長身恵体の不良お姉さんと未亡人が幸せになる話 作:万年赤字一般傭兵
「大人になればいいだけっすよ」
「……それが、出来ないから、こうなったんだろうが…!」
何を言っているか直ぐに理解できなかった程アッサリとした口調で、舎弟の山田はそう言った。
余りにものアッサリ感に、その言葉を一瞬信じかけたが…直ぐに我に帰る。
むしろ私の最大の悩みを簡単なものだと言わんばかりの舎弟に、手は出ないがイラついて口調を荒くしてしまった
しかし、山田は怯まない
「…確かに、先輩は昔と比べれば大分荒れた気がしますが…例の橘さん、という人と一緒にいれば暴力も酒も辞められるんですよね?」
「つまり、先輩は橘さんへの愛故に悪癖を我慢して頑張れる、という事ですよ。それなら、大人になる事くらい楽勝に違いないです」
「ましてや、先輩は私の最も尊敬する人なんですから…こんな所で終わる訳ないです、"これから"ですよ」
それどころか、山田は毅然とした態度で言い返して来た。心の中にいた舎弟だった頃との違いに、思わず目を見開いてしまい…
「…大人になる、か……どうすればいいのか、お前は知ってるのか?」
本当に何とか出来るのかもしれないと、そう信じられた。
早速、山田からの話に耳を傾ける
「大人になるという事は、色んな解釈があるんですけど…」
「今回の"橘さんなる未亡人からの子供扱いを脱したい"という先輩の悩みを元にすると、ある程度は道筋を絞れます」
「その道筋の第一段階は高校に戻って就活と卒業を果たし、社会人の一員になる…という事です」
「高校をしっかり卒業して、就活して、そして真っ当に働く人間を子供だと見る人はそうそういません。それに加えて、ある程度余裕が出来たところにアピールを始めれば、そりゃもうバッチリですよ」
「もちろん、化粧だとか服だとか身のこなしだとか……その辺は全て私がアドバイスしますっ!先輩の魅力を最大限引き出しますんで、ご期待ください!!」
テンションはおかしいが、後輩の示した道は至極まっとうで地に足の着いたものであった。
しかれども
「高校は、とっくにやめちまったよ。でも、やるしかねえよな」
まっとうであるが故に、その道を踏み始めることから難題であった。高校に通い直すのであれば三年は必要…しかし、元々は橘さんと恋仲になること自体が無理だと思っていたのだ
その時間は払うべき代価、橘さんと恋仲になれるのであれば大した問題では無い。そう覚悟を決めたところで、ジジイが口を開いた
「そんなら、俺が学費を出してやる。それに…」
「………それ、
「だとすれば、大分楽になるじゃないですか!!流石お爺さんっす!!」
「当然の事をしただけだ…さて、手続き始めるぞ」
ジジイの話が正しければ、橘さんの前に立ち塞がる時間の障壁は遥かに低いことになる。
未来への希望を胸に抱き、早速ジジイが出した書類の記入を始めた
「ん〜〜…」
テレビの音を聞き流しながら白子ちゃんの弁当を作っていると、ここ最近に起きた衝撃的な出来事が頭に浮かんできた
それは、白子ちゃんの変化だ。
とは言え、初めの頃はひたすらに甘えて来ていた彼女が段々と控えめになって来ていたため、何かしらあると身構えてはいた
けれども一ヶ月前に、髪を黒く染め直した彼女から高校に再び通うのだと聞かされた時は、流石に予想外が過ぎて驚きを隠せなかった。勿論、色々と聞きたくなった事も沢山出来た
しかし彼女にしたい事があるのであれば、悪い事で無い限り何でも手伝うつもりであったし、何よりも彼女の過去の事もあった。
それ故に驚きをすぐに抑え、込み上げて来た言葉を呑み込み、私は何を聞く事なく支え始めたのだが…
白子ちゃんは、身の回りの事を出来る限り自分の手でする様にもなった。…それも前よりも忙しくなった身で、だ
学校に通うだけでなく、時たまバイトもして学費を自らの身で稼いでいる彼女は、勉強も相まって日雇いの仕事をしていた時よりも帰る時間が遅くなっていた。それなのに暇さえあれば、彼女は料理を除いた様々な家事をやってくれる
『もちろん、忙しい。けれども橘さんが家にいて、美味しい料理を作ってくれる…それだけで十分なんだ 』
『それに…あんな事を言っといて都合が良すぎるとは思う。けれども、やっぱり俺は成長して変わりたい』
あんなに傷ついて、子供の様に甘えて来た白子ちゃん。もう頑張れない彼女を私が一生養うのだと、そう思っていたのに…何故だか今の彼女は元気に満ち溢れており、力強く自分の足で立ち上がり始めた
そして、そんな彼女の変化は私の心にも影響を与え始めている
最近、変わっていく彼女の様子を見ていると、時折自分の心がわからなくなるのだ。
私は確かに彼女を子供の様に思っていて、甘やかす事が幸せであったはずなのに…自立し始めて甘える事が減った彼女に対して不満などを感じる自分だけでなく、何故か嬉しいと感じてしまう自分もいる
私にとって、白子ちゃんとは一体どう言った存在なのだろうか?
それは、謎であった。何度も頭によぎり、その度に答えが分かりそうで結局は何も分からない…そんな謎だ
"来年の夏、遂に二人のすれ違っていた想いが…!?"
「…………」
流していたテレビから、ある恋愛映画のCMが流れている。
その映像に影響されたのか、ふと私自身のものであっても分からない心はまるで恋心の様であると思った
(いえ、まさかね……)
だが白子ちゃんと私には年の差があるどころか、そもそも互いに同性である…だから直ぐにそんな馬鹿らしい考えを終えて、弁当箱の蓋を無理矢理閉じた
『お前は…休学扱いだったからな。半年くらい通えば直ぐに卒業だ』
『詳しい訳は聞くな、お前も思い出したくは無いだろう?』
高校からの帰り道、ジジイからの言葉を思い出した。
ジジイに拾われた時に自分が書いた書類は休学届であり…事情が事情であった為に高校側もそれを受け入れたのだとか。
正直言って、無理があるとは思っていた。だが意を決して高校まで復学届を出しに行けばアッサリと通ってしまい驚いたものだ
それからは部屋の奥底にしまい込んでいた昔の制服を取り出し、髪を染め直し、少しボロボロなノートや教科書で復習を始め…求人票との睨めっこを伴いながらも元通りの高校生活を再開できた
あいも変わらず不良が多い高校であったが、昔と違って喧嘩をする事はなかった…というか向こうから喧嘩を売ってこない。
そのお陰で、今のところ暴力沙汰を起こすことなく平穏な高校生活を送れてはいる。
そんな事を考えて電車に乗っていると、いつの間にか目的の駅に着いた。とは言っても橘さんの家の最寄駅ではなく…
「今日のシフトは8時までか、連絡入れとかないとな」
面接をして受かったバイト先の最寄駅だ。
今であっても日雇いでは無い仕事をしている自分が未だに信じられず、目の前の倉庫を見ていると後輩の言葉が思い出された
『もし高校に戻ったら…就活の準備もそうですが、ある程度は人間関係を作るバイトをした方がいいですね』
『暴力沙汰を起こしやすいから日雇いやってた、とは聞きましたが、流石に社会人やるなら人間関係は大事なので』
『基本的には学校推薦なので就活に金はそこまで掛かりませんけど…後々のデートにも使えますし、何より努力する姿は橘さんへの受けも良いはずです』
『資格勉強もすると尚良いですかねぇ…就職に使えるのは勿論ですが、先輩が真面目に勉強する姿はカッコいいですから』
暴力を振るってばかりで誰とも碌な人間関係を築けなかった…そう思っていたが、それは違ったようだ。
過去が自分を苦しめたように、また支える事もある。だとすれば自分の人生は思っていたよりも悪くないのかもしれない
そう思いながら、暗くなり始めた外を背に照明で真昼のように明るい倉庫の中に入った
(白子ちゃんは、留まるところを知らないわねぇ…)
最近の白子ちゃんは…更に変わってきた。
朝は早く起き、テキパキと家事や身の回りのことを終える。夜はバイト先から戻ってきたかと思えば、これまた素早く家事などをしてくれる
そして、空いた時間を使って資格取得の為の勉強を必死にやっているのだ
もちろん、忙しそうにしている彼女を前から見てはいたが…最近はそれ以上に、その顔が印象的だった
一切の雑念がない真剣な顔。
それは、見覚えのある顔であった
(まるで、あの人みたい………)
その既視感の正体は、私が最も愛した人の顔…自分の身も顧みずに、ただ夢を追いかけていた主人の顔である
(…いやいや、似ているけど…だからと言って白子ちゃんを…)
自分の中で、何かがゆらいできた
「山田ぁ!!通ったぞ…今まで本当にありがとうな」
「本当ですか!?休学が響くか心配でしたが…それまでの成績とか取った資格が功を奏しましたね!」
ジジイの部屋に集まって、学校推薦による内定が通った報告を終えた。山田のアドバイスから自己応募による就職活動もしていたが、どうにかなったようだ
後は問題を起こさずに学校を卒業するだけだ。…それと
「ところで、橘さんにはもう言ったのですか?」
「今日、帰ってきた時にサプライズで言うつもりだ。だが…」
「大丈夫ですって!先輩はいつでも素晴らしい人ですが、今の先輩は特に輝いてますから。ついでにデートも誘えるくらいには魅力的になってますよ!!」
「コーデも化粧も、そして人としての魅力も…昔とは段違いです。だから、自信持ってください!」
橘さんへのアピールを本格的に始める頃合いだ。ここまで努力してきて昔とは明らかに変わった事は分かるのだが、ここにきて急に緊張が走ってくる
「ただいま。取り敢えず、内定通った祝いに腕時計やるよ…で、お前は何をそんな思い詰めた顔してんだ?」
「あ?今更ひよるなよ。自信持って胸張れや!!」
体を巡っていた緊張は、しかしジジイの一喝に負けた…と言うよりは、ジジイに言われっぱなしなのが嫌だった
何であれ内定は通り、橘さんと恋仲になる為の前提は半分終わった。次はアピールを本格的に始めなければ
(えぇ〜……どうしましょう…)
白子ちゃんから物凄い事を言われた。それは青天の霹靂よりも突然の事で、未だに理解が追いつかない
(まさか…"デート"に誘われるだなんて)
そう、次の休みにデートに行かないかと誘われたのだ。もちろん、デートといっても日頃の感謝だとか、そういう意味であって恋愛的な意味では無い事は分かっている、分かっているのだが…
(いや、あんなにカッコいい顔で言われたらねぇ…)
昔とは全然違う白子ちゃん。可愛い事は当然なのだが、それ以上に最近は服の着こなしや化粧や動作が大人っぽいというか…とにかくカッコよく見えるのだ。
(でも一体、白子ちゃんに何があったのかしら…?)
白子ちゃんは、いつの間にか昔のような子供では無くなっていた。その事実が抵抗なく腑に落ちるのだが、同時に疑問も湧いてくる。
一年にも満たない僅かな期間、一体彼女には何が起こったのだろうか?
「先輩!デート、どうでしたか!?」
「多分、上手く行った……筈だ」
デートを終えた数日後、共にデートプランを練った山田に報告を果たす。
確かにデートには誘えたし、その中でボロを出さずにエスコート出来たが…
(…わかんねぇ。本当にこれで大丈夫だったのか?)
未だに不安を払拭できない。それはどれほど山田から変わったと言われようとも、大人のガワを装う事しか出来ていないと感じる自分への不安でもあり…
「なぁ、橘さんはデートの中で見た事がない顔をしていたんだ。なんか、こう赤いというか…明らかに緊張してる感じの、そんな顔だ。これは大丈夫…なのか?」
初めて見た橘さんの顔への不安でもあった。橘さんどころか、今まで他の誰でも見た事がない顔…それが怖くて仕方がない
「…?そうですねぇ…何か写真とかあります?」
「一緒に自撮りした時のがある…お前は分かるのか?」
クレープを買って食べた時、互いに可愛い服を勧めあって着た時、遊園地にて観覧車に乗った時……とにかく、デートの最中には沢山の写真を撮った。
そして、この写真はデートの最後に綺麗な夜景をバックに撮った写真だ。大人ぶっている自分の顔は何とも恥ずかしいものだが、しかしここに写っている橘さんの顔こそが不安の種である顔そのものである為…藁にもすがる気持ちで山田に見せてみる
「いやぁ、この顔は……取り敢えず、心配はしなくても大丈夫ですよ」
「あ……?」
よく分からないが、山田曰く悪いものでは無いみたいだ。…どちらにせよ、ここまで来たのであれば最後まで突っ走るしか無いのだろう
その後は疑問と不安を残しながらも、再度デートプランだとかアピールの方法を練り始めた
(まずい、これは流石にまずいわ……)
(同じ女性なのに…白子ちゃんを、明らかにそういう目で見てしまっているかもしれない…!)
昨日の白子ちゃんとのデートは、何というか凄かった。語彙力がなくなる程には凄かった
(だって、だってねぇ…!あんな、済ました顔の笑顔とか、私の手を引く時の動作とか…!!)
いや本当に凄かったのだ。今まで可愛い子供だと思っていた白子ちゃんの大人びた側面が…いわゆるギャップ萌えというものになったのか、昨日のデートではドキドキさせられっぱなしであった
ふと目に入ったクレープが食べたいと思いつつ、こんなおばさんにはキツイと諦めていたら…少し離れた隙に買ってきて、"クレープを食べてる高子ちゃんも可愛い"だなんてイケメン顔で平然と言ってのけた
服屋に来たかと思えば私に色んな服を着せてきて、その度に可愛さとクールさの黄金比を形成した笑顔で"貴子ちゃんにはどんな服も似合うけど…やっぱり可愛い服が一番似合う"と褒められた
最後の観覧車で夜景をバックに撮影した際に、そっと優しく肩を抱かれて"次はどんなデートが良い?"なんて囁かれた時なんか、そりゃもう……
(わ、私は…主人に操を……いや、操って何!?それじゃあ白子ちゃんを本当にそういう目で見てるじゃあ無いの!)
仏壇に手を合わせていても、雑念が消え去らない。
白子ちゃんの変化速度は衰える所を知らず、段々進化していて…次のデートはクリスマスにあると彼女は言っていた
(私は…大丈夫なのかしら?ドキドキしすぎて心臓止まらない…?)
色んな意味で、次のデートが恐ろしい
最近、橘さんの様子がおかしい。
最初のデートの時点で少し変な様子だとは思っていたのだが、クリスマスデートの後にはソレが顕著になった
いつも下を向いている…というよりは自分の顔を見ようとしないのだ。こちらから顔を合わせようとしても、逸らされて別の部屋に行ってしまう。
他にも、変化はある。
一緒に寝る事が無くなったのだ。今までは何の問題もなく一緒の寝室で寝ていたのだが、最近は何故か"仕事が忙しくて汗臭いから"何で理由で別の部屋で寝る事になっている
当然、橘さんの匂いなど好みこそすれ嫌いになる事はない。
その事を伝える為に近づいてハグをしたのだが…すぐに突き放されてしまった
こんな事を山田に伝えたが…
『いや…何というか、お腹いっぱいです。あの、お爺さんに聞いてみたらどうですかね?あの人は少なくとも既婚者ですし』
と言われて、
『クソボケが。お前は距離感が壊れているというか、何というか…まあ悪い傾向じゃねえよ。お前さんが恥ずかしくなければ、その調子でやりな』
ジジイからは、こう言われた
デートプランを練る時には"最近の流行は知らん"と言って、特に協力してくれなかったジジイだが…山田の言う通り家庭を持った事があるのだから、その言葉は確かな物なのだろう
それにしても、ジジイの言う事は変だ。
本当に好きな人にする事で、恥ずかしい事など何があるのだろうか?
(……………)
(……………)
クリスマスデートの後、いよいよ私の心は過去最大風速の台風に晒された。もはや、家の中だとて…いや家の中だからこそ休まる事がない
あの時、いよいよ白子ちゃんの事を意識している事がハッキリ実感できてしまった。それからというもの、彼女の側にいるとドキドキが止まらないどころか、彼女の顔を直視する事ができない
当然ながら、一緒に寝ることなどもってのほかである。だが
(ダメだって……あれは、本当にダメだって……)
これからは一緒に寝ない、そう言った時の言い訳が不味かったのか…まさか、ハグをされて匂いを嗅がれた挙句良い匂いだと言われるとは
主人と子供を失って、それでもこんな事を考えてしまうのは軽い女であるのは分かっている。分かっているのだが……
この胸の高鳴りは、治る事を知らない
橘さんへとアピールをする時間、それはとても充実したものであり、同時に他の時間をあっという間に過ぎ去らせた。
『ー先生、本当にありがとうございました!!』
『お疲れ様でした!』
いつの間にか高校は卒業しており、技術職として働き始めて約2ヶ月。雇用時の契約だとか、税金だとか…昔の自分であれば目が回っていたような事が続いていた筈だが、特に問題もなく処理する事ができ、それに疑問を抱くことも無い
何故ならば
「先輩、ここが正念場です…告白のシチュエーションはしっかり練りましょう」
「おう……」
橘さんへの告白、それを前にしては凡ゆる事は些事であるからだ
「ここは無難に最初のデートで行った遊園地…?いや、クリスマスデートでのスカイツリー…?ぐぬぬぬぬぅ……」
「あー!!わっかんないっす!!……すみません、ここは先輩が決めてみてください……私には、最早ついて行けないステージです……」
今まで頼りになる助言をくれた山田は目の前で撃沈し、ジジイは自分で決めろと言ったっきり何もしてこない。
だが、分かっている…コレは、ここばかりは本当に自分で決めなければならないのだ
(…どこ、か……)
今まで共にしてきたデート、橘さんの反応はどのデートでも悪く無いものであった。だが、いやだからこそ…ここは特別でなければならない
(…………)
(…そういえば)
ふと、今までは触れてこなかった二つの遺影が浮かび…橘さんが未亡人である事を思い出した。それと同時に頭に浮かぶは、あの結婚式の写真
あの時以降、写真が入っていたアルバムを開く事すらできなかった。だが、結婚式の写真の先にもアルバムのページは続いていたのだ
「……山田、一つ思いついた。というのもだなー」
「…中々、リスキーな手段ですね。ですが、それ故に先輩を完全な恋人としてみてくれるかもしれません」
もう、あの写真を思い浮かべようとも嫌な気分にはならない。
何故ならば
(…俺が、あの人を一番幸せにするんだ)
例え橘さんの夫と子供が死してなお彼女の心に残っていようとも、私こそが一番幸せにできるという自信があるからだ
もう、昔の子供であった自分では無い
白子ちゃんが、私をデートに誘った。
けれども、いつものクールな表情を浮かべながらの誘いではなく、何処か緊張している顔であった。
彼女と辿るデートプランは、最初に遊園地、次に映画館、その後は暗くなるまで服を買って……最後に自然公園
あの、星が綺麗な自然公園だ
服を買った後の電車の中、唐突に自然公園に行くと言われた時には何と返せば分からなくなったし、色んな意味で心臓が高鳴った。
それは、白子ちゃんとのデートに緊張したからでもあるが…
それ以上に、その自然公園が主人との初デートをした場所でもありプロポーズされた場所であったからだ
勿論、私から彼女に話した事は一度も無い…けれども、ただの偶然だとはとても思えなかった
白子ちゃんにコレだけ胸を高鳴らされているというのに、今になって私は、とある選択肢を幻視している。
電車を降りて公園まで歩く道中、落ちゆく太陽は選択肢を選ぶまでの時間を測る日時計のようであり…
私は、真っ暗になった空を見ても決断ができなかった
あの時のアルバム、それを読み返した際に見つけたものがあった。
それこそが、この自然公園。綺麗な星で有名な場所であり、かつて橘さんがプロポーズをされた場所だ
…これからやろうとしている事が、最低な行いである事はわかっている。橘さんが生涯をかけて愛すると願った相手との思い出を塗り替えるような行為である事は、よく分かっている
だが、俺は彼女にとっての一番になりたい。例え、それが過去を利用する形になろうともだ
彼女の手を引きながら、ふと空を見てみてればそこにあるのは満天の星空。周りに人影はおらず、静寂が包む私たちを見ているのは星だけである
気づけば、口を開いていた
「……橘さん、言いたい事があるんだ」
「…………」
橘さんからの返答は、無い
「俺…貴女の事が好きなんだ」
「同性だからだとか、歳の差があるからだとか、そんな事はどうでも良いくらいに貴女の事を愛しているんだ」
「橘さんは昔の俺に優しくしてくれた、辛い過去を受け入れてくれた、美味しい料理を作ってくれた。コレが全てじゃあ無い。けれども私は、とにかく貴女の優しさが、美しさが、全てが好きで好きでたまらないんだ!」
頭の中には洒落た口説き文句だとか、今日の映画で聞いた歯の浮くような台詞が飛び交っていたが…それらが出る事はなかった。
今まで取り繕っていた自分を保つ事はできなかった
もはや、なりふり構わず自分の想いを伝える事しか出来ない
「でも、それで終わりじゃ無い…俺は貴女に愛されたいと思ったんだ。子供としてじゃなくて、一人の大人の女性として…つまり、恋人として見て欲しい」
「貴女の旦那さんよりも、そして…子供よりも、誰よりも貴女を幸せにすると約束する」
「だから、どうか俺と恋人になってください!!」
「俺…貴女の事が好きなんだ」
「同性だからだとか、歳の差があるからだとか、そんな事はどうでも良いくらいに貴女の事を愛しているんだ」
目の前には、今日一日私をエスコートしていたとは思えない程の必死さで告白をする白子ちゃんがいる。
そんな彼女から伝わってくるのは、純粋な好意と誠実さであった
悩んでいた選択肢、それの決断は彼女によって後押しされ最早悩む事がない…そう思ったのに
「貴女の旦那さんよりも、そして…子供よりも、誰よりも貴女を幸せにすると約束する」
その言葉を聞いた途端、頭は凍りつき
(誰よりも…私の主人と子供よりも……)
(待って、私は…白子ちゃんを……)
酷い罪悪感を覚えた
私は、今まで白子ちゃんをどのように思っていたのだろうか。私は、彼女そのものを愛していたのだろうか
答えは、否。私は彼女を子供のように思い、そして…彼女に主人の幻影を重ねていた
「だから、どうか俺と恋人になってください!!」
目の前で全力を賭して告白をする白子ちゃん。彼女は昔と変わっていて、もはや私に彼女自身の母親を重ねる事はしていない。
なのに、私は彼女に重なった幻影を取り切れてない
…きっと、この告白にOKを出す事は簡単なのだろう。けれどもここまで誠実な、私自身を見てくれる彼女に対して、家族を重ねている私は果たしてどうだろうか?
不誠実、それに尽きる
「…………」
白子ちゃんが告白を終えてから、何時間も流れた気がする。彼女の告白に後押しされていた選択肢の天秤は、いつのまにか罪悪感と申し訳なさで反対へ向かい始めた
だからだろうか、気づけば口を開いていた
「白子ちゃん、本当にありがとう。私を、こんなにも誠実に好きになってくれて、愛してくれて…私は、本当に嬉しく思った」
「でも…いや、だからこそ…ごめんなさい。私は貴女の告白を受ける事はできないの」
これ程までに最低な行いをした人はこの世にいないだろう。だが、彼女の誠実さに応えるにはこうするしかない
「私は、貴女に喪った家族を重ねてしまっている。貴女がこんなにも私自身を見て誠実に愛してくれるのに、私はそうしていない…不誠実にも程があるでしょう?」
「…ごめんなさい、貴女は何も悪くないの全部私が悪いの。どれだけ罵っても何をしても良い…本当に、ほんとうにごめんなさい………」
返答は、
「橘さん、よく聞いて欲しい」
返答は、有った
「…ごめんなさい、貴女は何も悪くないの全部私が悪いの。どれだけ罵っても何をしても良い…本当に、ほんとうにごめんなさい………」
目の前で泣きながら告白の断りを入れる橘さん。
きっと体の良い断り文句だとか、そういうものでは無い。彼女なりの誠実さの表しであるのだろう
しかし彼女が私にかつての家族を重ねているからこそ、伝えなければならない事がある
「橘さん、よく聞いて欲しい」
「俺も、最初は貴女と同じだった。二度と取り戻せない母親を貴女に重ねて、それから俺たちの関係は始まった」
彼女は、誰かを重ねる事が不誠実だという。
しかし
「だけど、それから暫くして母親の影が重ならなくなった時…今、こうして告白してるみたいに貴女の事を真に好きになった」
「それは、貴女の比類無き魅力があったから…貴女が俺に誰かを重ねたとしても、それは貴女のせいじゃなくて俺の魅力が足りないせいだ」
それは不誠実などではなく、相手の不足でしかない
「俺には貴女程の魅力は無くて、誰かを重ねられるのかもしれない。でも、もし恋人になったのなら、恋人として関係を築けたのなら…俺は貴女を一切の文句が無いくらいに魅了して、本当に愛させてみせる」
「絶対に、絶対にそうすると約束する」
「だから橘さん、どうか俺と恋人になって、そのチャンスをくれないか?」
言い切った途端、心臓が破裂するんじゃ無いかと思えるほどに爆音を立てて鼓動を刻み始めた。
もし、これでダメだったら…もう二度と橘さんとは関われなくなる、そんな確信が頭をよぎったからだ
もはや、満天の星空も夜の暗さも何もかも感じられなくて、体の全神経が橘さんの返答へと向けられた
返答は、
「白子ちゃん」
「あんな事を言った私を…それでも愛してくれると言ってくれて、本当にありがとう」
「さっきはごめんなさい。確かに、貴女の言う通りね…よく分かったわ」
「だから…これからよろしくお願いします。これから、白子ちゃんの事を誰よりも好きにさせて」
「えっ…それって……」
「うん、これから私達は恋人ってことよ…そうね、折角恋人になったのだから」
「貴子ちゃんって呼んでちょうだい?」
返答は、OKだった
かくして、彼女たちを語る物語は終わった。
これより先、続く事はない
何故ならば、この物語は"長身恵体の不良お姉さんと未亡人が幸せになる話"であり…
「…なぁ、貴子ちゃん」
「なぁに?」
「今、幸せ?」
「うふふ…何をいうかと思えば」
「もちろん、誰よりも大好きな白子ちゃんのお陰で…私は一番幸せよ!」
長身恵体の不良お姉さんと未亡人が幸せになった後の話ではないからだ。
それに彼女たちの幸せが"これから"永遠に続く事など、物語が無くとも分かりきった事である。
どうして続く必要があろうか?
ここまで読んで頂きありがとうございました