オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」   作:椚木

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追求

 エルフィスが行くのは、北岸流域近くの新興地域であった。

 

 行政区域と商業地の集う南岸エリアに対して、郊外にあたるこの地域の住民は、言ってみれば新参の者たちの集まりだ。

 

 旧弊を固持するゆえの逼塞しつつあるエルフィンドにありて、新天地に活路を見出そうとする者たちのコミュニティ。

 

 中にはモーリア市入植の際に小作農として地主の元で農業に従事するも、たちまち立ち行かなくなり半ば非合法な出稼ぎに来た者、あるいはそのまま市内に逃散した者なども紛れている。

 

 彼女たちが警察の制服を纏ったエルフィスの姿を見て、警戒心を露わにするのは無理はなかった。

 

 無論今回はそうした「人狩り」を行う訳ではないから、警部はそうした視線を気にすること無く、ただ目的地を目指す。

 

 もう3日前になる攻略戦においては、この辺りは比較的戦火を免れている。

 砲撃の対象になる建物や城壁があった訳でもなく、東エリアの様に鉄道獲得を目的とした白兵戦が行われた訳でもない。市民たちは状況の分からないまま、ただ夕刻から深夜に渡って、北の駐屯地の方角に銃弾と砲火の音を他人事の様に聞いていたことになる。

 

 「市内に逃げ込んだ国境警備隊をオルクセン側の将兵に引き渡した」などという都市伝説に近い噂もある。確かにただでさえ種族内で鼻つまみ者の軍隊、それも国境警備。しかもエルフィンドの中でも苦境にある立場の住人たちからすれば、統制する側に対する恨みの対象になりやすい存在であるがゆえ、噂にも迫真さがある。

 

 が、同時に拭いきれないオーク種族への忌避感もあることを考えれば、流石に与太話といって良いだろう。

 

 エルフィスは思う。「彼女らから見て、我々はどう映っているのかね」

 

 旧支配者の象徴、その走狗。憐れむべき存在。

 支配者が入れ替わってなお、彼らと組み市民を監視・統制する恐怖の対象。あるいは軽蔑すべき存在。

 

 バカバカしい。

 犯罪を摘発し、眼の前の犯罪者を捕まえる。そこに「我々がどう思われているか」で斟酌を汲めとでも。そんなことあって堪るか。

 

 

 着いた先は漆喰の壁の比較的新しい建物だ。木造りのバーの扉を開け中に入る。

 昼間だと言うのに中にはは比較的客がいた。

 

 占領され俄に仕事がなくなり行き場のない――しかし誰かと寄り添わないと不安な者たちの集まり。彼女らは扉の開く音で振り向き、この闖入者に戦禍の不安から気を紛らしてくれよとばかりに一瞬でも興味を惹かれるも、けれどすぐに理性を取り戻し、やはり関わりたくはないと目を背ける。

 

 エルフィスは席の間を通り抜け聴取対象と目す相手につかつかと歩み寄る。

 相手も『事件』に関していずれは自身にも捜査の手が回ると薄っすらと予期していたようだった。

 

 

 さて上司《エルアート》より渡されたメモだが、最初はこの上司も殊勝な真似をしてくれたと感心したものだ。だがだ、だがである。

 

 そもそもメモに記されていた内容。そこに記されているのは、いわゆるそうした『店』で店員が本名を隠すために使う世を忍ぶための名前。古典アールブ語で『源氏名』などと名付けられた、何に由来するのか定かでないそれだ。それをぽんと渡されたとて、捜査する側は一体これでどうしろというのか。この如何わしい名を次々と読み上げながら、聞き込みでもして回れというのか。

 

 という訳でお手上げしかけたところでふと目を留めた文字。この者だけ他の『如何わしい』響きのではないごく普通の名前。これには覚えがあった。

 

 ミリーオラ・カイツェル。来歴は定かでないが、モーリアを来訪してからの彼女は、ケチな商売をしては度々腕を後ろに回されていた。

 

 慎重なのか小者ゆえ相手にされなかったのか、エルフィンド国にして真にご法度とも言える禁制の品の類に手を出していなかったこともあって、常習犯にしては(その寿命もあって)うんと軽い刑期で済んでいる。

 

 エルフィスにも一度締め上げられたことのある彼女だが、その後は「斡旋業」のような真似をして暮らしていると同僚の何某から何かのキッカケで聞いていた。

 

 杯を持ったままこちらを見上げるミリーオラ。警部は座ること無くそのまま尋ねた。

 

「既に話は聞いていると思うが、昨日の同胞殺しの件で話を聞きたい」

 

 「何のことだか」と惚けて見せる斡旋者だが、警部の態度に気圧されたのか、

「ああ、聞いているよ。――魔術通信でもその話題がひっきりなしさ」

 一転この稼業につく者として当然だろといった態度でシレッと応える。

 

 今の時期、まだ占領軍による魔術通信の禁止が通達されていない。

 

 魔術通信とは、言ってみれば送信側が自分の『声』を広範囲に発して、受信側は周囲で発せられている『声』を手当たり次第に聞くことになると言った、直接の対話には不向きな通信である。ただこの時期自分たちの境遇を不安に思い周囲に自身の不安の気持ちを届けようとする者、また少しでも情報を得ようと『受信側』に徹する者とが入り乱れ、身分も門戸も様々の井戸端会議の様相を呈していた。

 

 中にはそれを良いことに、塵芥の中に重要な情報を紛れさせ、後方の戦線へとオルクセンの侵攻情報を届けようとする有志もいたが。

 

 当然今回の殺人事件の情報も、ほうぼうに拡散されていることであろう。そうでなくとも斡旋者として、自分のところの者の死を把握していたとしても不思議ではない。

 

「なら話は早い。お前が知っていることを話してもらう」

「聞くこと、かい?」斡旋業者が眉を上げる。「そんなもんあるのかね」

「何だと?」

「もう犯人も目星が付いてるだろうに、今さらあたしが口を割る必要あるのかって話だよ」

 

 胸の刺傷の情報も、ここまで辿り着いていた。

 

「あのさ、こっちにも面子があるんだよ。何に利用したいのか知らないけど、こっちも『商品《女の子》』に信用がある訳だよ。べらべらくっちゃべるとでも思っていたのかい」

 お前に話すことないのだと、にべもない。

 

「…………」

 

 実情を言えばその通りだ。もう犯人《ホシ》をあげるだけなら、このまま憲兵隊に任せるのが合理的だ。彼らが自分たちの中にいる疑わしき者をあげる。軍事法廷でも秘密法廷でも犯人を裁きにかけて、あとは両国間で政治的外交的に相応しい形に着地させればそれで終わりだ。

 

 今さら自分たちの出る幕などない。黙っていれば如何様でも通り過ぎていく話。

 それでもだ。

 

「何で彼女が殺されなければならなかった」、「何故彼女が選ばれた」

 

 鬱屈した精神から、エルフィスはミリーオラの胸ぐらを掴んで無理くり立たせていた。

「ぐ……」

「そんなこと知ったこっちゃない。お前が知っていることを話せと言った」

 

 エルフィンドの警官を舐めてかかる方が悪い。

 

 普段お前らの相手にしている巡邏如きなら、調子良いことを言ってご機嫌を取る。巡査も小悪党相手にお目溢しをして、お互い「出過ぎ」ない、持ちつ持たれつの関係でどうにでもなるだろう。そうしてこの街の秩序が保たれる。

 

 だがな、所詮それは見せかけの安寧を保つ便宜上のもの。どれだけ悪党が粋がろうが、結局のところ我々は非対称なのだ。

 

 我ら《警察》の本質は暴力を制す暴力なのだから。

 

 突然の警部の蛮行に、斡旋者は目を白黒させくぐもった息を漏らすばかり。ただ助けを求める視線を、そちらに送っていた。

 

――先ほどからこちらの様子を伺い、にじり寄ってくる者がいた。

 

 警部も相手の敵意に気づいていたから、相手が明確にこちらに近づいてきたのを確認すると、掴んでいた手を離しミリーオラをぽんと突き放した。

 

 警部に胸を小悪党は胸元を抑えながらも自らの援護に来た同族の背中に回り込み、そこから「してやったり」といった表情で得意そうにエルフィスを見やった。

 

 自然、彼女とエルフィスが相対することになる。

 

 エルフィスと同じくらい背丈だが、ガタイの良さで言ったらエルフィスの方に僅かに分があるか。

 

 だが注目するのは相手の脚だ。元猟兵として山野を駆けた警部のそれより鍛えられた両脚は、健脚と言うよりは相手を破壊する為に鍛えた鋼の剛健と、半島を揺蕩う河の水のしなやかさを併せ持つ。

 

 エルフィスも掃き溜めで見る鶴に瞠目した。

 

 ある種の界隈にいざこざを収拾する役目を任されたその手の用心棒がいるとは、無論エルフィスも知っている。とは言え一介の斡旋業者を敢えて官憲の手から守ろうとは殊勝な心がけだが、個人的な友誼でも持ち合わせているのか。

 

 周囲の客は迫りくる嵐を察知して、近くにいる者は気を遣って早々に退散する。ただし殊勝にも器に入った豆のスープを一滴も零すことはない。

 

 狭いバーの僅かなスペースではあるが、お互いやり合うにはそれで十分だった。

 

 この様な場末の地で面倒な真似をというのはあるし、相手も官憲とやり合うことに何の躊躇も見られない。

 

 非合理の極みだが、結局のところ2人ともそうなのだろう。

 

「鬱憤が溜まっていた」

 

 

 動いたのはエルフィスの方からだ。

 相手の足技を直接喰らうのは避けたいとばかりに、懐に潜り込まんとする。

 

 それに併せて敵も膝を立ててくるが、喰らうほど間抜けではない。上体を逸らし勢いを殺す。膝蹴りを躱しその直後再度突進胸を突き合わせ、相手の肩を掴む。

 

 左脚を前に差し伸ばすがこれは牽制。軸足にするつもりだ。相手がそれに気を取られた隙をついて、右足を敵の膝の裏にかけようとした。

 

――バリツという棒を用いた秋津州の武芸こそ、このとき一部の星欧のコミュニティでは伝来済みだった。しかし一方で同地で興隆するジュージュツなる武術は、まだ伝来していなかったとされている。

 

 となるとそれは警部自ら考案した技であるか。

 

 振り子の様に勢いをつけ、自らの脚で持って相手の脚を〝刈る〟

 

 やられた側は、バランスを崩してたちまちにして真後ろに倒れ込むことになるから、溜ったものじゃない。木の床に背中を強かに打ち付けてしばらく息ができないか、運が悪ければ後頭部を打って命の危険にも関わる。もちろん技をかけるうえで多少の斟酌はするが。

 

 これに対し、敵は初めて見る技にもかかわらず、懸命にも体を後ろに下げようとする愚をおかさなかった。もしそうしていたら、体勢を崩し警部の刈り脚をかえってまともに受けていたことだろう。

 

 代わりに胸で相手の身体をガシッと受けると、右の脚を一歩だけ「すっ」と下げてみせた。

 

「……!」

 

 警部からするとこれは予想外の展開。相手の膝の裏に己の脚をかけて「刈る」つもりだったのが、勢いが不十分で相手の膝を刈りきれない。敵はそのまま剛健な両脚に力を込め身体を真っ直ぐ立ち、押し倒されないように踏ん張ってみせた。

 

 道洋で「大外刈」といわれる技は不発に終わった。

 

 代わりに今度は相手のほうが、エルフィスが己の膝に脚をかけ片足立ちの状態で、十分に踏ん張りきれないのを良いことに仕掛けてきた。

 

 自らもエルフィスの肩と腕を掴むと、勢いよく押し返すように、前に投げ倒そうと試みるのだ。

 

 もし相手がジュージュツを知っていれば、まっすぐではなく斜めに倒すべきだとか、自分の脚を組み替えてみるといったコツをうまい具合に用い、エルフィスも返し技に敗れていただろう。

 

 そこはお互い〝我流〟の取っ組み合いだから、決定打に欠け四つに組み合ったまま硬直状態に陥った。

 

 お互い次の一手を出しあぐねた中、ふと相手がこちらの耳元で囁いてみせた。

 

「我が国は――」

 気を逸らして盤外戦術とでも、今さらケチな真似はするまい。

 

 だからエルフィスは相手の言葉を聞き届ける。

 

「緒戦に負けた我が国は、今もなお良いように敵の跳梁を許している」

「それがどうした」

「勝てるのか、我が国(エルフィンド)は」

「ああ、問題ない」

「それが奴らに与し、我が国の市民に仇なす者の言えたことか」

 

 肩を掴む手に力が入る。

 

「身を捨てて奴らの懐に潜り込んでこそ、浮かぶ瀬もあるものよ」

 その宣言は決してその場しのぎでない、堂に入ったものだった。

 

「…………」

「…………」

 

 お互い相手の性根が知れた。

 だから共に力を抜いて、どちらからともなく腕を離した。

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