さすが祭り好きの民、日暮れには準備が大方整い、さっそく宴会が始まった。
魔物の脅威に怯えて閉じこもっていた住民たちが、屋敷の庭や縁側で踊ったり歌ったり食べたり飲んだりと、今までの不安と不自由を吹き飛ばすかのように思い思いに過ごしている。
俺のところにも持ち寄った料理を次々と持ってきてくれるおかげで、明るいうちからずっと食べ通しだ。
「やっぱり、賑やかなのはいいわねえ」
縁側に腰かけ、舞台上で行われている出し物を眺めていたら、ユエリヤ神が隣に座った。
ワンシュもユエリヤ神の足元にのそのそと歩いてきて寄り添う。暗くなると、どちらも仄かに発光しているのがよくわかった。
「タキくんとムーくんも、そう思わない?」
杯を差し出され、礼を言って受け取ると手ずから注いでくれた。神からお酌を賜るというのは不敬にならないのだろうかと辺りを見回すが、誰も気にしていなかった。
「そうですね……」
騒ぎの中心になるのは勘弁願いたいが、皆が笑い合っている姿を見ると達成感はある。
思えば生徒会に入った時だって、警察官になった時だって、両親に言われるままにやっていたことでも、自分が動くことで誰かが笑顔になるのは嫌いじゃなかった。
「こういうのは、悪くありません」
杯を見ると、透明な辛口の酒に俺の顔が写っている。俺はこんな風に笑うんだったか。
ぼんやりと眺めていたら、ふふっと笑い声が聞こえた。振り向くと、ユエリヤ神は俺を見て微笑んでいた。
「……エンブラちゃんが、タキくんを気に入る理由がわかった気がするわ」
小さな杯を両手で上品に持ち、のんびりと傾ける。
「理由? 何ですか?」
「直接聞いてみると良いわよ。会いに行くんでしょう?」
「ええ、まあ。どこにいるのかご存じですか?」
「そうねえ。今はエンブリオンにいると思うけど。住まいにしている小さな島があるのよ」
ソリオン、ユエリヤ、エンブラの三柱による酒盛りは、持ち回りでそれぞれの拠点に集まるのが慣わしらしい。
「行けばわかるわ。人間の間でも有名だったと思うから」
「情報ありがとうございます」
「どういたしまして」
ユエリヤ神は全てを包み込むような、優しげな笑顔を向けた。と思ったら、
「里の恩人だもの。答えられることは答えるわよ。改めて、私を外に出してくれてありがとう」
今度は幼い子どものようににこっと笑う。印象がころころ変わる神だ。だから、満ち欠けをする月に例えられたのかもしれない。
「いえ、お役に立てて良かったです」
なんとなく照れくさくなり、視線を逸らした。話を変えようと、気になっていたことを訊ねる。
「……あの。封印された時のこと、覚えていますか?」
「少しだけ。夜の遅い時間だったと思うわ。寝ていたら、人間のような魔物のような、なんだかあまり良くない気配が門をくぐったの」
『ああ。傍目には人間にしか見えなんだ。黒い服を着た若い男だった』
ワンシュはグルルと唸った。
「やっぱりグロリアか……」
『何者かと訊ねようとしたんだが、その前に眠らされてしまった』
「私も、寝ぼけていたものだから。外に出る前にうっかり閉じ込められちゃったのよねえ」
「閉じ込められちゃったって……」
のんびりしているというか、少々抜けているというか。あまり危機として感じていなそうな辺りが、力を持つ者の余裕なのだろうか。
「でも頑張ったのよ? 出られないなりになんとか、里の子たちが魔物に襲われないようにだけはしようと思って」
「それで祠の周りよりも里の方が安全だったのか……」
自分の信者をぞんざいに扱うグロリアとは正反対だった。
「だって、皆がいなくなっちゃったら、お団子が食べられなくなるじゃない」
「お団子?」
首を傾げたところで、ハオリンが走ってきた。
「ユエリヤ様! 月見団子をお持ちしましたの!」
「まあ、ありがとう」
一口大の白い団子が、足の付いた四角いトレーの上に階段状に積まれていた。ユエリヤ神は更に笑顔になって、さっそく箸で一つ取る。
「タキ様もいかがです? ユエリヤ様お墨付きの、美味しいお菓子ですわよ」
「へえ……」
そう言われたら、食べないわけにはいかない。
「ハオリンも一緒に食べましょ?」
「では、お言葉に甘えて」
団子の乗ったトレーを置き、しずしずと正座したハオリンは、まずユエリヤ神が食べるのを待ってから自分も一口大の丸い団子を頬張った。手掴みでも良いらしい。
「やっぱりこれよねえ」
ユエリヤ神は頬を押さえて幸せそうに笑う。
「ええ、安心する味ですの」
そんな二人を見ながら、俺も齧ってみた。噛むと程よく弾力があり、もちもちとした感触と優しい甘さを感じた。
「ムー?」
積まれた団子のトレーに載ったムーが、フンフンと匂いを嗅ぐ。
「ムー様も食べられますわよ。お米の粉で作っておりますから」
ハオリンがムーのために団子を一つ手に乗せて差し出した。
加工した食品を食べ慣れていないムーは、いつもより念入りに匂いを嗅いだ後、控えめに齧った。
「ムー!」
美味かった時に出す明るい鳴き声と共に、いつもよりゆっくり、もっちもっちと口元が動いた。
「ね、美味しいでしょ?」
「ムー」
もりもりもちもちと食べ始めた毛玉から再び庭に視線を移し、団子をもう一つ食べたところで気付く。
「……もしかして、これをお供えしてもらうかわりに里を守ってるんですか?」
「そうよ。それに私、ふわふわした生き物も好きなの。兎族の皆はとっても可愛いわ」
うふふと笑いながら、傍らのワンシュを撫でる。
「ワンシュもふわふわになったわね。シャンプーのことも、ありがとう」
『念入りに洗われると、スカッとするものなのだな』
白く輝く毛並みは、見るからにつやつやになっていた。思わず撫でたい衝動に駆られる。
「触ってもいいですか?」
『もちろん』
そろりと背中を撫でてみる。ムーと似た手触りだが、大きい分こちらの方が撫で甲斐があった。
「ムー」
わしわしと撫でる範囲を広げていたら、団子を食べ終わったムーが自分も撫でろと寄ってきた。指で眉間の辺りを撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。学校の敷地内に住み着いていた野良猫を思い出した。
「こんなにふわふわになるなんて。今後はワンシュ様のお手入れに定期的なシャンプーを組み込むべきですわね……」
同じく許可を貰って撫でるハオリンが、真剣に検討する。
「いいわねえ。麓のお店に売ってるかしら」
ムーをたまに洗う程度ではまったくなくならなかったのに、ワンシュを一度洗っただけで瓶の中身は空になってしまった。
「犬猫用のシャンプーだからなあ……」
一度で半分以上使うとなると、まとめ買いしておかねばならない。麓の町に、そんなに在庫があるだろうか。別途発注しなければならないのでは。
「ワンシュ様は犬じゃありませんわよ!」
「自分もワンちゃんみたいなって言ってただろ」
「ち、違います! それは比喩というやつですの!」
『何でも構わんよ』
「うふふ」
笑い声はそのまま真夜中まで絶えず、頭上では、丸い月が里を明るく照らしていた。