一人で仕分け作業をすることになってしまった里長から里の現状を聞きつつ待つことしばし。
里長夫人が湯気の立つ茶色っぽいスープと根菜の煮物、そして薄茶色の四角い何か――豆腐という、豆から作った甘くないプリンのようなものらしい――が入った小鉢を持ってきてくれた。
「有り物でごめんなさいね」
一人用の低い机のようなものが二人分用意され、植物を編んだと思われるさらりとした敷物の上にハオリンと並んで座った。麓の町でもらったおにぎりと野菜の漬物も並べると、立派な昼食だ。
「いえ、大変な時なのにすみません。ありがたいです」
麓の町もそうだったが、本来なら食料をよそ者に分ける余裕などないはずなのに、それでもできる限り不自由がないように気遣ってくれる。善良な人たちだ。
「『困った時はお互い様』って、ユエリヤ様がよく仰るんですのよ」
食前の祈りを捧げるハオリンの仕草を真似して手を合わせる。嬉しそうに煮物を頬張るのを見てから、俺もさっそくおにぎりに手を伸ばした。
「美味しい」
シンプルな塩味の白米は冷めてもしっとりとしていて、噛むうちに甘みが出てくる。味噌汁というらしい汁物ともよく合った。
「やっぱりお米が一番ですの!」
ハオリンも、未だかつてないくらいモリモリと箸が進んでいる。
「ムー?」
「お前も食べてみるか?」
俺の肩に乗って食べられるものがないか物色している毛玉に、試しに煮物の中のニンジンを手に載せて差し出した。里では動物系の材料をほとんど使わないようだから、ムーにも食べられるのではないかと思ったのだ。
いつもどおりフンフンと匂いを嗅ぐ仕草をしてから、ぱくっと食いついた。煮込まれて柔らかくなった半円のニンジンはほろりと俺の手に落ちて、その角が少しだけ削れていた。断面に歯形のようなものはない。
「お口に合いまして?」
「ムー!」
微笑ましげなハオリンに、元気に返事をした。今更だが、食べたものがどこで消化されているのか少し気になった。
食後のお茶を貰うと、ハオリンに『縁側』に行かないかと誘われた。庭に直接出られるようになっている板張りの通路で、風が通るので涼しいらしい。
「今は少し眺めが悪いですわね。本当は、綺麗なお庭ですのよ」
縁側に腰かけながら、ハオリンは靄がかったような薄暗い庭の姿に口を尖らせた。俺も隣に座り、一息つく。
「へえ……。ユエリヤ神を助けたら、本来の景色が見られるかな」
「ええ、きっと! 今日のところはしっかり休んで、明日の日中に祠へ参りましょう」
「そうだな。今日はさすがに疲れた」
ため息をついて、少し厚みがある茶器の縁に口を付けた。薄緑の透明なお茶は少し苦味があり、葉の香りが強い。
しかし聞いたところによると、紅茶も首都でよく飲んでいた黒っぽいお茶も、全て同じ茶葉からできているというから不思議だ。
庭に降りたムーは、警戒しつつも興味深そうに植物の合間を探索している。と思ったら、玄関口の方がにわかに騒がしくなって慌てて戻ってきた。
「里長様! ハオリン様がお戻りになられたって本当ですか!」
報せを聞いた住民たちが、庭に雪崩れ込んできた。当たり前だが老若男女に兎の耳がついているのが、なんだか不思議な感じだ。
「ヒカリヌシ様もご一緒だとか……」
「ああ、失礼のないようにしてくれ」
支援物資を仕分け終わって一休みしていた里長が、奥から出てくる。
「本当だ、ハオリン様がいらっしゃる! よくぞご無事で……」
「ご心配をおかけしましたわね」
ひとしきり挨拶を済ませたところで、せっかく来たのだからとそのまま支援物資の分配が始まり、俺もほとんどの住民と顔を合わせることになった。
「伝説のとおりのお姿だ! ありがたや……」
「お越しいただけただけでも本当に感謝いたします」
かわるがわる拝まれて、ムーまで神のような扱いだ。そのうちこの毛玉も進化するのだろうか。
「里までの道は、魔物が多くて大変だったでしょう?」
そんな中で、麓の町から物資を調達しているという例の商人は、ムーではなく俺に話しかけてきた。
「はい。あれでは麓にも降りられませんよね」
「そうなんです。日に日に増えていく有様で、全く太刀打ちできず」
ため息をつく商人は、腰にハオリンと同じような片刃の剣を携えていた。
体つきからしても腕が立ちそうだが、それでも圧倒的な数で襲いかかられたらどうしようもない。俺たちは二人と一匹でフォローし合えたからなんとかなったものの、ハオリン一人だったら危なかっただろう。
「そうだハオリン様。最近祠の周りにも大きな魔物が棲み着いていて、近寄れないんです」
「魔物!? そんな、ワンシュ様は?」
「それが、どこにもいらっしゃらなくて」
「ワンシュ様?」
新しい言葉に首を傾げると、ハオリンは丸い眉を寄せて泣きそうな顔を俺に向けた。
「ユエリヤ様の眷属の精霊様です。祠は自分が守るから大丈夫だと言って、わたくしを送り出してくださったのですが、どうなさったのでしょう……。やっぱりわたくしだけでも、先に様子を見に――」
慌てて剣を取りに戻ろうとしたハオリンの腕を掴み、首を振る。
「だめだ。暗くなったら魔物は活発になる。予定どおり明日、日が昇ってから行くべきだ」
気丈に振る舞ってはいるが、今だって、俺よりも先導していたハオリンの方が疲れているはずだ。そんな状態で強い魔物に出くわしたら、間違いなく命に関わる。
「でも……」
「話を聞いてる限り、ユエリヤ様は里の人たちを大事にしてるんだろ? ハオリンに何かあったらきっと悲しむ」
「そう、ですわね」
目を伏せてうろうろと泳がせたが、すぐに顔を上げて胸を張った。
「せっかちなタキ様に待てと言われるなんて、私もまだまだですの」
やや鼻につく言い方だったが、軽口を叩く余裕が戻ってきたなら何よりだ。