オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」 作:椚木
女の名前はエミナーシュ・リンドビィル。1年前まで国境警備隊で近接格闘術を指導していたという。
「今は何故こんなところに?」という疑問は、その時期を聞けばすぐに氷解した。まさにその時期行われた黒エルフ狩りによって、国境警備隊の人員の充足率は、一気に低減した。この状況に対して追加人員の調達という現場の改善を訴えたエミナーシュも、上官の嫌気を買って放逐同然に解雇されたのだ。どの道彼女が指導していたのも専らダークエルフの将兵であったので、お役御免という形になった訳だが。
その教え子たちは、今はオークの牙となってエルフィンドに仇なしている。
……何から何までエルフィンド側の怠慢のツケが回った結果の、今回の始末だ。
だが。同時にこうも言える。
軍を追われたから、エミナーシュは今回の一方的な戦いに加わらずに済んだ。警部にしても、早々に市が陥落したものだから、自身国民義勇兵となって戦場に行くことがなかった。
結果的に2人とも戦場で命を散らすことを回避したことになるのだ。
とは言えその心中には、「自身戦わなかった」ことによる、どうしようもなく燻っていたものがあった。それをお互い叩きつけあったのだ。
「エルフィンドは勝てると言ったな」
一度息をついたエミナーシュがあらためて尋ねる。
「ああ、無論」
「このどうしようもない我軍の有り様でも?」
それは、現体制の批判になりかねない際どい問いかけ。
「ああ現状はそうだろうな。だが――」それを公職の身分で肯定した警部の顔は、しかし確信に満ちている。「優良種たる我々に間違いがあるとでも? なるほど緒戦こそ敵の卑劣な奇襲で遅れはとったさ。だが指導者であらせられる首脳部の方におかれても、現在の局面を正しく認識し、組織を改善し、その鋭い眼差しで以って我々凡愚が到底思いつかないような打開の機を見極め戦局を打開し、きっとこの戦争を勝利に導いてくれるだろう。何も問題あるまい?」
警部は秘密警察の査問委員に対するように堂々と、己の見解を述べてみせた。
「それにだ。私たちがただこの市にいる。それだけで奴等にとっては負担になるのだ。無駄飯喰らいになるのもたまには良いだろう」
それは後日、マルリアン大将がミーミルの地でシュヴェーリンに放った矢。
「ほう……」
元軍事教官も言わんとすることを察したのか、感心して息を吐いた。
いつの間にか意気投合している2人を見やり、傍らでやきもきしている者がいた。ミリーオラである。
自分を守ってくれる筈の愛人兼用心棒があろうことか警部と仲良くなり、気が気でないのだ。
エミナーシュは「心配すんな」とばかりに、相方の肩を抱いた。
それを見て「何でこいつなんか」をという表情が思わず出ていたのか、それを察知したこの用心棒は、
「私が軍を追われて行場がなく腐っていた時に、元軍人に何の偏見も畏れもなく拾ってくれたのが彼女だったんだよ」と爽やかな表情で述べてみせた。
それはミリーオラの打算、軽率と紙一重の「あわよくば」精神と思えなくもなかったが、まぁ彼女たちには彼女たちにしか分からぬ、信頼というものがあるのだろう。
「私にも良いところあるだろう」と、得意げなミリーオラである。
さてこうして己を守る『障壁』がなくなったことで、警部に証言することになるミリーオラであるが、
「あー、言っておくが」頭をポリポリと掻く。「今から述べることは、我々の世界はこんな風になっているし、『今だからこんなことも起きる』って、言ってみりゃ『一般論』に過ぎないんだ。それに今からあんたに話すことは幾つかあるんだけどよ、それぞれに隠された繋がりを見出そうとか、そんなことしても無駄だぜ。所詮はさっき言ったような『この世界だからこう言う事も起きる』バラバラの事象に過ぎないんだよ。あたしが話すのはその程度の話だ。……とは言え」
そこだけは強調しておきたいとばかりに、一度息を吸って。
「あたしたちの世界のしきたりだとかそこで起こった『ちょっとした出来事』とか、進んでよその奴にそうべらべらと喋るっていうのはな。目覚めが悪いんだよ。『あー、お前はそういう奴なのか』ってね。分かっているさ。あんたがあたしたちの界隈の仲間を殺した、そいつを突き止めるつもりだっていうのはよ。でもな、たとえそうであったとして、一度『境界を』踏み越えちまう。踏み越えられてしまったって事実は、永久に残るんだから。……今のモーリアと一緒だよ。だから今から聞く話はあたしの独り言みたいなものだし。それをあんたは横で聞いて、『へー、それがお前たちの事情ね』って受け止めりゃいい。んじゃ頼むぞ」
そうぶっきらぼうに断ったあとで、早速他人事のように話し始めるのだった。
「あたしもどれから話せばって悩むんだが、まぁまずは私たちのことからにするか。……と言っても大した話じゃない。こっから先、あたしたちが如何に食ってくかって話だよ」
ミリーオラはつまらなそうに息を吐いて続ける。
「街が占領された。物が入らなくなった。んじゃどうすれば良いかっていうと、忌々しい話だが
元々『持っている』者ならば、備蓄している物で遣り繰りしたり、あるいは郊外の農家に話をつけ食糧を譲ってもらう。あるいは闇市で……。そうした真似も出来るかもしれない。
だが、ここにいる者たちは初めから持たざる者たち。その日その日の食い扶持を得てしのがねばならない層だ。もっとも戦争の前からそうであった訳だが。
「で、おまんまに預かるためには、あいつらのこれが必要って訳だろ」
しなやかな親指と人差指で丸を作って見せる。
経済流通にオルクセンの貨幣を浸透させる。端的に言えば「飯が食いたきゃ俺らの金を使え」という話だが、そうやってエルフィンドの住民を否応なしに依存させる策略だ。
無論彼女らはその様なこと知る由もないのだが、ただ嗅覚がここから先起こることを、何が必要になるかを薄々察知させていた。
「これからものをいうようになるのは、あいつらの金なんだよ。じゃあそいつを手に入れようと思ったら、誰にひさげば良い?」
流石にこれは警部の予想の範疇外の話であった。……あのオークと?
「そんなことが」
「……別にあんたが思うようなことではないぞ。付き合い方なんてのはいくらでもある訳だからな。まぁ、実際あたしも他所様がどんな逢瀬を繰り広げているかなんて直接見た訳じゃないから、言えた話じゃないが」
真面目な顔をして、
「それにみんながみんなそう考えて行動する訳ではない。分かるだろう。あのオークなんだ。ただ中にはそういうことを考える者はいるし、実際『そういうことも起きる』。どこでも一緒なんだよ」
斡旋者は意気込んで語った後、付け加えるように
「……一応言っておくが、あたしらの方でそうした『手引き』はしてないからな」
「…………」
と沈黙を引き取るように咳払いをし、
「で、結局それが何だって話なんだが、まぁ待て。まだ話は他にもある。それらがどう関係するかは、あんたが勝手に考えてくれれば良いんだ」
そう無責任に語るミリーオラだが、ここまででも1つ分かったことがある。
モーリア市占領後、エルフとオークが接点を持つ機会が、確かにあった。
「次、話して良いか?」
「ああ頼む」
「あの戦闘で敗れた我々の兵隊さんの中には、命惜しさか再起を図ってか、市内に逃げ延びた奴もいる。当然それを掃討するんだ~って、向こうの兵士もいっぱい流れ込んできたさ」
彼女の言う通り、戦闘が終わり制圧が完了した後も、市中では掃討戦が続いていた。街中にも(「大勢」というのは、ミリーオラの主観であろう)オルクセンの将兵がやって来た訳だが、その時エルフの一般市民は関わりあいになりたくないとばかりに、厳重に門戸を閉め震えるばかりであった。そうでなくとも、戦闘に関係ない市民たちは邪魔にならないようオルクセン側の兵によって建物の中に押し込められていたが。
オルクセンの将兵たちによって敗残兵は次々と狩られていく。俘虜となる恐怖心から銃を所持し続け抵抗を続けている者たちは、容赦なく鏖殺された。
「もちろんあたしたちも、息を潜めていた側だから偉そうなことは言えないがな。血なまぐさい戦いになんぞ手を出すつもりは無いし。おっと、これは反エルフィンド発言になってしまうのかな。秘密警察に聞かれでもしたら大変だ」
「……構わん。続けろ」
「ただあたしたちだって情けの心は残しているつもりだ。……眼の前にあってみすみす失われてしまうような命を見捨てたりはできないような。積極的な『善』を為す勇気がなくとも、だからって進んで『悪』を為したりはできないように。そういうことだってあるんだよ」
「うだうだ言って話を濁すな、要点をはっきり言え」
「そうだな。例えば怪我をして逃げ込んできた国境警備隊の兵士が、未だにどこかに匿われているとか。それを知っていながら、界隈の者たちも知らん振りとな」
「……!」
「なお不味いことにそいつは戦闘中オークの兵士を殺っててな。――ああ、安心しろ。もちろん純粋な戦闘の帰結だと本人は語っている。ただそのことに関して、敗戦のショックもあるんだろう。報復を心配しているというんだ」
現状市内の同族が国境警備隊に向ける目線は、冷たい。元からあった兵士という職への蔑視感情に加え、今回の戦闘での体たらくだ。
「私たちが今この様な目に遭っているのも、全部お前たちの不甲斐なさのせいだ」
そう責任を押し付けられるのも、無理はなかった。
そんな中、敵兵を殺害した敗残兵。市民からしたら、関わりたくない、何なら早く捕まるなり斃されるなりして欲しいというのが、本音であろう。しかし戦前から同じ様に環境に虐げられていた『弱者』は、ここで彼女に手を差し伸べたという。
彼女らの秘匿事項を打ち明けられたエルフィスは、
「今からでも出頭すれば良いだろう。相手もよもや捕虜を殺しはしまい」
そう語るも、この裏社会の端役は、しかし軽蔑した眼で警官を見やるのだった。
「ああそうだろうな。オークの奴等もあたしらを殺すことはないんだから、捕虜になってしまえば良い。うん、そうだな。賢い。感服するよ。でもな、考えても見ろ。出頭した捕虜はどうなる。オルクセンに送られるのかな。捕虜のための収容所があるのか? 奴等のための労役が課される? それは知らん。ただな。言えるのは、その捕まった『捕虜』は、確実に本当ならあった筈の人生を失うんだ。本当なら当地であった筈の生活も将来の人生設計も損なわれるだろう。虜囚の身になった屈辱だって、遥か後年まで残って本人の精神を苛むことになるだろうな」
それは自身、あった筈のものを『失い』ここに流れ着いたものだから言える言葉。
「で、そうやって失われたものを、誰が償ってくれるって言うんだい。無いだろう、そんなもん。なるほど国家に奉職するあんたからしたら、『奉仕者たる我々は、その犠牲をも毅然と受け入れる』そんな感じなんだろうな。感服して涙が出るよ。でもな、我々弱いもんからしたら、そんなもんはまっぴらゴメンなんだ。ああ、言うのは簡単だよ。『捕虜になれば命は助かる』。でもそれは、それを告げる相手に永遠の屈辱を背負わせるに等しいんだ」
はっきし言って兵士に対する悪感情を持ち合わせているのは、彼女らとて同じだろう。なんなら弱い立場である分、自分たちを支配する暴力を持ち合わせた兵士に対して憎い感情を持っていたって不思議ではない。
それがここに至って憐憫を覚えた訳では無いが、弱い立場に追いやられた兵士を守るという。それは自分たちより裕福で身の保証もはっきりとした一般市民たちが、自身兵士に責任を転嫁して己の境遇への慰謝を見出す様を見ての、反発心の様なものかもしれない。
「私たちは境遇こそ惨めかもしれないが、あんたたちみたいに心までは落ちぶれちゃいないんだ」
生きるためにオークに身を差し出す
同胞たちの間からはじき出され行き場のない兵士を守る
それは誰かから単純に「矛盾している」などと、評価されるものではない。
何より「この戦火で生き抜いてやる」という意志こそが、それぞれの行動に現れているのであった。
警官と裏社会の人間。決して相いれぬ者同士だが、エルフィスはこの小者と思っていた相手に、魂のようなものを見た。
「で3つ目。これが最後だ」
露見次第相手にどう出られるか定かでない重大案件を開陳したミリーオラは、警部のそうした思いなど露知らず続ける。
「これについてはどう述べたものか悩むんだがな」
苦々しい顔をする。
「当然話はニミイエルのことになるのだが、本人はもうこの世にいない。これを勝手に言って良いものか。というのもこれは本人がただそうしようか『言っていた』だけの話であり、そして実際『そうなった』訳じゃない。だからそれが冗談で述べたことなのかはたまた本気だったのか、分からずじまいだ。そんな中でこれを暴露するのは、本人の名誉に関わるわけであって――」
と、再びエルフィスの方を見て、
「あー、話を濁すな、そう言いたいんだろう。分かった、端的な事実だけ述べさせてもらう。つまりだ、ニミイエルの奴、昔から羽振りが良くなるんだよ、突然な。無論羽振りが良いったってうちらの基準でのそれだがな。で、その後、決まって誰かが『思想に問題あり』と秘密警察に連れて行かれる。『匿名の善意の市民からの通報あった』ってね」
「…………」
これはエルフィスも把握していない事項だ。
秘密警察の恐ろしさは、一般市民にも知れ渡っていた。「治安維持」の名目で、それまで普通に暮らしていた市民が連行される。讒訴であろうが大抵の者は一度疑われたが最後、収容所に送られ戻って来ない……。
自身「告げ口」の形になったミリーオラはごほんと咳払いし、
「もちろんこれは状況がそうなったというだけであって、本当に奴が密告していたのか、それは定かじゃない。ただな、まさにそうした疑惑のあった人物が、今回の占領に際してこんなことを仲間内で宣ったわけだ」
本人の口真似のつもりの甲高い声での発声は見事に滑ったわけだが、その内容の深刻さと見合っていなかった。
「新しい客の宛てがついた。やけに警備兵に執心した将校の制服を着たそいつに『あれ』を告げれば、きっと今度も報奨が貰えるわ」