しくいただくが、確かに酢の酸味とパイナップルの甘さのバランスや食感が苦手な人もいそうだ。間違いなく母はダメだろうな、とどうでもいいことを考えた。
「ユエリヤ様にもぜひ食べていただきたいところですけれど、里ではこのパイナップル? というのも、お酢もあまり手に入りませんから、作るのは難しいですわね……」
むむむと口を尖らせるハオリンを微笑ましげに見ていたシフォンが、ふと思い出して訊ねる。
「ユエリヤ神っていえば、今、力が弱まってるんだろう? どんな状況なんだい?」
途端にハオリンは身を乗り出す。
「そうなんですの! 祠に何者かが細工をして、ユエリヤ様が外に出られなくなっているのです」
神なんて見たことがある人間の方が少なく、俺のように存在を疑う者もいるほどなのに、ハオリンの態度は崇拝しているというより、家族の身を案じているようだった。
「出られなく……ってことは、それまでは実際にその祠にいて、自由に出歩いてたってこと?」
「はい。里の子どもと遊んでくださったり、集落をお散歩されたり、一緒に畑仕事をなさることもありますの」
「それはまた、ずいぶん庶民的というか、地域密着型の神だねえ……」
それだけ身近で誰もが会える存在なら、信仰も深まろうというものだ。神にもいろいろな形があるらしい。
「祠から出られなくなってるってことは、封印かな? でも、神を封印できる魔術なんて聞いたことないけど……」
それを聞いて、俺はエルダリスでの出来事を思い出した。
「……グロリアなら、できるかも」
ムーが廃墟に閉じ込められていた時の古代魔術について話すと、シフォンは食べる手を止めて、興味深そうに聞いていた。
「古代魔術か……。ボクはそっちの分野には詳しくないけど、オーリオールを閉じ込められるくらい強力なら神にだって効くかもしれないね」
「まあ、よその神を封じる目的はわかりませんけど」
そんなことをしたって、月神教の信者が改宗するわけではない。人の考えなんて、酢豚に入れるパイナップルの有無程度でも簡単には変わらない。変えられない。
「もしムーくんが閉じ込められた件と犯人が同じなら、目的も同じなんじゃない?」
ということは、じわじわと弱らせて神を亡き者にしようとしていることになる。
「でも、神は不死なんでしょう? 閉じ込めたところであまり意味はないんじゃ……」
「
箸で俺の胸の辺りを指し、シフォンはにやりと笑った。