ショート動画を流してみてると時々、料理の動画が流れてくる。
おしゃれ気取った、意識高い系の料理動画はそれ程だが、適当に切って、焼いて、揚げての動画を見ると、腹が減ってくる。母にその動画を見せて作ってもらうのも良いが、なんだろう、自分で作ってみたくなった。
自分は料理の経験はない。包丁も握ったことがない。カップラーメンを料理として良いなら、料理はしたことはあるだろう。母にキッチンを使っていいかと聞いて、了承を得られたので、鶏肉を買って、下味付けて、粉付けて、油で揚げてみた。初心者の割にはうまいこと揚がったと思う。父や母からも褒めてもらえた。
褒めてもらえたけど、油が跳ねまくって、粉を撒き散らして、肉を切った包丁を放置していたら怒られた。料理をするなら片付けるまでやりなさいと。洗い物はキチンとした。けど、油汚れ、これがめんどくさ過ぎる。どこまで飛び散ったのか、壁一面に飛び散って、こびりついている。どうして鍋の中で終わってくれないのだろうか。どうして油は外に出るのだ。
俺は軽く拭いただけで寝た。起きたら怒られた。知らなかったが、うちの母にとってキッチンは聖域に近いものらしかったらしい。父から聞いた。俺が料理してるのを微笑ましく見てくれていたのだが、キッチンを汚したままだったのが良くなかったらしい。そういうの早く教えてほしかった。
また、おいしそうなショート動画を見た。ハンバーグだった。母にキッチン使わせてと言って、ちゃんと片付けると約束して、使わせてもらった。玉ねぎを切って、炒めて、冷まして、ひき肉に塩を入れて、混ぜて、粘り気が付いたら玉ねぎ入れて、卵入れて、パン粉入れて、また混ぜた。焼いたらジューシーなハンバーグが完成した。両親は美味しいと言って、食べてくれた。今回は怒られないように、キッチンを徹底的に掃除した。そしたら、怒られなかった。
ちゃんと掃除したら怒られない。俺は学んだ。だが、めんどくさ過ぎる。食器やフライパンを洗うのは、然程面倒くさくはない。むしろ好きな方かもしれない。ただ、油跳ねを掃除するのが面倒くさすぎる。油どもはどうしてそこまで跳ねるのだろうか。なぜ、俺の真後ろまで跳ねているのだろうか。
唐揚げのショート動画を見た。この前とは違う味付けで、また作りたいと思った。が、しかし、油の掃除がだるい。母に、油の掃除しないと駄目なのか聞いた。もちろんだと言われた。母に唐揚げを作るから、片付けは母がやってと言ったら、料理をした本人が片付けなさいと言われた。
母のキッチンは使えないだろう。唐揚げを諦めるか。そう考えた時、別のショート動画を思いだした。野外飯だ。キャンプ場、河川敷、そこであれば油跳ねを気にせずに、料理をしても良いのではと思いついた。父からカセットコンロを強奪して、俺は山へと向かった。
父の爺ちゃんが持ってた山で、今では父の山となっている。そこそこ広くて、踏み入ったことがあるのは、山の麓にある駐車場から、頂上付近にある祠までだ。駐車場はアスファルトで舗装されている。祠までの道も整備されている。登山客も、そこそこ見かけるので、その人たちの邪魔にならない場所で唐揚げを揚げたい。
たしか、祠のある広場の登ってくる道とは反対側に使われていない道があるって婆ちゃんが言っていた。その先に、良い感じの唐揚げ揚げスポットがあるだろう。
囲炉裏で休んでいた爺ちゃんに唐揚げを揚げに山行ってくると伝えて、朝早くに家を出る。
鞄の中には、カセットコンロとガス缶、鍋、鶏肉、しょうゆ、塩、しょうが、にんにく、ナツメグ、コメ油を入れて出発した。
家には明るいうちに帰りたいので、走って登っていく。今日も山には多くの人が登りに来ていて、通りすがりに挨拶をしていく。そこまで高くない山なので、俺も含めて、みんな軽装だ。
途中休みながら、1時間くらいで祠のある広場に到着した。祠の裏を進んでいくと、分かりにくいが道があった。整備はされていない道であったが、茂みにはなっておらず、先まで進むことができた。特に勾配もなかったので歩きやすかった。奥に行かずにサッサと料理を始めても良かったが、まだ、祠が近いのか人のガヤガヤとした声が聞こえたので、道の先に進むことにした。せっかく山の中で料理をするのだ、ムードってものを大事にしたい。
10分くらい歩いただろうか。谷間へ道が通っていた。料理が第一目標であるが、道の先も知りたい。谷の間に向かっていった。
谷間に入ってから直ぐに崖で囲まれた開けた場所に出た。道は洞窟に続いていた。崖に5mくらいの横穴があいていて、その先は暗闇で見えなかった。ここで良いか。洞窟の入り口付近にある岩に腰を下ろして。料理を始める。
鶏肉は切ったものを買ってたので、ジップロックの中に移して、調味料を入れて、揉みこむ。そのあとは、30分くらい漬け込む。家で漬け込んでいたら、直ぐに揚げれたな。料理初心者の学び。
暇になってしまったので、洞窟を探検してみる。光は届かないが、スマホのライトがあるので問題ない。
洞窟は水の流れで削れてできるものだから、湿ってると思っていたが、中は乾燥している。土がサラサラしてる。暗くて見えなかっただけで、道は続いていたらしい。行く手をふさぐものはなく、楽々と歩いて行ける。
洞窟を進んで、8分くらい歩いた。長すぎやしないか?洞窟も観光スポットになるらしいし、祠同様に整備したら、ここも良い感じに人を呼び込めるだろう。父に教えてあげよう。そんなこと考えてたら、人工物があった。道も一応は人工物ではあったが、見つけたのは鉄の牢屋だった。道の先にあったのが牢屋だったとは思いもしなかった。というか、道はここで途切れている。網目状になった鉄の棒が行く手をふさいでいた。中を照らしたら先に続く道はないようだ。
流刑地とかだったのだろうか?道すがらちゃんと周りを見ていたのだが、牢屋はこれだけだ。洞窟を1つ使って牢屋1つか。贅沢だな。偉い人の牢屋だったりして。
扉があったので中に入ってみる。中にあるのは座椅子と机、その上に置かれていた謎の白い粉が入った袋だけだった。質素だ。チロリン、チロリン、スマホのアラームが鳴る。10分で測っていたアラームだ。洞窟が長かった時に、帰る目安としてアラームをセットしていたのだ。そろそろ入り口に戻ろう。
同じくらいの時間をかけて、洞窟の入口へと戻る。道の先に太陽の光が見えていくのが謎に感動的だった。気づかなかったが、洞窟の中は少し寒かったようで、太陽がポカポカと体を温めてくれる。
そろそろ唐揚げを揚げよう。カセットコンロにガス缶をセットして、鍋を置く。鍋にたっぷりの油を注ぎ入れて、170度くらいまで温めるのを待つ。その間に、鶏肉に粉を付けよう。
鞄の中に粉がない。片栗粉がない。やってしまった。片栗粉を鞄に入れるのを忘れていた。唐揚げには粉が必要だ。薄力粉、強力粉、米粉、コーンスターチ、片栗粉を纏わせて、揚げてこそ、あのサクサク触感と肉汁を楽しめるのだ。粉が、粉がないとやっていけない。
粉、白い粉、そういえば、牢屋の中に白い粉があった。あの粉は何か知らないが、粉だ。鶏肉に纏わせて揚げれるはずだ。いつからあるか分からないが、水分がない粉だし腐ってないから食べれるだろう。多分。
カセットコンロの火を止める。俺は唐揚げを揚げて食べるまで、この山を下りることはできない。牢屋を目指して歩いていく。
少し違和感がある。1度通った道だけど、なんだか違和感がある。違和感の正体はわからない。けど、唐揚げのために、先にある牢屋を目指す。
牢屋に着いた。中に入り、机の上にある白い粉を確かめる。この手触り、片栗粉だ。片栗粉特有のキュッとした感じだ。どうしてここに片栗粉があるか分からないが、この山は父の私有地で、中にあるものは全部、父のものだと聞いている。じゃあ、この片栗粉は、いわば、家族の誰もが何時買ったか分からないくらい存在の忘れているものを、誰も使ってないから俺が使っても良い感じの奴だろう。良し。俺は唐揚げを食べなければならない。袋から一握りくらいの片栗粉をつかんで、鶏肉を入れていたジップロックの中に突っ込む。良し。
あとはカセットコンロのもとに戻るだけだ。牢屋の扉を開けて、外に出る。片栗粉を握った手の後が牢屋の扉についている。牢屋に振り返る。片栗粉を置いてくれた誰か、多分、うちの家系の人。ありがとう。おかげで俺は唐揚げを食べることができる。一応、手を合わせて拝んでおく。
来た道を戻る。今回は戻ってきた時のような違和感はなかった。
洞窟の入口に戻ってきて、カセットコンロに火をつける。油には熱に寄ってきた虫が落ちて、カラッと揚がっているが、まあ誤差だろう。俺は気にしない。母なら気にする。
片栗粉を混ぜたジップロックの様子を見る。
まずい、ダイラタンシー現象で上手く鶏肉に纏わりついていない。片栗粉を多く入れ過ぎたのだ。このまま揚げると、油っぽい唐揚げになるらしい。水分を追加すれば良いらしいので、しょうゆを追加する。味濃くなってしまうかもしれないが、仕方がない。そういえば、軽く衣を乾燥させてサクサク感をプラスするやり方もあったはずだけど、あれは、片栗粉をまぶすやり方じゃないと、ダメだったような気がする。また今度だな。
さっきまで油に浮いていた虫が焦げて黒くなってきている。油もそろそろ温まっただろう。ジップロックから鶏肉を取り出して油へ入れていく。油はたっぷり入れてあるため、片面を気にすることなく、両面良い感じで揚がるだろう。1回目は3分くらいだ。
入れた時に鍋の底まで沈んだ鶏肉が、数秒で上に浮き上がってくる。いい感じだ。入れた直後は触らないのが衣を作るうえで大切だ。鍋は少し小さいので、入れた鶏肉同士がくっついているが、まだ触らない。浮き上がってから数秒、衣ができたかな?くらいで、くっついていた鶏肉をバラバラにしていく。これで良い筈だ。ショートで言っていた。パチパチと水分がはじける音がバチバチという音に変わる。これは衣の水分が飛んで、肉汁の水分が出るようになった合図らしい。これくらいで3分のアラームが鳴る。油の音と、アラームの音が洞窟の中で響く。
今回は、2度揚げを考えている。揚がった唐揚げたちを外に出す。
置く場所がない!?バットを持ってくるのを忘れていた!まずい、こうしている間にも、油の中で、唐揚げたちは揚がっていっている。揚げすぎず、火が入るギリギリの火加減で揚がった唐揚げがおいしいって動画で言っていたから早く、この子たちを火から離さなければならない。
周りを見渡して置けるものを探す。そういえば、洞窟の探索を優先して、洞窟の入口がある崖で囲まれた広場を探索していなかった。カセットコンロの火を消して、広場に出る。デカい葉っぱとか有ればいいが、石だらけだ。谷に入ったところくらいから木々がなかったことを思い出す。
デカい葉っぱを取りに来た道に向かって走る。そしたら、この広場の入口にあたるところで、壁に張り付いていた紙を発見する。自治体のお知らせ書類が入っている封筒くらいのサイズの紙だ。使える。特に汚れは付いておらず、ちょっと古いくらいの紙、良い感じに油を吸ってくれそう。何枚も張り付いていたので、唐揚げの置き場所用と、油取り用として、20枚くらい取っていく。
洞窟に戻る。唐揚げの様子は、まだ、まだいける。プツプツくらいの泡が出てるくらいで、良い感じの茶色にはなっているが、焦げた色になっていない。急いで、唐揚げを紙の上に乗せていく。紙はそこら辺の岩の上に載せている。
なんとか、唐揚げを避難できた。紙が油を吸ってる様子が見て取れる。よし。じゃあ2度揚げように油の温度をまた上げよう。カセットコンロの火をつける。早く温まってほしいから強火だ。
1回目は170度くらいだったから、2回目は180度くらいで良いだろう。2度揚げは、衣が空気に触れあって、水分が良い感じに補充して、再度揚げることで、サクサクになるらしい。本来の予定であれば1分くらい揚げるはずだったけど、火が通りすぎているから30秒くらいで取り上げよう。
油の様子がパチパチとしてきた。多分いい感じだろう。休ませていた唐揚げを投入する。
いたい!!!
パチバチパチ、1度目よりも大量の油が跳ね飛んでいく。そうだった2度揚げは、サクサクになるプラス効果があるが、その分、油が多く跳ねるやり方だった。油が泡を吹いて少しだけ油がこぼれた。
危うい。これを家でやっていたら、母にブチ殺されていた。
唐揚げの様子はちょっと色が濃くなるのが早いか?油の温度が高すぎたかもしれない。
30秒は経っていないが、これ以上は焦げそうだ。残していた紙の上に、唐揚げを並べていく。紙が油で湿っていく中、俺は、唐揚げを持った時に確信した。この衣、サクサクである。この香り、美味である。
唐揚げを全て、揚げ終えた。今の時間は9時くらいだろう。少し遅い朝食だ。
いただきます。
あぁ。
あ”あ”あ”あ”
美味い。
今回の唐揚げに使った鶏肉は、もも肉だ。むね肉よりも唐揚げにした時のジューシーさが上だ。中から溢れる肉汁が、しょうゆベースの下味と、にんにくのジャンキーさに合わさり、極上の味を錬成している。美味い。しかもサクサクの衣が俺好みの触感のテクスチャをしていて良い。ああ、米が欲しい。米を持ってくることも考えたが、飯盒はちょっとハードルが高い。今度、婆ちゃんに教えてもらおう。
ごちそうさまでした。
6個あった唐揚げは、ほんの数分で食べきった。
美味しかった。目を閉じて浸る。音のない自然な空間。唐揚げの匂いに混ざる、自然の澄んだ香り、コントラストだ。味ポイントにロケーションポイントが加算されて、美味かった気がする。
さあ、片付けをしよう。油は冷めるまで放置して元の容器に戻した。唐揚げを置いていた紙は、唐揚げを漬け込んでいたジップロックの中に入れていく。カセットコンロは油で汚れたが、ここでは油を取り切れないので軽く紙で拭くだけにしておく。鍋も軽く拭くだけにしておいて、帰ったら洗おう。
油は、沢山跳ねただろうが、ここは自然のなかで、キッチンではない。誰も、怒る人が、いないのである。
鞄の中に調理器具とゴミを入れて、下山する。
洞窟を抜け、谷を抜け、祠のある広場まで戻る。
広場は通った時と変わり、まばらにしか人が居ない。祠と広場を掃除していた、父の爺ちゃんと婆ちゃんに挨拶をして、帰路に就く。
すれ違う、登ってきた人に挨拶をしていく。何人かのすれ違う人たちが、なんかいい匂いしない?と話していたのが少し、クスっと来た。唐揚げの匂いです。
ただいま。
おかえり。
家に着いた。時間は12時くらいだ。母がお昼の準備をしてくれている。
パチパチと油が跳ねる音、どうやらお昼は揚げ物らしい。
今までは、母の揚げ物をする姿なんて気になっていなかったが、今は違う、油を跳ねるのを嫌がる母が揚げ物をしているのだ、気になる。
後ろから覗き込んでみたら、鍋の周りを板が囲っていて、菜箸を右手に持ちながら、左手で網みたいなものを鍋の上に載せていた。
何それと聞いたら、油跳ねガードと教えてくれた。
はやくに教えてほしかった。
そう言ったら、あんたも料理に興味持ってきたんだし、そろそろ家の味を教えてあげると言われた。肉じゃがとか、婆ちゃん直伝の名前が分からないお米に合うスープの味付けとか教えてほしい。婆ちゃんの謎スープ大好き。俺もショート動画撮って、家の味~ってやる。
食器の用意して、と言われたので、机を拭いて、お箸の準備をする。
家族みんなが揃って、食卓に着いたところで、料理が運ばれてくる。唐揚げだった。
いただきます。
うん。
母の作る唐揚げが一番おいしいや。