オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」 作:椚木
事件解決に寄与した当事者について、存命であり現在も活躍中の本人たちの迷惑にならないよう仮名とし、当時の階級やパーソナリティに相違があるなどの配慮が為されている。一方で著名人物に関しては、歴史的な効果を出すために実名で登場させている。
なお捜査の経過に関して、物語上の演出のため粉飾を施したり、形式的なやり取りが抽象化・簡略化していたりする箇所もあり、現実とは少なからず差異がある点はご了承願いたい。
読者の中にはこうした演出に関してお怒りの方もおられるだろう。「占領下の都市における犯罪を興味本位で取り上げ、面白おかしく描いているのではないか。そのために、軍部や警察を殊更愚鈍に描いていないか」
だが待っていただきたい。筆者は犯罪やそれを起こした犯罪者たちを称揚するつもりは毛頭ない。
そして占領下にあるという理由で、犯罪者たちはただ息を潜めているだろうか。
殺人や傷害といった犯罪が消えてなくなるのだろうか。そうではないのだ。
ならば彼ら彼女らが如何にそれらの犯罪に立ち向かっていき、解決をもたらしたのか。
筆者はそこに照明を当てたいと思っている。
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■登場人物紹介
ヘルド・ローヴルスト
野戦憲兵隊。曹長。事件の解決にあたる
エルフィス・スィーサイド
現地警察。事件の解決にあたる。中尉相当
エルアート・キィーティオ
エルフィスの上司。好色
アロイジウス・シュヴェリーン
第三軍司令官。豪傑
アウグスト・シュティーバー
第三軍情報部長。大佐。事態の収拾にあたる
ニミイエル・ゲーメツィン
奇妙な事件の被害者
ディンスィギル・メイシィティン
被害者と同居するパートナー
スヴェスデン・シュトラウス
補給部隊所属の少佐。コボルト
ミリーオラ・カイツェル
娼館の斡旋者。エルフィスの知人
エミナーシュ・リンドビィル
ミリーオラの用心棒。愛人
アン・バリー
アーカム・クロニクル紙特派員。人間の女性
クルツ・シュタイベルト
二等兵。モーリア市攻略戦で戦死
ハンツ・ガイヤーホフ
クルツ二等兵の上官
戦いは、終始のオルクセン側の思惑通りに、彼らの制御下に展開された。
初め地鳴りを思わせた地を這う轟音のそれに、やがては空間を裂き己の耳をつんざく雷鳴が混淆する。銃剣を装着し、喊声を上げ駆け足で突進する
「吶っ喊んんんんんんんん!」
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
喊声により将兵の心身は否応にも高揚し、熱狂は伝播し拡大する。狂乱渦巻き一個の獰猛な戦闘集団と化した彼らの勢いに圧され、もはや抵抗する側の意欲は俄然削がれ黒い獣《ケダモノ》の蹂躙を許すばかり。
僅かな抵抗拠点、パウル〇一を渡った先の北側対岸、国境警備隊の分屯地。その屋舎や道路脇に潜み、攻め手を迎え撃つエルフィンド側の将兵たち。
黒い獣も獲物に舌舐めずりするかのようにこれに応じ、短時間だが激しい戦闘が起こった。オルクセン側はここに国境警備隊の分屯地があることは予め分かっていたから、馬船で運んだ二門の五七ミリ山砲を砲弾を屋舎に撃ち込んで、そこに潜むエルフィンド軍将兵たちを引きずり出すつもりだ。
圧倒的な攻勢の前に、しかしその射撃能力に自信を誇る――そうだ、優良種たる我々が、個々の戦闘能力で遅れを取るわけがない――エルフィンドの将兵たちは、己が迎撃拠点と定めた場所で手にしたメイフィールド・マルティニ小銃を構え応射し、目についた突出する敵兵を狙撃し、僅かばかりの局所的な勝利を得ようとしていた。
オルクセン軍第九山岳猟兵師団、そのXX小隊に所属するクルツ・シュタイベルト二等兵は、眼の前の状況に歯噛みしていた。
彼の小隊の目指す先、数名の敵兵が遮蔽物に身を潜め散発的にこちらに銃撃するばかりだが、しかしそれによって味方の進軍が阻まれているのだ。この状況に、あわよくば自分の奮戦で事態を打開したいと、この愛国心溢れる若いオークは血気掻き立てられていたのだ。
「グスタフ王だって最初は戦地で活躍したというじゃないか」
戦地で傑出した個になりたいという願望は、この集団戦闘の現代において時代にそぐわぬ蛮勇なのかも知れない。あるいは彼も戦闘中の熱狂に感染していたのか。
良く見れば敵兵のエルフたちは、射撃の際に膝立ちとなって遮蔽物から身を乗り出し、のうのうとその身を晒しているではないか。敵が射撃する瞬間を待ち、こちらが相手を撃ち倒せば功を挙げられるのではないか。勇敢な二等兵は俄然やる気がみなぎった。
身体を晒した相手を狙い撃ちするとは言うが、射撃をするということは、自身己の身体を晒すことに他ならない。そして「その瞬間」を逃すまいと気負った二等兵は、遥か以前から己の身体を遮蔽物から晒していた。そしてオークの身体は、エルフのそれに比べ格段に大きい。
身を乗り出す二等兵を目ざとく見つけたエルフの狙撃兵。2人組が目配せする。
「きた」
相手の先をついて、クルツは発砲しようと構える。身を起こした。
響いた銃声は戦場の喧騒に比べると遥かに軽いものだ。
傲然と音を立て地面に伏したのは、オークの方であった。
即座に小隊の仲間たちによって、後方の安全地帯まで後送される。
オーク種族は数発の銃弾には耐えられる頑強な身体を持っている。しかし彼を見舞った二発の銃弾その二発ともが、不幸にも彼の大動脈を貫いていた。溢れ出る出血は止めようがなく、エリクシル剤をもってしても手の施しようがないことが明らかだった。
「ああ、寒い……」
中隊長、ハンツ・ガイヤーホフ中尉は部下の手を握りながら、急速に生命の失われていく彼の身体を見守るばかり。
「おい、しっかりしろ!」
「やっぱり、エルフィンドは寒いな。……来るんじゃなかった」
ここはまだモーリアだ。戦争の最終目的地からは遥か南。我軍にとっての緒戦。
「帰り、たい……」
事切れた。
中隊長は部下の死に歯噛みする。クルツ二等兵の献身その果てが、勇敢な死であったことには間違いない。だがそこに戦術的な意義は、微塵も無かったと言うしかない。
その頃には戦闘は相手に見舞う砲弾と兵力の圧倒的な飽和であらかた趨勢がついており、敵のエルフィンド将兵たちも半ば潰走状態であった。こちらも時期を見て掃討を開始することになるだろう。
はっきし言って彼がその身を危地に投じる必要は。そして結果死ぬ必要は、全く無かったのだった。
「だが」
中隊長はこうも理解していた。
「戦争とは総じてそういうものであり、これから彼の死のような悲劇が戦地に横溢することになるのだ」
――モーリアの戦いそのオルクセン側の僅かな犠牲として記録されることになるこの二等兵の死であるが、彼の死をきっかけとしてオルクセン軍・モーリア市双方を揺るがすことになる騒動が巻き起こるとは、このとき誰も予想だにしていなかった。
「英雄」になろうとした二等兵の死から、事件を解決に導く「英雄」が誕生する物語が始まります。