働きすぎた瞬光魔術師の美味しい休暇旅行   作:毒島リコリス

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第77話 瞬光魔術師と白い獣

 ワンシュの攻撃に遠距離魔術はないようだった。あればとっくにぶちかましているはずだ。

 となれば警戒すべきは巨体から繰り出される爪、そして牙。

 

 ただの(フーニス)では簡単に引きちぎられるに違いない。太くて強靱な縄を編むには時間が必要だが、少しでも魔術を練る仕草をすれば、阻止すべく靄の中から飛び出してくるだろう。

 更に、簡単には触れさせてもくれない素早い動きが捕獲の難易度を上げる。

 

「何か策がありますの?」

「一応は。ハオリン、今のうちにワンシュ様について教えてくれ。好きなものとか、普段何をして過ごしてるとか、お気に入りのおもちゃとか、何でもいい」

「す、好きなもの? おもちゃ? ええと、蒸したお野菜と鶏肉のご飯がお好きですの。普段はユエリヤ様と日向ぼっこをしたり、里の子どもたちを背中に乗せて走り回ったりしておられます。後は、ユエリヤ様やわたくしが投げた枝を空中でキャッチする遊びがお得意ですわね」

 

 ハオリンは困惑しながらも、真剣に答えてくれた。概ね犬の性質と考えて良さそうだ。

 

「ハオリンはそこから動かないように」

「タキ様!?」

 

 俺は靄の中に飛び込んだ。突然取り残されたハオリンが慌てるが、思ったとおりワンシュは俺を追ってくる。犬に近いなら動く物を追うはずだと思ったら当たりだ。

 加えて、おそらく微かに残るワンシュの潜在意識がハオリンを襲うことを躊躇っている。決着を付けるなら今のうちだった。

 

 しっかり追ってくることを確認した上で、ハオリンのいる方に方向転換する。

 速く走っているものほど急には止まれない。重量があるなら尚更だ。突然立ち止まって振り向くと、案の定ワンシュも止まろうとして四つ足で踏ん張ったが、体勢が崩れた。

 

「【雷網(トニト・レーテ)】!」

 

 その隙に雷を網状に広げて展開する。光る格子がバチバチと派手な音を立て、黒い身体に覆い被さった。

 

「ギャン!」

「きゃあ!?」

 

 雷は攻撃力もさることながら、光と音による衝撃も強い。人間よりも感覚が鋭い獣なら、それなりのダメージになるはずだ。――ハオリンには耳を塞げと言うべきだったかもしれない。

 

「ムー!!」

 

 間髪入れずにムーが鳴き、一帯が明るく輝いた。俺も思わず腕で顔を覆う。

 やがて光が収まり、そっと様子を窺うと、黒い獣がいた場所には薄汚れた白い固まりが落ちていた。

 

「ワンシュ様!」

 

 ハオリンが慌てて駆け寄る。俺も後を追った。

 

「クゥン……」

 

 ワンシュの本来の姿は、毛で目が隠れているフサフサした長毛の犬だった。黒かった時よりもいくらか縮んだが、それでも牛くらいの大きさはある。

 

「うう、ワンシュ様、すっかり縮んでしまわれて……」

「え? 元はもっと大きかったのか」

「ええ。今のお部屋では窮屈ではないかという話が出ていたくらいですもの」

 

 頷いたハオリンは、広場の中心に佇む木造の建物を見た。祠と言うには大きいと思ったら、犬小屋だったのか。

 

「大きな怪我はないようですわね。鳴いたということは、意識もありますのね?」

「今はちょっと痺れてると思うけど、精霊だし、すぐに回復するはずだ。ハオリンは大丈夫か?」

 

「ちょっと耳がキーンとしますけれど、大丈夫ですの。ワンシュ様を助けていただいたのですから、文句は飲み込んでおきますわよ」

「悪かったよ……」

 

 雷の魔術は速度が売りなので、発動してから耳を塞いでも遅いのだ。

 

「ムー?」

 

 心配そうにムーがワンシュに寄っていく。形や大きさは違うが、二匹並んでみると確かに似た種族なのだなと思えた。

 

「よし。ムーのおかげで靄も少し晴れた気がする。魔物もしばらくは寄りつかないはずだ。ワンシュ様が回復したら祠に案内してくれ」

「はい!」

 

 二人掛かりでワンシュを支え、犬小屋と呼ぶには立派すぎる住まいまでなんとか移動した。

 

 さすがに階段を上らせることはできなかったのでその手前に横たわらせ、俺とハオリンは階段に腰かける。ムーはワンシュの頭の上に乗り、看病するかのようにずっと寄り添っていた。

 

 

 

 十分ほど経っただろうか。ぐったりと横たわっていたワンシュが、おもむろに頭を上げた。バランスを崩したムーが背中に転がり落ちる。

 

「ワンシュ様! 気がつかれましたか!」

『ハオリン……』

「喋った!?」

 

 喋ったというか、ワフ、という控えめな鳴き声に意味があるように聞こえると言った方が正しいか。とにかく、俺にも聞き取れた。

 

「良かった、ワンシュ様。元に戻られて……」

 

 ハオリンが今にも泣きそうになりながら首に抱き付く。

 

『心配をかけて済まなかったな。よく帰ってきてくれた』

「いえ、間に合って本当に良かった……」

『お主らも。私を正気に戻してくれてありがとう』

 

 見た目は完全に犬だが、口調は落ち着いた老人のようだった。

 

『ハオリンが旅立った後、しばらくはこの汚染された魔力にも抗っていたのだがな。いつの間にか蝕まれて、あと少しで自分が何者かもわからなくなるところだった』

 

 フウ、と大きな鼻からため息を漏らす。大体予想したとおりの経緯だった。

 それから、少しふらつきながらもワンシュはゆっくりと立ち上がる。

 

『さて、待たせたな。早くユエリヤ様の元へ向かわねばならぬというのに』

「もう大丈夫ですの? ここで待っていてくださっても……」

『いいや。ユエリヤ様の守護精霊として、少しでもお側にいたいのだ』

 

 ワンシュは改めて意識をはっきりさせるようにぶるぶると身震いして、背筋を伸ばした。その動作でムーが吹っ飛ばされ、慌ててキャッチした。

 

『おお、済まない。そこにおったか同胞よ』

「ムー!」

 

 小さい方の毛玉は俺の手の中から問題ないと鳴き返す。

 

『若いのに、なかなか良い光であったぞ。お主の契約者の雷も効いたわい』

 

 身体を揺らし、ワフッと笑った。

 

「すみません。動きを止めるためとはいえ少し乱暴でした」

『構わぬ。さあ、行こう。私を止められたお主らになら、ユエリヤ様もきっと救える』

 

 そして、住まいの裏手にある坂道へのっしのっしと歩き出す。俺とハオリンは顔を見合わせ、その後ろをついていくことにした。

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